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【リアルロボット系社会SF】蒼翼の獣戦機トライセイバー  作者: 硫化鉄
   第二話 「真島一樹の場合」
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一 暗黒への回帰。

(前回のあらすじ)



 いわゆる普通の高校生速水勇夫は、片想いの相手に告白するべく、意中の相手、倉科智美をお洒落な喫茶店へ呼び出した。

 勇夫が想いを伝えようとしたその時、大地が割れ、二人を闇に飲み込んだ。



 一切の光が存在しない真の闇。


 光を求め、手探りで闇を進む二人。


 二人が希望にたどり着いた場所、そこは謎の格納庫。

 六機の、見たこともない機体がそこにあった。


 二人はそのうちの二機に乗り込み、地下40メートルの闇の迷宮から脱出する。

 地鳴りのような音が、俺にあの時の気持ちを蘇らせる。


 全てを飲み込む轟音と、踏みしめていたはずの大地が崩壊し、どこまでも落ちていく感覚。

 あとに残るのは耳鳴りのようにくり返すこの地鳴りだけだ。



 全く、あの時と同じだった。






「誰か……いますか……? 誰か……」


 断続的に響く地鳴りに支配された俺の静寂を、微かな声が破った。消え入りそうな、か細い声。


「誰か……助けて……」


 まだ子供の声だ。女の子。小学生くらいだろうか。


 上ずっているせいもあるのだろう、かなり高めの声だ。いわゆる「鈴を転がすような声」というやつだろう。無邪気に笑うのが良く似合いそうな、保護欲をかき立てずにはおかない声。俺を一番苛立たせる声だ。


 言葉はしっかりしているが、声に不安があふれ出ていた。ガキなら大声で泣き叫びそうなものだが、そうでないのが不自然だった。


 だが、そんなことは俺には関係ない。


 俺は全く何も見えない闇の中、ゆっくりと立ち上がった。

 その声の主を助けるためじゃない。遠ざかるためだ。


 断続的に起きる、何かが崩壊するような轟音より、微かに響く子供の声のほうがはるかに五月蝿かった。煩わしかった。邪魔だった。


 俺には、奈落の底へ落ちるような崩壊音の方が、親しみを感じる昔なじみのようなものだったのだ。


 助けが現れないと知ったその子の声が静かな泣き声に変わるのを聞きながら、俺は手に触れる壁づたいに、より静かな闇を求めた。


 どうしてこんな事になったのだろう……? そんな愚かな質問は浮かばなかった。

 当たり前だ。こういう事は何の理由もなく、突然やって来るに決まっているのだから。


 そして、巻き込んだ者の全てを、否応なく奪い去っていくものだから。







 身体一つ。


 暗闇の中で確認できる「自分」。

 これが「自分」に所属するものの全てだった。


「過去」が意味を失い、「未来」に繋がるものは全て消え去った俺には、自分の身体と「現在」という時制しか残っていない。それだけが俺の財産だ。だから突然こんな闇の中に落とされた現在も、俺に動揺はなかった。相当な深さまで落下したはずなのにこうして生きていることですら、俺にとっては何の価値もなかった。ただ、生きる方法が昨日までとは違うものになったのだという確信があるだけだ。


 生きることに興味はない。だが、死にたいとも思わない。俺が生きている理由はただそれだけだった。





 どれだけの時間歩いただろうか。


 足元に転がる固いもの、やわらかいものを蹴飛ばし、踏みつけながら歩くうち、女の子の声は聞こえなくなっていた。断続的な地鳴りも影を潜めていた。遠くから人の声のようなものが聞こえてくるが、音の乱反射によって、わぁんという意味不明の響きとなっていた。どの方向から聞こえて来るのかも判然としない。


 人間の存在を想起させるそれらの音は、俺を苛立たせた。それらの音から遠ざかりたいが、方向がわからない。


 消えちまえ。全部。生きて動いているものなど全部消えちまえばいいんだ。地鳴りよ、よみがえれ。せめてこの不快な音を、その轟音で掻き消せ。

 俺がそう思った時、何かが崩壊する音が響いた。続いて短い悲鳴のようなものが聞こえ、消えていった。

 身じろぎもせずに、しばらく待つ。新たに起こった崩壊の余韻が収まると、静けさが戻ってきた。生きているものの気配は、ない。


 俺はさらに時間をかけ、ゆっくりと緊張を解いた。音を立てぬように肺の中の空気を吐き出し、壁に寄りかかる。すると壁はあっけなく崩れた。


 俺が転げ込んだ部屋を満たしていた強烈な光が、暗闇に慣れきった俺の網膜を焼いた。








 強烈な光が俺の眼を焼いていた。まぶしかった。

 濡れた芝生が日光を反射して輝く光。

 雲ひとつない真っ青な空から降り注ぐ真夏の日光。

 庭の中央では、二人の女の子が、父親の撒いている水にはしゃぎまわっている。虹をまといながら笑うその顔、その声も、たまらなくまぶしかった。


 小学生くらいに見える姉妹。俺に妹がいたらこのくらいの年頃だろうか。


 そんな思いが頭をよぎり、俺は吐き気を覚えた。黄水がこみ上げてくるのを堪え、まぶしい庭に背を向ける。


 庭の外にいる俺とは所属する世界が、次元が違うのだと思い知らされた。このまぶしい世界は、完全に俺を拒絶していた。


 俺は光の世界から逃げるように走り出した。全速で暗い裏路地を求めて走った。じめじめした薄暗い路地に駆け込んだ俺は、堪えていた吐き気に身を任せ、泡の混じった胃液を吐いた。血が混じって鮮やかなオレンジ色の胃液。涙と鼻水を垂れ流しながら、俺は空えずきを止めることが出来なかった。


 目もくらむような光の世界。それは俺が所属した事もない世界だった。

 俺がそれまで存在していた世界は光の世界ではなかったのだ。薄暗い、影のような世界。俺が生きていたのは、そんな世界だった。


 だが、そんな世界ですら、光を持った世界だった事をすぐに思い知らされる。

 しかも、それを失った時、取り返しがつかなくなった時に。


 それが、俺の始まりであり、終わりだった。

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