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【リアルロボット系社会SF】蒼翼の獣戦機トライセイバー  作者: 硫化鉄
序章 第一話 「速水勇夫の場合」
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二 光を求めて。

「ねぇ、速水くん……ここ、喫茶店、だよね……? あたし、何も見えない……」


「どうだろ……? なんでこんなに……暗いんだ……?」


 さっきまでいた喫茶店。すっかり忘れてしまっていた。あの気持ちが安らぐ、アンティーク調の紅茶専門店。でも、それは遠い昔のことだったような気さえする。今の現実は、暗闇と手のぬくもり、それしかない。唐突だが絶対的な状況の変化に、こうしているのが当たり前のような、昔からこうだったような、妙な錯覚さえおぼえ始めていた。


「そっか、速水くんも見えないんだね、あたしの目が見えなくなった訳じゃ……ないんだ」


 確かにこれほどの闇は経験したことがなかった。どんなに目を凝らしても、何も見えない。目を開いたり閉じたりしてみても、変化は全くない。今自分が目を開けているのかさえもわからなくなってくるのだ。倉科が、目が見えなくなったのではないかと心配するのも無理はなかった。


「夜中でも、目が慣れれば月とか星とかの光で物が見えるんだ。もしかしたら……」

「え……?」


 倉科の声に恐怖にも似た不安の声音が混じる。


「もしかしたら、俺達、地下に閉じこめられちまってるのかも……」


 目がつぶれたのでなければ、そう考える他はなかった。光源のない世界なんて、俺の頭ではそれしか思いつかない。


「なんで? なんで喫茶店にいたのに、地下に……」

「そんな事、俺にもわかんねえよ……!」


 そうだ、そんな事わかるわけない。あの轟音がなんだったのか。地球が崩壊するかのようなあの衝撃がなんだったのか。


 大地震……? 戦争……?


 いくつかの考えが頭をよぎったが、正解なんか見つかるわけがなかった。


「……とにかく、なんとかして帰らなきゃ……。

倉科、立てるか?」


「わかんない……。怖いよ、速水くん……。怖い……。怖い……。お母さん……」


 倉科の手が冷たく震えていた。恐怖に心を掴まれ、パニックを起こしかけている。呼吸が浅く、速くなっているのがはっきりとわかった。俺は倉科の手を両手で包み込むように握り締めた。


「倉科! しっかりしろ!」


 突然の大声に、倉科は小さく悲鳴を上げた。が、それをきっかけに呼吸が少し落ち着いてくる。


「……大丈夫だから! 絶対帰れるから!」


 握り締めた手を揺さぶるようにして、俺は言葉を続けた。倉科の心に、言葉を押し込むように。


「だって……」


「絶対に俺が倉科を連れて帰るから!

……ゆっくり、立てるか……?」


 倉科の左手が離れて行き、右手で俺を引っ張るようにして、倉科がゆっくりと立ち上がるのが伝わってきた。


「う……ん……。た、立てた……。」

「よし……。壁伝いに歩こう。迷路だってこうやってれば出口に必ずたどり着くんだ。

……俺の手、離すなよ?」

「……うん」





 俺の言葉は気休めにすぎなかった。


 どんな迷路でも抜けられる方法。それは出口がある事が前提だから。

 俺なんかより頭のいい倉科がそれに気づいてない訳がない。


 でも、その倉科が俺を信頼して付いてきてくれている、その事実と、左手に握りしめた倉科の手の温もりが、恐怖におかしくなりそうな俺の心をつなぎ止めていた。


 神経の集中した指先は、視覚をさえぎられたこの状況で、想像以上の情報をもたらしてくれる。壁をなぞる指が、ここが洞窟のような自然の空間ではなく、人工的に作られた空間であることを教えてくれていた。


 亀裂や崩れのための凹凸は存在するが、明らかに平面として「作られた」壁。


 つまり、ここは地下施設、ということだ。

 俺たちが入った喫茶店は、地下街のあるエリアではなかったはずだ。何のために作られた地下施設なんだ……?

 俺たちがここに落とされることになったのは、一体何が原因なんだ? 地震? 地盤沈下?


 全てが謎だった。全てが想像の範囲を超えていた。全てが闇に包まれていた。


 何も見えない闇の中、俺は左手の温もりに支えられ、右手のひんやりした壁の感触を頼りに、外の世界を求めて歩き続けた。





 暗闇の世界は思ったよりも歩きづらい。


 足元には瓦礫と思しき障害物。大きいもの、小さいもの、固いもの、やわらかいもの……。

 すり足で障害物を探りながら歩く。右手で触れている壁も崩れているため、いつとがった物が指を傷つけるかわからない。目の前が何も見えないから、何かが突然顔にぶつかって来るかもしれないのが恐ろしかった。しかし、右手は壁、左手は倉科の手を握っているから前方を探ることはできない。自然、俺たちの歩速は、電池の切れ掛かった歩行ロボットよりも遅々としたものになっていた。


 全神経は周囲を探ることに集中し、極限まで尖っていた。言葉を発する事もせず、隣で必死に歩いている倉科の息遣いがはっきりと感じられる。時折小さな悲鳴が混じるその息遣いは、俺にとってこの闇の中で唯一の「敵ではないもの」「愛しいもの」だった。




 どれくらい歩いただろう。暗闇は俺たちから時間の感覚さえ奪っていた。何時間も歩いていたような気もするし、実は数分しか歩いていないのかもしれない。

 だが、遠雷のように響いていた崩壊音は少しずつおさまり始めているようだった。


「速水くん、あれ……」


 そっと、探るような倉科の声が響いた。どれくらいの声を出せばいいかわからないという響きだ。それは俺も同じだった。


「ん……? あ……」


 思わず間抜けな声を出す。


「うっすらと……、なんか見えない……?」


 何の事を言っているのかさっぱりわからなかった。倉科が何かを指差していたところで、この真の闇の中では見えるわけもない。俺の位置からは見えないだけなのか……?

 ゆっくりと上体を左に、倉科のほうへ傾けていく。


 目の前にあった何かの向こうに、微かに、ぼうっと光が見えた。そのままじっと見つめると、やがてその光の正体が掴めて来た。


「うん。確かに……。あそこ、微かに光が当たってるんだ……!」


 直接光源から光が当たっているわけではないらしい。何かに当たって反射した光が当たって……という雰囲気だ。しかし、光源があると言う事は、まだ生きている設備があるか、外に繋がっているという事だ。人だっているかも知れない。俺は目の前にあった壁を避け、倉科の手を引いた。


「倉科、行くぞ!」

「うんっ!」


 俺達の声は期待に弾んでいだ。

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