七 「敵」。
その頃。大榊と金富は司令室で概況説明を受けていた。基地司令補佐官が読み上げた概況はあまりにも信じがたく、今後の作戦行動についても具体的な青写真を描くことが出来なかった。
一、21時、東京を襲った地震と同様の地震が、茨城県筑西市の平野部で発生。直径2kmほどの地盤が吹き上げられ、巨大な縦穴が出現。深さは不明。
二、地震または吹き上げられた大量の土砂による人的被害は軽微。
三、縦穴より無数の機動兵器と思しき機体が出現。現在筑波基地より無人機部隊が対応中。
補佐官が読み上げた現況の三項目である。大榊は東京光が丘で起こった事との類似性に戦慄を覚えていた。
筑西市では地盤が吹き上げられてできた縦穴から機動兵器が出現したという。光が丘で見たあの謎の機体が出現した時の状況と、規模は違うにしろあまりにも酷似してはいないか。
「被害が軍用に買い上げていた土地の中で収まっていたために民間人への被害がほとんどなかったのは幸いと言える」
五十畑空将補の口調は落ち着いていた。過去に例を見ない事例が2件も続いて起きている状況を考えると、胆力だけとは言えない不自然さを感じざるを得ない。
「筑西の不明機について情報はどの程度判明しているのでしょうか。光が丘の不明機との関連性が気になるところですが」
大榊の質問。五十畑は補佐官に回答を促した。
「詳細は不明ですが、出現地は筑西に出現した縦穴。全長推定5m、全幅推定3m、全高推定4m。飛行性能はなく、八足歩行の特殊戦闘車両と思われます。現状、交戦には至っていないため、武装その他は不明。数は240。時速約15kmで筑波方面に向かっています」
「ずいぶん小型ですね。それにしても数が多いな。何が目的なんでしょうか」
金富が視線だけ天井に向けて言った。真剣に考えている時の癖だ。
「不明機とのコンタクトは取れていません。統幕では、総合的に見て無人機の可能性が高いとしています」
「なるほど……。しかし、飛行性能のない不明機が、どうやって縦穴から出現したのでしょうか」
今度は大榊だ。不明機が大挙して防警軍基地へ向かっているとなればただ事ではないはずだ。五十畑や司令官補佐の落ち着き振りが妙に気にかかっていた。
「詳細は不明だが、どうやら土砂と同様に、吹き上げられてきた可能性が高い」
今度は五十畑が答えた。
「それよりもだ。当基地へ搬入された不明機及びその搭乗員についての報告を頼む」
「はっ!」
金富がかかとを揃え、資料ファイルを広げた。
「不明機は六機、大きさ、形状はそれぞれ少しずつ異なっておりますが、全長は11m~15m、全幅は4.5m~6m、全高5m~7m。重量は150t~200t。外部装甲には搭乗員のハッチ以外に開口部らしきものはなく、武装等は搭載されていない模様です。それぞれの詳細はファイルにてお渡しします」
金富の報告に、五十畑は腕組みをして考え込む。
「信じられん重量だな。そんな重さで飛んでいたのか?」
「はい。機体には固定翼等、揚力を発生させる構造がなく、常識的にはとても飛行できるものではありません。が、光が丘上空で遭遇した時には、ホバリングもしていました。信じがたいことですが」
航空力学的にあり得ない話であった。が、大榊にとっては自分の目で見た事実だ。
「現在、整備中隊の総力を挙げて解析にかかっております」
大榊はそう締めくくった。
「では報告を続けます。不明機に搭乗していた六名は、震災の被災者であり、地下の施設へ転落した後、例の機体を発見。脱出のために搭乗したと話しています。六名とも同様の回答をしておりますが、口裏を合わせている様子はありませんでした。身元の確認も取れています。
まず、伊藤瀬里奈27歳。都内の総合企画会社勤務。逮捕歴なし。倉科智美16歳。都立高校二年生。補導歴なし。速水勇夫16歳。同じく都立高校二年生補導歴なし。倉科、速水の二人は同級生のようです」
金富はここで一旦言葉を切って大榊の表情をうかがった。
「どうした金富、先を続けろ」
「はい。香川頼造46歳、無職。一月ほど前に退職しています。逮捕歴はありませんが……」
金富はまた言葉を切ったが、思いなおしてページをめくった。
「失礼いたしました。真島一樹19歳。現在は都内の飲食店でバーテンダーをしております。補導歴21回、逮捕歴2回」
「ふうむ……」
五十畑がうなる。
「自分は、この二名がテロリストの類でないと判断しております」
大榊はきっぱりと言った。
「もちろん断言することは出来ませんが、データベース上の記録を見ても、テロ組織との繋がりを示唆する行動は存在しませんでした。他の四名と同じく、偶然巻き込まれたものと推察されます」
「自分も、中隊長と同じ意見であります。司令官殿」
金富め、自分で含みを持たせた言い方をしておきながら……。大榊は歯噛みする思いで金富に一瞥をくれた。
「最後に、今野華夕12歳。私立中学一年生。ですが……」
「あぁ、わかっている。あの今野華夕さんだな」
五十畑は金富を手で制して言った。
「彼女が搭乗者の一人であったことは僥倖だったと言えるな。彼女の協力を得られれば、不明機の解析や、今回の件の究明に強力な援軍となるだろうからな」
「はい。今野さんには少し休憩していただいた上で、現在不明機の解明に協力していただいています」
金富が意気込んで報告している事に、大榊は漠然とした違和感を感じていた。もちろん強制ではない。彼女も進んで協力してくれているのだろう。だが、このような目にあった少女に対して、軍が、大の大人がそのように甘えて良いものなのか。
大榊の心にとどめようもなく湧き上がってくる憂悶も、彼の表情をいささかも変えることはなかった。心を、感情を顔に出さぬ自己鍛錬は、大榊の顔から柔らかい表情を奪っていた。誰に言われたわけでもない、軍属になった頃からの彼自身の矜持であった。
「大榊航空壱尉、彼らの事は君に一任する。休養をたっぷり取ってもらい……」
「失礼します!」
その時、ドアの外で大声が響き、ドアが開いた。中年に差し掛かった下士官が立っていた。髪に白髪が混じり始めていたが、身体は引き締まっている。いかにもたたき上げの軍人だ。
「申し訳ありません! 情報小隊壱曹、相澤であります! 統幕より緊急の伝達事項です。司令官へお伝えにあがりました!」
「よし、入れ!」
相澤は敬礼をして司令官室へ入ると、まっすぐに五十畑の前へ行き、一通の伝達書を手渡した。
「それでは、失礼いたします!」
再敬礼をし、相澤が部屋を辞すると、五十畑は伝達書に目を通し、そして次の瞬間、音を立てて立ち上がった。
「司令……!」
ただならぬ五十畑の様子に大榊が一歩踏み出す。
「筑波のドローン部隊が、反乱を起こした。状況確認のためスクランブル発進したKK-27F三機が、撃墜された」
大榊も金富も、声を出すことができなかった。
「統幕からの命令だ。当基地からも支援部隊を出す。件の六機を、明朝までに朝霞中隊で運用できるよう、解析及びパイロットの選定をせよ」
「了解いたしました!」
大榊は表情を変えぬまま、反射的に敬礼をもって拝命した。それは上官の命令は、どんなものであっても全力を持って完遂するという彼自身の生き方そのものであった。
しかし、大榊の心には、今までになく暗雲が立ち込めていた。
【次回予告】
突如反乱を起こした軍の無人機群。
地下から現れた特殊車両と合流し、一大軍勢と化していた。
精密で無慈悲な無人機たちの猛攻に、軍主力戦闘機は次々と撃墜されていく。
しかし、謎の機体「Tシリーズ」を出動させることはできなかった。
無人機たちの侵攻を食い止める最後の砦、筑波基地を突破されれば、民間人にも被害が出てしまう。
勇夫たちは、運命を変える決断を迫られていた。
次回
第五話 「合体シークェンス」