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【リアルロボット系社会SF】蒼翼の獣戦機トライセイバー  作者: 硫化鉄
第一章 第四話  「その日、何が起こったか」
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五 トラウマ。

「倉科、無事か!?」


 通信回路を開くと同時に勇夫は叫んだ。それしか頭になかった。他に見ず知らずの人間が四人聞いているかも知れない事など、気にしている余裕はなかった。


「大丈夫だよ、速水君」


 ちょっと遠慮がちな智美の声。勇夫は安堵で一気に体中の力が抜けた。


「よかった……。マジで……」


 勇夫が大きな吐息を吐く。同時に、誰かの舌打ちの音が響いた。意識して聞こえるようにやっている舌打ちだ。

 他人の存在が意識され、勇夫は黙り込む。


「あの、私達全員、軍の方に付いて行くほうが安全だと思うんです。いいですか……?」


 おそるおそる、といった風の華夕の声が各コクピットに響いた。


「私は華夕ちゃんの提案に賛成。華夕ちゃんが言う事に間違いなかったもんね」


 それに応える瀬里奈の声は明るかった。やっとまともな社会に戻れるという期待が彼女の声を明るくしていた。自分一人で生きるなんて考えられない。人がいるならその間をうまくわたっていけばいい。瀬里奈には、そうできる自信があった。


「そうだね。でも、どうやって操縦したらいいのか……」


 頼造の自信無げな声。


「自動操縦で大榊さんのヘリコプターを追尾できるはずです。オートパイロット起動。追尾ターゲット指定」


 華夕は実際に音声操作している声を通信に乗せた。


「メインのパネルにこの周囲の機体が表示されるので、先頭にいる大榊さんのへリコプターをタッチすれば大丈夫です」


 既にメインパネル上から、戦闘機KK-27Fは消えていた。

 華夕の機が大榊機を追尾しようとした瞬間、一機が進路に割り込んで来た。タイミングから考えても、追尾の設定は華夕の説明よりも前に済ませていたようだ。華夕の機体は空中で静止し、続く勇夫たちの四機も動きを止めた。五機が見守る中、悠々と先頭を切ったのは、型番T3-1。真島一樹の機体であった。






 同日、22:16。


「この忙しい時に准将直々に我々をお呼び出しとは、気になりますね、大尉」


 六機の機種不明機に搭乗していた六人を保護し、基地に帰還した大榊を待っていたのは、朝霞分屯基地司令官である五十畑(いそはた)紘一郎(こういちろう)空将補からの呼び出しであった。

 六名にまずは軍医によるチェック、そして食事と居室を提供し、翌日に事情聴取を行うよう手配。同時に特殊チームを編成して不明機の調査分析を開始させた。そして自室に戻る間もなく司令官室への出頭である。


「我々、ではなく私が呼び出されたのだ。金富は情報整理に当たってくれてかまわないのだが」


 大榊は金富へ視線も向けずに司令官室へ向かう。確かに大榊にも気になる部分が多かった。今回の任務自体。KK-27Fスクランブルの早さ。上層部は自分の知らない情報によって動いていると大榊は踏んでいた。有事というものがそういうものなのだろうとは思うが、やはり出来る限りの情報は欲しかった。


「まぁそう言わずに。私も、大尉の副官としての責務がありますから」

「現在の防警軍の尉官に、副官などと言う制度はない」


 大榊は厳しく言うと、司令官室のドアの前で背筋をぴんと伸ばした。


「大榊航空壱尉、入ります!」


 そして小声で金富に言った。


「司令官は、五十畑空将補だ。間違っても准将などと言うなよ?」





 速水勇夫は震えていた。寒いのではない。少し熱いお湯を張った浴槽につかっている。だが彼は浴槽の中で足を抱え、小刻みに震えていた。


 基地へ到着した勇夫たちはまず簡単に身体を拭き、軍で用意された服に着替え、軍医により簡単な診察、問診を受けた。そして簡単な食事を提供され、今後のスケジュールについて軽いレクチャーを受けた後、疲労しきった心と体を休めるため、それぞれ個室が与えられたのだった。


 たった数時間だった。この数時間の間にいろいろな事がありずぎた。極限状態と言ってもよかった。

 突然の落下。光のない世界。そして、脱出。軍による包囲。

 一生経験するはずもない壮絶な運命を、この数時間で駆け抜けてきたのだ。もちろん、提供された軽食が喉を通る訳もなかった。今、こうして明るいバスルームで浴槽につかっている事が不思議だった。


 断片的によみがえる、遺体の感触。薄明りの中で見てしまった、損壊した死者たち。


 精神状態が落ち着いてくるにつれ、心の奥底に押し込めていた恐怖が頭をもたげ始めていた。


「あああああああ!」


 勇夫は静かすぎるバスルームの空気を壊すように大声を上げ、浴槽から出ると頭に冷水のシャワーを浴びた。そして冷え切った体を熱い浴槽へ戻す。バシャバシャと音を立てて浴槽の湯を顔にかけた。


 認めたくなかった。まだこれからどうなるかわからないのだ。何が起こったのかもまだわかっていない。それなのに、ちょっと軍に保護されたくらいでもう安全な気になって弱気になっている。そんなんじゃこれから先、倉科智美を守っていけるわけがない。


 しかし、勇夫の中に巣食った恐怖は圧倒的だった。頭でいくら言い聞かせても、熱い湯につかっていても、身体の震えは止めることができなかった。


 静寂と孤独。いくら気を逸らそうとしても、その恐怖は認めるしかなかった。


 いたたまれなくなったように、何かを振り切るように、勇夫は立ち上がった、バスルームを出て体を拭く。髪の毛もバスタオルで強引に水気を取った。用意されていた服を身に着けた。


 倉科智美に会いたい。勇夫は切実にそう思った。だが、さすがに彼女の部屋へ行くわけにはいかない。簡単なベッドとデスクがおいてある部屋の中を、勇夫はぐるぐると歩き回った。


 談話室になら誰かがいるかもしれない、と勇夫は思いついた。併設された部屋には軍所属のカウンセラーが常駐するという説明を受けていた。そこへ行けば少なくとも一人になることはない。


 しかし勇夫はすぐ行動に移すことができなかった。これから毎日、毎晩、一人になることを恐れてこの部屋から逃げ出すのか。すぐにでも部屋を出たい欲求と、恐怖に負けてしまう事への恐れがせめぎ合い、勇夫の行動を縛り付けていた。


 倉科智美に会いたい。想いがさらに強まって、勇夫は身震いした。倉科は今どうしているのだろう。同じように自分に会いたいと思っているのではないか。孤独の恐怖に震えているのではないか。


 そう思った時、勇夫の迷いは消えた。倉科が孤独に耐えられずに談話室に来ていたとしたら、俺はそこにいなければならないのではないか。

 それが自分の迷いに対するいいわけでしかない事は勇夫自身にもわかっていた。だが、勇夫はそのロジックにしがみつくしかなかった。


 勇夫は勢いよく自室のドアを開け、談話室へ走った。

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