十九 契機。
……うっとうしいなぁ、どうも。
イツキはT3-1のコクピットでうんざりしたため息をついた。コクピットハッチ前で、副官である和田藤次郎航空曹長補が自分の端末を見ていた。大方戦闘データの分析か、自分の為の勉強をしているかのどちらかだろう。
イツキとしては正直、副官など不要だった。今まで必要な事は全部自分でやってきたのだ。他人に要らぬおせっかいを焼かれたりするのはもちろん、自分の事を他人に任せるのもごめんだった。
それでも和田はかなりましなほうだと言えた。イツキの性格を知っての事なのか、必要以上に干渉してくる事はない。やる事がなければ、イツキの前だろうが遠慮なく自分のスキルやキャリアアップのために勉強を始める和田は、独立志向のイツキには合っていたのかも知れない。
本当は自室で勉強したいんだろうな。目障りにもコクピット前に来やがって。奴なりの「仕事してるアピール」なんだろうが。
……まぁ俺には関係ない。
イツキは気を取り直してコンソールに広域の索敵情報を表示させた。
それにしても何だったんだろうな、あれは。
思い出すのはヤマトでの最終決戦。あの透明な感覚。
俺はあの時、あのM型の機体が限界を超えている事がわかっていた。確かに後でデータを見てみれば、そう判断するのが合理的だとわかる。でもあの時はそうじゃなかった。データは見ていたが、その分析も判断もしていない。ただ「わかった」のだ。
今までも、なんとなく「こいつはこういう奴なんだろうな」とわかる、みたいな事はあった。でも今回のはそれとだいぶ違う。
一体何だったんだ、あれは。
答えの出ない疑問。その疑問を頭の中でぐるぐるとまわす。
今はわかんねえか。またあるかどうかもわかんねえし。
イツキは一つ苦笑して、コンソールに目を落とした。
……所属不明の光点が、一つ。
方位、北西。距離、約600km……そしてこの速度。角度。これは……!
イツキは大榊をコールした。イツキの心に、危険な予感が渦巻いていた。
「ハユちゃんの質問じゃないが、一体この戦争は何だったんだろうな」
宮司がブラックの缶コーヒーを一口飲んで、言った。
大榊の執務室には、珍しく平穏な空気が流れていた。戦後処理、データの分析、スパイ事件の処理。やらねばならぬ事は山積していたが、その全てに一区切り付いている。現在できる事は何もなかった。すぐにまた膨大な任務、雑務が始まるのだが、一旦の小休止、といったところだ。
「地底国家群からの地上侵略、という形には見えるが、どうもなぁ。日本とヤマトは、言葉は悪いが八百長と言うか、戦争をして見せた、といった所だろ? 他の国だって同じように出来るはずだ。というか、そもそも戦争をしなくても良かったはずだよな」
宮司は首をひねりながら言った。
そうだ。そうなのだ。鷹城の説明ではいまひとつ腹落ちできなかった点。
「そうですね。経済活動としての戦争……。地底の国家が戦争という手段をとる動機としては弱いでしょうね。この場合、日本もヤマトも戦争という手段を選んだ事で儲かるわけではない。他の国だって事情はそれほど変わらないでしょうから」
大榊はその先の結論に行き着く事を恐れていた。もしその推論が正しければ、戦争はここで終わらない。なぜならば、この戦争は単に地上対地底の、領土争いではないからだ。
大榊は大きく息を吸って、吐いた。腹が据わった。
「これは私の推論なのですが」
大榊はまずそう前置きして、自分の結論を話し始めた。
「今回の地上侵攻を進めたのは、「連合政府」と呼ばれる組織です。この組織については調査の必要があると思いますが――。戦争で経済的に潤うという性質の組織でない事は確かです。だとすれば、戦争で最も得をする存在があり、現状、連合政府はその存在によって動かされているのではないでしょうか」
「ふうむ。要は、全て死の商人が仕組んだ、という事か」
宮司が腕を組んで考え込んだ。
――そう、死の商人。だが、その規模と力は、国家群すら動かすものなのだ。自己の利益のために国を動かす。もちろん、その国にとっても利益になるように、自身で戦争という選択をするように、周到に準備をして。
だとするならば。
「我々が戦っていたのは、ヤマトじゃない。鷹城さんが仰っていたように、今回はヤマトと日本が勝った。相手は、その死の商人達だったのではないでしょうか。可能な限り戦いを小規模で終わらせる事は、死の商人にとっては最も自己の利益にそぐわないでしょうから」
「おいちょっと待てよ。それじゃあ……」
宮司の顔色も変わっていた。
「ええ、宮司さん。私達の敵が彼らだとするなら、戦いはまだ……」
その時、大榊の端末が緊急のコールを伝えた。続いてイツキの声が室内に響く。
「壱尉! やべえぞ! 華連からのミサイルだ!」
音を立てて宮司が立ち上がった。大榊は萬田空将へ緊急の連絡を入れた。
基地内に緊急警報が鳴り響き、ミサイル飛行軌道付近の各都市で警報が鳴らされた。
華連。頂華共和国連邦。ユーラシア大陸のほぼ全域を支配する巨大連邦国家。
一発の中距離弾道ミサイルがその国から発射され、日本に向かっていた。
【次回予告】
一発の弾道ミサイルが、もう一つの戦争の引き金を引いた。
イサオ達を巻き込んでいく新たな戦争とは……?
蒼翼の獣戦機トライセイバー
第二章にご期待ください!
第一章、お読みいただきありがとうございました。
しばらく充電期間を持った上で、第二章に取り掛かろうと思います。
また、第二章は別の形での発表になる可能性が出てきたこともあり、
一旦「第一部・完」という意味合いで「完結」扱いとさせていただきます。