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【リアルロボット系社会SF】蒼翼の獣戦機トライセイバー  作者: 硫化鉄
    第十三話  「戦いの帰結」
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十七 束の間の……。

 智美の休暇。


 目の前に娘がいる。

 倉科輝美(てるみ)はともすると涙ぐんでしまいそうになるのを抑えて微笑んでいた。


 副官である稲本友美はとても好印象だった。三人で囲む食卓は笑い声にあふれ、もし姉妹を産んでいたらこんな風だったのかな、と思わせる空気があった。


「そろそろお茶入れましょうかね」


「あ、私がやりますよ!」


 立ち上がる稲本。


「いいのいいの、稲本さんはお客様なんだし。

 ほんとはこういう時に、智美ちゃんが「私がやります」って言わなきゃいけないのにねえ。

 ごめんね、稲本さん。気の利かない子で」


 輝美は智美を軽くにらむと、うきうきとキッチンへ向かった。


「いいじゃーん。久しぶりに帰ってきたんだからくつろがせてよ」

「ほーらすぐそんな事言う」


 キッチンで紅茶を入れながら、輝美の目に涙がにじんでいた。

 智美は明るく笑っている。随分大人になったなと感心もする。でも、何か無理しているような気がしてならない。


 自分を心配させないために? それとも何か別の理由が……?


 あの戦争を終わらせたのは、智美たちが乗っていたロボットだという。しかも、それを中心になって操縦していたのが、あの智美だったなんて。

 智美はどんな経験をしたのだろう。どんな辛い目にあったのだろう……。


「ママー? おやつまだぁ?」


 智美は私を安心させるために、わざと子供っぽく振舞っているんじゃないだろうか。智美は素直に甘える事ができているんだろうか。

 考えるほどに、輝美の目頭が熱くなってしまう。


 ……どちらにしても。


 輝美はあふれそうになる涙をそっとティッシュで吸わせて、表情を整えた。冷蔵庫の扉を開けた。


「智美ちゃん、ちょっとこっち来て手伝って頂戴」


「はい!」


 二人の声が同時に響いた。


「え、ちょっと稲本さん! もぉ~」

「あ~、ごめんなさい、私も名前友美って言うので、思わず……!」


 二人の笑い声が弾ける。


 そしてキッチンに入ってきた智美は、トレイに乗せられたデザートを見て顔をほころばせた。


「……ありがと、ママ」


 智美はにっこり笑うと、トレイに乗せたデザートをテーブルに運んでいく。


「わぁぁ、プリンやぁ! これ、お母さんの手作りなん?」


 思わず関西弁になった稲本の声が、キッチンにまで響いてきた。


「そうですよ~。昨日頼んでおいたんです!」

「ほんまおいしそうやなぁ~」


 輝美は紅茶の載ったトレイを持って、心からの笑顔で娘達の前に出て行った。




「それにしても、随分広いおうちなんですねえ」


 稲本がきょろきょろと見回しながら感心したように言った。


「ママはナレーターをやってるから、家でも練習したり録音したりする部屋があるんですよ」


「へええ~。すごいですねえ。あの、もし良かったら、そのお部屋見せてもらえませんか?」


 稲本が目をキラキラ輝かせて言った。


 そっか。この子は、私と智美を二人っきりにしてくれようとしてるのね。

 輝美には、稲本のその心遣いもまた愛おしかった。


 この子が、智美のお姉さんになってくれているのね。


「ええ、いいわよ。こっちへどうぞ」


 輝美は防音室の扉を開けて、中の機材に火を入れた。


「へええ~すごい……私には何に使うのかさっぱりわからないですけど……」


 防音室の中をきょろきょろ見回す稲本。


「あ、お母さん、私機材触ったりしませんし、一人で大丈夫ですよ!」


 輝美を振り返り、笑顔を見せる稲本。輝美は思わず、稲本の小さな身体を抱きしめていた。


「え、あ、お母さん……?」


 輝美の目から涙があふれているのに、稲本は気づいた。


「稲本さん……お願いします……あの子を、智美の事、よろしくお願いします……」


 とめどなく流れる涙。そして嗚咽。外にいる智美には聞こえないだろう、母親の慟哭。

 稲本ははっとした。智美同様、このお母さんも無理をしているのだ。智美に心配をかけまいと……。


 稲本は、そっと優しく輝美を抱き返した。


「わかりました。絶対に、智美ちゃんを支えてみせます。だから、私に任せてください……」


 そして、数分の沈黙。二人の涙交じりの息遣いが、防音室の壁にしみ込んでいった。



 ママと稲本さん。何話してるんだろ? 私をネタに盛りあがってるのかな?


 智美は三人分のカップを洗いながらふと考えた。二人が防音室に消えて、10分くらいか。手持ち無沙汰でカップをシンクへ運んだ。それでもまだ退屈で、とうとう洗い物まではじめた。


 そう言えば以前ならどんなに手持ち無沙汰でもやらなかっただろうなぁ、と智美は思った。


 どうしてだろう。常に何か考えて何かして、という生活が続いたせいかな。「何もしない時間」が我慢できなくなっちゃった。


 一つ苦笑して、智美は洗い物を終えた。水を止めると、遠くに微かなサイレンの音が聞こえた。


 ……何だろう?


 パトカーや救急車、消防車の音ではない。何かの警報のような――。



 智美は急に襲ってきた不安の波に、ただ立ち尽くしていた。

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