九 帰還。
同日19:30。
筑西の大穴より、改修型ドローン部隊が地底に降下して行った。
陸上部隊を乗せたコンテナを係留して降りていく者も少なくない。地底国家ヤマト制圧部隊である。
ただし、彼らの主な任務は戦闘ではない。
既に戦力と呼べるもののないヤマトにおいて、彼らの任務は政府要人の保護である。彼の国の内部で、指導者の暗殺などが起こらぬようにするためだ。軟禁状態にあるという鷹城明の安全を確保する事も、最重要任務だった。
チームトライのサポートによって、彼らの任務は滞りなく完遂された。一発の銃弾も撃たれず、一滴の血も流れなかった。
いや、そうではない。
日本防衛警備軍が到着する前に、反鷹城派の有力なメンバーは既に死んでいたのだ。
自ら頭を撃ち抜いた者。何者かに射殺された者。
防警軍に目立った抵抗が向けられなかったのは、そういう理由でもあった。
21:11。
「ようやく回線が復旧したよ。心配かけてしまったね、岐部君」
日本国総理官邸の執務室に、鷹城明の声が響いた。岐部信太郎内閣総理大臣はモニタに映る旧友の顔を嬉しそうに眺めた。
「トライセイバーの諸君のおかげだ。こちらの問題も大方片が付いた。あとは事後処理だけだ。協力頼むよ」
モニタの中の鷹城明は、相変わらずの風貌で、頭をかきながら言った。その変わらない雰囲気が、岐部にはとても心地よかった。
「それはもちろん。後で、基地やチームトライのメンバーとも回線をつないで話したいんだけど、いいかな?」
「チームトライ?」
鷹城がきょとんとして聞き返す。
「あぁ、トライセイバーの運用にかかわるチームの名前だよ。君がこっちに来たら、そのメンバーになってもらうんだから、覚えておいてくれ」
「へぇ、チームトライか。いい名前だね。でも、僕がそのメンバーになるってのはまずいだろ。せめてオブザーバー的な立ち位置がいいんじゃないか? 仮にも敵国のリーダーだったわけだし」
鷹城は丸眼鏡を外してレンズを磨きながら言った。まんざらでもない気分なのだろう。
「でも、戦いはまだ続くんだろう? ならしっかりと最後まで関わってもらわないと」
岐部の言葉に、鷹城は眼鏡をかけ直し、苦笑して見せた。
「友達使いが荒いなぁ岐部君は。でもその前に、岐部君にも一仕事してもらわないとね。これから僕達と、和平交渉をしなくちゃならないんだから」
「それは問題ないよ。もちろん、和平交渉時の君の演説にかかってるわけだけど」
鷹城は一気に困り果てた顔になった。
「その演説ってのがどうも苦手なんだよなぁ。岐部君、代わってくんない?」
「さすがにね。それはね。無理」
二人はひとしきり笑った。
「……勝ったね。鷹城君」
「あぁ、僕達は勝ったんだ。岐部君。完全に、とは言えないのが残念だが」
二人は、黙祷を捧げるように、目を閉じた。
新暦518年6月13日、地底国家ヤマト、降伏。
その報が全国に流れた。東京都にも安全宣言が出され、日本国民は一旦の安堵を得た。
今回の戦争は、一体なんだったのか。
三日後の6月16日に設定された和平交渉で、その全てが明らかになる。
人々は期待と一抹の不安を抱きながら、それでも終戦の安らぎに満ちた夜を味わっていた。
同日22:37。
「みんな、ご苦労さんやったなぁほんまに」
大榊と合流し、筑波基地に帰還したチームトライを待っていたのは、基地司令官である萬田空将からのねぎらいの言葉だった。
「すぐにでも休んでもらいたいというのが本音なんやけどな。まぁ簡単な報告会を兼ねて、一緒に飯食お思てな。とりあえず風呂でも浴びて、いつもの会議室に集まってくれへんやろか」
萬田が申し訳なさそうに言うと、大榊はメンバーの表情を見回して、うなずいた。
「了解いたしました。なるべく急ぎますが、三十分くらいは見ておいていただけると助かります」
「あぁあぁ、急がんでええ急がんでええ。……と言ってももうこんな時間か。眠なるなぁ。まぁみんな明日は思う存分朝寝坊してええから、もう少しだけ辛抱してや」
口調こそ冗談めかしてはいるが、萬田は本気で心配しているようだった。ついこの間まで民間人だったチームトライのメンバーだ。それにまだ年若い者もいる。そんな彼らが戦争を終結させる立役者になってくれた――。萬田はまさに頭の下がる思いだった。
「あの、萬田空将」
ハユがそっと手を上げる。
「ん? ハユくん、なんや?」
「今回の戦闘データをまとめておきました。整理するほどの余裕がなくて申し訳ないですけど……」
ハユは地底での戦闘データを記録したデバイスを、折原航空参佐に差し出した。
「おお、それは助かるな。折原君、早速分析班に回しといてくれ。あと、大榊君も必要やろ。データのコピー送ったっといてや」
「かしこまりました。空将。
ハユさん、恐れ入ります」
ハユからデバイスを受け取ると、折原はハユに丁寧にお辞儀をした。
「助かります。宮司壱尉へは、私の方から共有しておきますので」
大榊が踵を揃えて敬礼すると、萬田は大きくうなずいた。
「ほんならいったん解散や。あぁそれから大榊君はちょっと残ってくれ。一つ、耳に入れておきたい事があんねん」
萬田が最後に付け加えた言葉。それは大榊にとって、ある程度の予感を伴った、不吉なものだった。
会議室に用意されていた食事は、チームトライのメンバーが想像していたものとは大きく異なっていた。オードブルやサラダバーのようなものはなく、温かいご飯、味噌汁。そしてコロッケやトンカツ、から揚げなどの揚げ物類、ハンバーグやカレー、そして卵焼き、きんぴら、漬物などの惣菜といった馴染みのある料理が並んでいた。
「これはな、とある有志の方からの差し入れでな。こういう料理の方がほっとするやろ」
萬田が早速卵焼きを口に入れる。
「ほぉ! これはむっちゃうまいで! ほら、早うみんなも食べ!」
「空将! まだ皆さん召し上がってないんですから! ねぎらう側の空将が先に召し上がってどうするんです!」
折原が慌ててたしなめる。
「なんや、あかんか。折角の料理も冷めたらもったいないやろ。みんな勝手にどんどん食うたらええねん。無礼講や」
「無礼講というのは、目下の者が目上の者に気を遣わなくて良い、という事でしょう。目上の者が率先して無礼講を享受してどうするんですか!
……すみませんね、皆さんも遠慮なさらずどんどん召し上がってくださいね」
もはやお馴染みとなった萬田と折原のやり取り。正直、イサオは食欲など全くなかったが、彼らの言葉に押されるように、料理を取って席に着いた。
「……いただきます」
味噌汁に口をつける。その瞬間、イサオははっとした。
そしてあふれてくる、涙。
……親父の味だ。
帰ってきたのだ。戦いの場所から。俺は帰ってきたんだ……。
勇夫は乾いた心に水をまくように、懐かしい味のする料理を腹に詰め込んでいった。