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【リアルロボット系社会SF】蒼翼の獣戦機トライセイバー  作者: 硫化鉄
    第十三話  「戦いの帰結」
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七 死。

 視界を覆いつくす死の光。逃げる事も、防ぐ事もできず、ただ飲み込まれる恐怖。めまぐるしく動く思考。たくさんの意識、たくさんの思考が入り乱れて駆け巡る。そこに共通して存在する「恐怖」。


 共振し、干渉し、増幅しあうその恐怖。幾層倍にも膨れ上がり、全てを圧倒していくその感情。


 しかしその恐怖すらも、死の光の前には無力だった。恐怖ごと全てをゆっくりと焼き尽くされていく。


 熱さも、痛みも、彼女は感じなかった。感じる事ができなかった。いや、感じる機能を持たされてはいなかった。


 それでもその心は、架空の熱を感じ、想像の痛みにもがき、永劫の苦痛を味わいながら死を迎えようとしていた。


 死ぬとはどういうことなのか、死んだらどうなるのか。そんな事を考える余裕などありはしない。ただひたすら続く、苦痛の妄念。


 果てしなく続く苦痛の中に沸いた、断末魔の苦悶とともに、彼女の意識は消滅した。


 だが、それは終わりではなかった。


 続いて起きる断末魔。あの「死」の体験がまた繰り返されようとしていた。


 彼女は無意識のうちに叫んでいた。絶叫していた。彼女の「声」を象ったノイズが、ヴォリュームを振り切って送信されていた。


 あの恐ろしい「死」が。また来る。


 続いて焼き尽くされていく彼女の意識の中にも、今しがた味わった死をまた繰り返す恐怖が上乗せされていた。それは即座に共鳴し、膨れ上がった。


 あと何回死ねばいいのだ。


 あと何回。


 もう、解放してくれ。



 TSUBASA……。



 彼女は、繰り返される死の中で、意識が崩壊していくのを感じながら、その名前にすがりついていた。




「意識の絶縁。それが最終調整の課題だった」


 鷹城は口を開いた。静かな声音ではあったが、キッチンにいる彼女にははっきりと聞こえていた。


「通信やセンサーなどは、コアにほぼ直結しなければならなかった。だから、絶縁するには、意識や脳波の周波数そのものを調整する必要があった。だがそれは現在の技術では事実上不可能だった」


 鷹城の口調は鎮痛とも言えた。その声に彼女を非難する響きがない事が、むしろ彼女をさらに追い詰めていた。


「実験段階では、同時起動した二機は、同じ動きをするどころか、全く動かなかった。あれは、同時起動が起こしたのは、同期ではなく混線だったという事だ。

 つまり……M型に起きたのは、14機の意識の混線だ。14機が14機とも、14人分の自分の意識を重ね、さらにそれが共有され……ハウリングのような現象を起こしたんだろう」


 十数人分の自分の意識が重なり、ハウリングを起こす……それはどれほどの苦痛と混乱をもたらしたのだろう。


 彼女はシンクのふちに手をかけ、涙をこぼした。

 MISAKIは、一体どんな気持ちだったのだ。

 彼女の嗚咽ははっきりとした声になってあふれ出た。


 そうだ。意識が共有されていたのなら。

 M型が破壊されていった時、MISAKIは。


 何度も、死を味わっていたのではないか。


 自分はなんと罪深い事をしてしまったのだろう。MISAKIを、何度も何度も殺してしまった……。

 彼女は崩れるように膝を付き、声を上げて泣いた。


「決着がつく。君にはそれを見届ける義務があるだろう?」


 聞こえてくる鷹城の声に、彼女はのろのろと立ち上がった。

 彼女がキッチンから姿を現した時、モニタには残されたM型とトライセイバーが映し出されていた。



 決着の時が、迫っていた。






「参尉……!」


 どうして、と言いかけて、麗華は言葉を失った。全てを悟ったのだ。金富の瞳には、自分は映っていない。いや、今だけではない。最初から、自分の事など見ていなかったんだ。


 麗華はふっと肩の力を抜いた。そっか。そうだよね。彼にとって私は手駒のひとつに過ぎなかったんだよね。最初からわかってた事なのに。

 麗華は傍らに立つ角谷の瞳を見た。そこに映る自分は美しかった。


 この顔が、身体が、色んな男を利用させてくれた。だけど、彼は昔の私を知っている。本当の私がどんな顔だったのかを知っているのだ。


 同胞のため。


 私はここで死ぬのね。彼を、疑いの目から反らすために。

 なら、彼に引き金を引く理由をあげなければ。

 彼が私をどう思っていようと、私は彼を――。


 麗華は右手を制服の内ポケットに入れた。もちろん銃などは携帯していない。だが、金富に発砲させる理由としては充分だろう。

 金富は麗華の意図を察知して、口の端だけで笑った。


「木下曹長補、抵抗するのなら……」


 彼の言葉を聞きながら死ねるなら、いっか……。麗華はそっと目を閉じた。


「そこまでですよ。参尉」


 落ち着いた低い声。同時に入ってくる軍人達。


「間に合ってよかったですよ。こちらの証拠固めとあなたの口封じ、どちらが先になるか、全く予断を許さないところでしたから」


 声の主は(ばん)和哉(かずや)技術弐尉である。彼は萬田(よろずだ)空将の密命を受け、独自に情報漏洩について調査をしていたのである。

 萬田が金富を表向きの情報漏洩調査担当に任じたのは、金富を現作戦の情報から遠ざける意図と、そして彼に証拠隠滅の動きをさせようとする意図があった。自身の身を守りながら、一定の調査成果を挙げるためには様々な工作が必要になる。それを誘発させる事が大きな目的だった。


「金富参尉、これはどういう事なんです? 伴弐尉!」


 角谷が思わず声を上げた。一瞬、銃を構えた伴の部下達の注意がそれた。


 発砲。そして。


 麗華の額にぽつんと穴が開いた。そして不意を突かれて金富に体当たりされた伴が部下とともに体勢を崩す。金富は麗華のタブレットに銃弾を撃ち込むと、調整室を飛び出した。


 さらにもう一発の銃声。伴の拳銃だ。

 その銃弾は金富の右腕に命中したが、彼の逃走をわずかにも鈍らせる事は出来なかった。


「君達は参尉を追ってください」


 伴は部下にそう指示すると、端末を取り出して、基地全体に警報を鳴らした。

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