六 露見。
「麗華、それ……」
角谷は言いかけて、一瞬言葉を失った。なんと言えばいいのかわからなかった。
本来、彼ら学生の身分である士官候補生には、基地内におけるデータのアップロードは、基地外への端末持ち出し同様固く禁じられている。クローズドサーバーへの書き込みはウィルス対策もあり完全にシャットアウトされているのだから、麗華が今行っているアップロードはオープンなサーバーへのアップロードという事になる……。
「大丈夫よ、私、データの分析に興味があって大量にデータ処理するから、ストレージを使う許可もらってるの」
麗華が言う。その笑顔を見ていると、角谷は何も言えなくなった。
そうか。許可を得ているんだ。なら問題ないはずだ。
角谷は自分でそう納得して、アップロードの進捗を示すバーが100%に向けて伸びていくのを見つめた。
「あとは……そうね。三機が合体した後のデータが早く見たいわ。新くん、また手伝ってくれる?」
「あ、あぁ、もちろん! 俺も興味あるしね」
答える角谷の目の前でバーが100%になった時、調整室の扉が開いた。
目を赤く光らせたM型の列。身じろぎもせず立ち尽くすその姿には、悲壮感さえ漂う。
モニタに映るその映像は、静かだった。全く静かだった。
「これは、どういう事なのか、説明してもらえるんだよな?」
鷹城明は総理大臣の執務席に座り、デスクの前に立っている筆頭秘書官に厳しい目を向けていた。
「あれを起動する権限は僕にしかない。つまり、僕の権限を代行して起動命令を出せるのは、君だけなんだ。そんな事、君自身もよくわかってるだろう?」
筆頭秘書官はじっとうつむいて黙っていた。わかっているのだ。まだ調整が充分でなかった事も。そして、もし調整が完全であったとしたら、なおさら起動してはいけないのだという事も。
だが、調整不足と言っても最終調整のみだ。運用はできたかも知れない。セイバーに勝利する事は出来ないにしても、生き延びさせる事はできたかも知れない。
そう。彼女は生き延びさせたかったのだ。一機でも。全てが失われる事に我慢が出来なかったのだ。
「調整不十分のまま起動した時に何が起こるのか、きちんと説明していなかった僕も悪かった。だけど、うまく起動できたとしてどうするつもりだったんだ? セイバーを倒す事が出来たとして、それでどうするんだ? それじゃあ僕達の負けじゃないか!」
鷹城は苛立ちの篭った声で怒鳴った。
「仰るとおりです。本当に申し訳ございませんでした」
彼女はやっとの事でそう言うと、深く頭を下げた。
モニタには、M型が並ぶドックへ接近するトライセイバーが映し出されていた。地上から降りてきたM型は、セイバーにMWAを絡ませ、力なく引きずられていた。
モニタを見つめる筆頭秘書官の目に、涙があふれた。
「……これでいいんだ」
モニタの中で、トライセイバーがビーム・バンチ・カノン砲を発射した。発射されたビームの束が、十数機並ぶM型を破壊していく。彼女の喉から嗚咽が漏れた。
「あれは、有機演算処理システムを組み込んだ、無人機だ。君の分身なんかじゃない」
鷹城は立ち上がり、筆頭秘書官の肩を抱こうとして……その肩をぽんぽん、と叩いた。
「……あなたにはわからないのです、総理。子供を生む事が出来ない女の気持ちは」
彼女は彼のそばを離れ、キッチンへ消えた。
モニタの中でトライセイバーがT型量産機を破壊していた。鷹城は少し複雑な笑みを浮かべた。
「これで、僕達は勝った。僕の計算通りだな」
そして、秘書官の消えたキッチンへ目をやった。
「……わかるさ。僕だってもう、子供は作れないんだから」
「角谷曹長補、木下曹長補。ここで何をしている?」
扉の開く音に重ねて響く声。角谷と麗華はビクッと身を震わせた。
「か、金富参尉! お、お疲れ様です!」
慌ててかかとを揃え、敬礼をする角谷。明らかに目が泳ぎ、救いを求めるように麗華に視線を向けた。
「はっ! 金富参尉。私は、角谷新曹長補に協力し、Tシリーズのデータをまとめておりました!」
「え……? 麗華……?」
角谷は一瞬耳を疑った。逆だ。自分が麗華に頼まれて情報収集に協力していたはずだ。
「ふむ。角谷曹長補。研究熱心なのはよい事だが、今そこで禁じられたアップロードが行われている事と、何か関係があるのか?」
角谷は一瞬にして頭が冷えた。金富参尉は萬田空将の命により、基地内のスパイを探す任務についていたはずだ。とするならば。
麗華が行ったアップロードは、スパイ行為とみなされるのではないだろうか。いや、もしかすると、麗華がスパイだったのではあるまいか。
「答えろ! 角谷!」
金富が銃を抜き、角谷に向けた。
「ぼ、僕は……いや、自分はただ……」
角谷はそこまで言って言葉を失った。麗華がスパイかどうか確定したわけではない。なのに、その麗華を売るような事など言えるものか。
「角谷くん、あのデータ、どこに送ったの? 許可を頂いてるって言ってたじゃない。参尉がご存じないって事は、許可を頂いたって言うのは嘘だったの?」
角谷は今更のように、麗華の意図に気づいて慄然とした。スパイは麗華だったのだ。そして、自分を身代わりとして陥れるために近づいてきたのだ。
視線の先には麗華がいた。いつもの美しい顔。そして昨夜思うまま味わい、惑溺した魅惑的な身体。
だが、今はその全てが、見ず知らずの他人のようだった。角谷は見た事もない生物を見る目で、麗華の頭からつま先まで眺めた。
「角谷新。貴様をスパイ容疑で逮捕する。木下麗華、貴様もだ」
いっぱいに見開かれる麗華の目。その瞳に映る金富の銃口が、麗華に向けられた。