一 戦闘開始。
(前回のあらすじ)
東京をパニックに陥れた地底国家ヤマトの作戦。
その真意を読み取り、最善の対策を打つべく、
日本防衛警備軍は総力をあげる。
懸念されるスパイの存在。
解く事のできなかったデバイスの謎をハユが解いた時、
ヤマトの恐るべき作戦の全貌が明らかとなり、
トライセイバーがその姿を現した。
6月13日17:42。
パニックも終息を迎えようとしていた。だがそれは、人の心が落ち着いたのではなく、単に騒ぐ者が物理的にいなくなっただけの事だ。
防衛警備軍の出動により道路をふさいでいた放置車両が撤去され、交通が復旧した。
だが人々は疲れ果て、ただ機械的に都外へ向けて歩いていた。
17時過ぎに、敵機が東京を襲撃するという報が流れたが、大規模なパニックは起きなかった。戸外にいる人々の大部分はその情報を得る事が出来なかったし、一部小規模なパニックが起きたが、それも広がることはなかった。
実際に敵機が東京上空に現れることはなかったし、人々にはもう騒ぎを起こす力は残っていなかったのだ。
ただひたすら、防警軍の指示に従って避難する。それだけを考える事しか出来ぬほど、人々は疲弊していた。
速水勇悟は有線ネット情報で戦況を確認して、ふうむ、と考え込んだ。
敵の機体は日本側の機体を追って東京から離れたらしい。これは勇夫の機体か、それとも。
敵機が東京襲撃をあきらめ、防警軍機を追った理由が理解できなかった。一体何が起きているのだ。
勇夫達に任せておけばいいのだ、と頭で理解してはいた。自分の息子達を信じ、そしてあの大榊という軍人達を信じて全てを託したのだ。だが、情報が欲しいという気持ちは抑えられなかった。
秘密裏に防警軍が接触してきた時、言われるままに筑波基地へ避難していれば、もう少しマシな情報は得られただろうか。
そう考えて、勇悟は苦笑した。
Tシリーズパイロットの家族という事もあり、優先的に保護するという軍の申し出を断ったのは勇悟だ。そんな特別待遇を受けるのは彼の性に合わなかったし、何より店を守りたいという気持ちが強かった。もちろん、妻の優佳、娘の優美は力づくで防警軍に託した。勇悟が残るのならと、優佳は共に残りたがったが、勇悟は頑として聞き入れなかった。
今頃、勇夫は戦っているのだろうか。
勇悟はため息をつくと、客用の椅子に腰掛け、テーブルに頬杖をついた。
静まり返った町。この界隈に残っているのは勇悟を含めて数人いるかどうか。
勇悟は、肝心な事は何もわからないながらも、有線ネット情報から目を離すことができなかった。
17:45。
「そうか。セイバーがね。やっぱり僕の見込んだ通りだったな」
総理執務室のソファに座ってコーヒーを飲みながら、鷹城明が言った。
「かなりギリギリだったようですけどね。ちょっとギャンブルが過ぎたのでは?」
総理秘書官は特に感慨のこもらぬ声で言った。
「そう言うなよ。僕は彼らを信じていたからね。それに、もしギャンブルだったとしても、賭け金は彼らの命じゃない、僕らの命だろ?」
鷹城の言葉に秘書官は苦笑を浮かべ、執務デスクの椅子に腰を下ろした。
「それはそうですが、その後の事も考え合わせると、結局は相当分の悪いギャンブルである事に間違いありません」
「でもまぁ、あれしか方法がなかったんだからしょうがない。
ところでユーラシアの動きは……いや、華連の動きの方が気になるな」
鷹城は真顔になって言った。
「そうですね。ユーラシアの方は当初の予定通り、華連へ工作員を送り込んで内部から崩す作戦を継続中ですが、これと言って状況に変化は報告されていません。ただ、華連が全く動きを見せていないのが、逆に気になりますね」
「そうか。動きはない、か……。まずいかもしれないな……」
渋面になって、残りのコーヒーを口に含む。
「今後の事を考えると、やはり、残しておいた方が良いのでは?」
秘書官の言葉に鷹城は一瞬うつむいて考え込んだが、すぐに顔を上げた。
「いや、それはダメだ。あれは残しておいちゃいけない。だろ?」
鷹城の言葉はきっぱりと、誤解のしようがない明快さを持っていた。
「そうですが……お寂しくはありませんか?」
「いや、忌まわしいものを処分するんだ。清々するさ。でも、それは君も同じだろ?」
鷹城は決然とそう言うと、ソファから立ち上がった。
「とにかく、セイバーが起動したんだ。全てはうまく行ってる。
……あ、いつもの事だけど、一応突っ込んどくよ。今君が座ってるの、僕の椅子だから」
鷹城は機嫌よく笑いながら、コーヒーのお代わりを淹れにキッチンへ消えた。
残された秘書官は、表情のない顔で、鷹城の背中を見送った。
――私はそう簡単に割り切れないわ。あなたのようには。――
同時刻。
紅翼の敵機が二機、光を引いてこちらへ向かって来ていた。
「行こう! 地底へ!」
イサオは操縦桿を倒し、ペダルを踏み込んだ。筑西の大穴より突入し、地底国家ヤマトへ攻勢に出るのだ。
二機の敵機を抜く事は、このトライセイバーなら容易いと思えた。
……だが。
「う、動かねえ……!」
トライセイバーはイサオの意思に応えず、微動だにしない。
「な、どういうことなんだっ……!」
さらに迫り来る二機。T型がCPLコンパチブルカノンを放ち、M型がMWAを展開してビームの刃を生成した。
次の瞬間、トライセイバーは紅翼の二機の背後に移動していた。即座にコンパチブルキャノンを放つ。そのビームはT型の右の翼を焼いた。
「え……!?」
イサオは自分の両手を見つめた。セイバーが見せたこの動きは自分が操縦したものではない。
操縦しているのは誰だ……?
「イサオくん! セイバーのメインコントロールはアインのコクピットみたい! サポートお願いします!」
その時、イサオの耳に飛び込んできた声は……。
「と、トモミ……か……!」