十二 トライセイバー。
そうか。そういう事だったのか。
鷹城からの情報を全て頭に叩き込み、ハユはその情報の正しさを確信していた。敵機の強さの秘密。人間であれば耐えられない負荷をかけられても平然と反撃してくる敵パイロットの強さ。
全ての謎が解けた。ならば尚更、あの敵機を量産させてはならない。一刻も早く、叩き潰さなければならない。
ハユは深く息を吐いた。
方法なら、ある。
しかし、それがうまく行く保証は、ない。
「ハユ、お前……バカにしてんのか?」
舌打ちの音と共にイツキの声がした。
「さっきもそうだ。何でもてめえが一番うまくやれるとか思ってんじゃねえぞ」
そうだ。その通りだ。
ハユはイツキの言葉を、何の恐怖もなく受け入れていた。
うまくやれる自信がないのは私だ。でもみんななら、きっと私よりうまくやってくれるはずだ。そう、みんな私より大人なんだ。
心がすっと軽くなった感覚。
上空ではアインが、ツヴァイの援護を受けて敵機と戦っている。私も、戦うんだ。みんなと一緒に。
「みなさん! 今からファイルを送ります! これを使えば、状況を変えられるはずです!」
ハユは、鷹城が託してくれた希望を、各機に送信した。
やはり地上というのは寒いところだ。エネルギーのチャージ速度に格段の差がある。
MISAKIはエネルギーのゲージが思うように上がらない事に苛立ちを覚えていた。M型の翼には熱の吸収効率を高める改修が施されている。サポートタイプとしての性能を最大化してあるM型ならではであったが、それでも地上の気温がそもそも低すぎた。
戦況はTSUBASAが明らかに押している。もしかするとM型の出番はないかもしれない。それならそれでよいのだが――。
だが、MISAKIの心のどこかに、なにか引っ掛かりがあった。あの三機は鷹城博士が軍にも隠して秘密裏に作り上げたものだ。何かが隠されている可能性も充分にある。
「TSUBASA、一気に片をつけてしまえ! 手柄は全てお前が持っていけばいい!」
MISAKIがTSUBASAにそう言った時、突然、鳥型がT型から距離を取り、人型と獣型の上空に位置した。
「何をしようと、私を抜く事など――」
鳥型を追うように三機に接近するT型。
次の瞬間、強大な斥力が発生し、T型は一瞬にして吹き飛ばされた。
ハユから送られて来たその情報は、大榊にとってはパンドラの箱そのものだった。
T型、M型と言われる敵機。そしてそれを量産する計画の実態。敵パイロットの超人的な能力の秘密。地底国家ヤマトの目的――。
だが、最後に残った希望、それが【Tシリーズ】だった。戦況を変えるには、これしかなかった。
大榊は腹をくくった。それならば、【Tシリーズ】に、いや、チームトライに全てを託す他はない。
「各機、ハユからのファイルを確認しろ! 新システムの使用を許可する!」
一体何が起こるのか。
大榊は全てを見届けるべく、交戦区域の中心から少し距離を取った。
これは……!
ハユから送られてきたファイルの内容に、イサオは目を見張った。
これなら、奴らに勝てる……!
イサオは概要をさっと把握すると、操縦桿を強く握りなおした。反撃の時が来たのだ。
「システム起動のロックを解除するには、各機パイロットが、右手の静脈認証と共に音声でコードを入力する必要があります」
ハユの説明が終わると、コンソールにおなじみの右手形が表示された。
そう。いつもと同じだ。合体シークェンスと同じ要領だ。
だが、決定的に違うのは――。
イサオはひとつ息を大きく吸い込んだ。
「みんな……いくぞ! 【超合体シークェンス】!」
イサオの声に応えるように、ハユがシステムを走らせる。
「システム、ロック解除。解除コード入力!」
トモミは右手をそっとコンソールにあて、息を吸い込んだ。
ライゾウはコンソールに右手を乗せて、そっと目を閉じた。
イサオは勢いよく右手をコンソールにあて、敵機を睨みつけた。
セリナはふっと笑みを浮かべ、コンソールに手をあてた。
イツキは右手をコンソールにあて、唇の右端をくいっと上げた。
ハユははやる気持ちを抑えるように、ゆっくりとコンソールに手を乗せた。
一つに溶け合う六人の声が紡いだ解除コード、それは――。
「トライセイバー!」
何者をも寄せ付けぬ斥力のバリアが張られ、その中でアイン、ツヴァイ、ドライの三機は変形した。
アインの翼を構成する装甲板は増え、一回り大きな翼へと形成された。胴体と顔の部分は、人型の胸部と頭部へと変わった。
ツヴァイの両腕が胴体部分に収納され、両脚が大きく開く。脚の先にマニュピレータが生成され、巨大な腕を形成した。ツヴァイの腕に装備されていたARコンが、新たな腕に移動する。ツヴァイの機体は、腕部、腹部、腰部に変わった。
ドライのボディは二つに分かれ、装甲板が移動した。二本の脚部に変わる。
変形の最後は三機のドッキングだ。そして生まれたのは、背中に巨大な蒼き翼を持つ人型の機体。アイン、ツヴァイ、ドライの力を併せ持つ機体。
トライセイバーの誕生であった。
「あれは……!」
TSUBASAとMISAKIの眼前に、蒼い翼の人型機動兵器が出現した。彼らの機体よりも、たっぷり二回りほど大きい。
そして何より、彼らにはその姿に見覚えがあった。
「オリジナル……か……っ!」
維持管理上の問題から、実際に製造される事はなかったとされる機体。強力すぎるが故に、体制を揺るがしかねない機体とされ、設計図ごと抹消された存在。
彼らの機体にしたところで、軍や国家という組織が手駒として扱うのに手頃なレベルの、劣化コピー版でしかない。
「まぁいいでしょう。呪われた機体とは、まさに悪魔どもに相応しい!」
TSUBASAの心に、好戦的な何かが湧きあがってきていた。
確かにオリジナルの性能は脅威だ。しかしこちらとて、機体性能の差を補い、オリジナルと同等以上の戦果をあげられるシステムが搭載されているではないか。
「MISAKI、共に証明して見せましょう。 私達が、オリジナルを超えるシステムである事を!」
二人の紅い翼が燃え上がるように輝き、キラキラと光の粒子を流しながら空を舞った。
イサオは操縦桿を握りなおした。
今まで防戦する事しかできなかった自分達が、いよいよ敵地に乗り込むのだ。
敵の機動兵器量産計画さえつぶせば、この戦争を終わらせることができる。
そして、このトライセイバーならそれができるはずだ。
紅い光が二つ、尾を引いてこちらへ向かって来る。強敵だが、それでも負ける気はしなかった。
「行こう! 地底へ!」
イサオは操縦桿を倒し、ペダルを踏み込んだ。
筑西の大穴より、まだ見ぬ地底国家ヤマトへ向けて。
暗き奈落の底への出撃。
トライセイバーは、闇を打ち払う蒼い光を、その双翼から放った。
【次回予告】
新生したトライセイバー。
地底国家ヤマトに向けて、出撃する。
敵の作戦をくじく為に。
この戦いを終わらせる為に。
戦いの中、彼らが見たものは――。
次回
第十三話 「戦いの帰結」