十一 打開策は。
MWAの接続を解除したMISAKIは、信じられない思いで生き残った敵機達を見下ろしていた。
撃墜数、ゼロ。
あの非力な改修ドローンまで生き残っていた。
「なるほどな。それがあの戦いを生き延びたお前達の力か」
苛立ちと共に、彼女は自分が妙に納得しているのを自覚していた。
「しかし、先は見えましたね、MISAKI。半分の出力でこの結果ですから」
回避しきった人型と獣型。そして、改修ドローンは無傷な代わりに、鳥型の蒼い翼は片方が黒く焼け焦げていた。
Gコンを持つ機体にとって、飛行のために翼がある必要はない。だが、攻防一体の武器である翼に損傷を与えた事は、確実に意味を持っていた。
「あの攻撃で片翼だけとは、正直予想外だったがな」
MISAKIは冷静に分析をしていた。確かに敵の対処が的確だったのは間違いない。そしてHMF-CPCによる防御性能も想像以上だ。だが何よりもあの鳥型が見せた機動性。
TSUBASAがトリガーを引いた時、あの鳥型は自分達とほぼ同じ高度にいたはずだ。今の攻撃は地上にいる三機を、とりわけ指揮官機と思しきドローンを確実に消し去るためのものだった。それが、あの鳥型によって防がれたのだ。
荷電粒子の速度より速く動いたとでも言うのか。
彼女達には、鳥型が『突然、そこに現れた』ようにしか観測できなかったのである。
「あの時と同じ……。あの鳥型、何か我々の知らないシステムを搭載しているのかも知れませんね」
TSUBASAは前回の戦いで、必中の間合いで繰り出した斬撃を回避し、さらにこちらの腕を斬り落とした鳥型の動きを思い出していた。
「トモミ! 無事か! ライゾウさん!」
一瞬何が起きたのか、イサオには把握できなかった。敵の合体攻撃。それを回避するのがやっとだった。ドライとドローンの安否を確認すべく振り向いたイサオの目に映ったのは、片翼の焼け焦げたアインの姿だった。アインは直前まで上空にいたはずなのだ。
「アインは大丈夫……! 大榊さん、大丈夫ですか?」
トモミの声に、イサオは安堵の息を漏らした。
アインが上昇すると、護られていた大榊機が姿を見せた。
それにしてもとんでもない武器だった。半径十数mに及ぶ範囲の地面が焼け焦げていた。たった二機でこれだけの武装を使う紅翼の敵機。これが量産されれば勝ち目はなくなる。
「大榊さん! 突入しましょう! こんなのが量産されたら……!」
イサオが、T型の放つビームのシャワーをかいくぐりながら叫んだ。M型の方はさらに上昇して攻撃に参加してはいない。
「大榊さん! 私もイサオさんに賛成です! 信じられない事ですが、現状ヤマトの機動戦力と呼べるものはあの二機だけのようです。量産さえ阻止すれば……!」
ハユが鷹城のデータを確認して言った。だが、大榊はにわかには信じられなかった。
いくら高性能の機種だからとは言え、たった二機の機動兵器で戦争を挑むなど考えられない。
しかし、今までのヤマトの作戦を考えれば、あながちありえない話でもなかった。
大量の無人機による基地奪取に始まり、今回の情報戦。少ない戦力を的確に利用し、最大の効果をあげてきたのではなかったか。
どちらにしろ、敵の量産作戦はつぶす必要があった。むしろ、それさえ出来れば終戦の交渉に入る事ができる。戦争の出口論を考えるのは大榊の職責ではなかったが、とは言えそれが一番有効な方法であろうという事は考慮に入れておくべきだと大榊は考えた。
しかし。
3対2の状況でも、いやM型が戦闘に参加していない状況ですら互角以上の戦力をもつ敵を振り切って地底に向かう事などできるのか。
「あなたたちに、私を抜いて地底に行く事など出来はしませんよ!」
突然、紅翼の敵機からの通信が割り込んできた。
大榊機を救う事はできた。が、敵の機体も強化されている。現状では地底へ突入するのは難しいだろう、とトモミは冷静に考えていた。
アインだけなら行けるかも知れない。追撃を振り切ることもできるだろう。片翼は焼け焦げているが、表面だけだ。機能は落ちていない。
トモミはそのような事を考えながら、ライゾウがどう考えているか聞こうともしなかった。さっきもそうだ。
機体を盾にして大榊機を助けようとした時も、トモミはライゾウの意見を聞かなかった。自分達の命がかかっている状況であるにも関わらず。
だがトモミは、ライゾウの存在を忘れているわけでも、軽んじているわけでもなかった。
ライゾウが自分と同じように考えている、という妙に確信めいた思いがあっただけだ。その思いはトモミの意識に上ることはなかったが、しっかりと根底に根付いているようだった。
ライゾウが機体各所のダメージをまとめてトモミのモニタに共有していた。焼け焦げた右の翼が、機能になんの問題もないとわかったのはそのせいだ。
トモミがHMF-CPCの出力を上げてビームの奔流を防ごうとした時、実際はそれだけで防ぎきれる状態ではなかった。トモミの意図に気付いたライゾウが、出力と共に磁束密度を極限まで上げ、荷電粒子の流れに可能な限り干渉させた事が、三人の命を救ったのだ。
片翼の焼け焦げは、異常な速さでアインを操縦するトモミにライゾウが追いつかず、そこで生じたタイムラグの産物だった。
いつの間にかアインのコクピットには、言葉を交わさずともそのような連携が構築されていた。
「ライゾウさん、私達だけでも……」
だが、今この状況をどうすればよいのか、どうしても一人で回答を出し切れない。トモミがライゾウを振り向いた時、紅翼の敵機からの通信が割り込んできた。
「あなたたちに、私を抜いて地底に行く事など出来はしませんよ!」
ビームで生成した刃を手に立ちはだかる敵。そして上空にはもう一機が待機している。
スキを付いてアインだけでも……そう考えた時、トモミは背後でライゾウが首を横に振っているような気がした。