八 幕は上がった。
「イツキさん!」
ハユがイツキに声をかける。その声に怯えはない。
「……何だ? お礼だの謝罪だのは……」
「【KEY 3】ってどういう意味だと思いますか?」
そう。イツキさんなら、私の固定観念を壊してくれるかもしれない。この人だけは、私がどんなに考えても理解できない人だから。
何を言われるかわからなくて、何を考えているかわからなくて、恐怖を感じる人だから。
だから、この人の意見が、聞きたい。
ハユのその思いを乗せた質問に、イツキはあっさりと答えた。
「お前バカか? そんなん、三番のカギって意味だろ」
「三番の……カギ?」
あまりにもあっさりした答えに、ハユは一瞬ぽかんとした。
「ロッカーのカギとかにも番号書いてあんだろ。これは何番のカギです、って意味だ。そんな事もわかんねえのか」
……そうか。カギか。
一瞬空っぽになったハユの頭に、イツキの言葉は素直に飛び込んできた。
キーワードのヒントだと思い込んでいたけど。そうか。これはこのデバイスそのものがカギだという事なのか。
このデバイスがカギとなって開くもの。鷹城さんが私達に託した、カギ――。
だったら、そのカギの使い方は決まってるじゃないか。
ハユは、目の前にあるコンソールパネル横のコネクタに、記録デバイスを接続した。
光のない暗闇。曲がりくねった坑道。
彼はその中を正確に、高速で通り抜けて行った。
もうこのあたりは大分気温が低い。地上までもうすぐだ。
悪魔どもの裏をかいて奇襲する。
あの三機の性能は脅威だったが所詮は素人だ。予想外の事を起こしてやれば、あっけなくパニックを起こす。
やつらさえ始末すれば、あとは簡単だ。
彼は戦いの予感にわずかな高揚感を覚えながら、正確に、作戦通りの速度で地上に近づいていった。
「この動画が再生されていると言う事は、ヤマトの東京壊滅作戦が進行中、という事だね」
トライドライのコクピット内に、鷹城明の声が響いた。
この動画は記録デバイスに記録されていたものではなかった。
そう、記録デバイスはカギだったのだ。【Tシリーズ】に封印されていたデータを解放するための、カギ。
この動画は、封印が解かれた時に自動再生されるようプログラムされたものだった。
「大榊さん……! 記録デバイスが……!」
ハユは震える声で大榊に通信を送る。しかし、イツキのモニタに存在する機種不明機はさらに接近していた。接触まであとわずかだ。
「ハユは情報を整理してくれ。ツヴァイとイツキ、そして私は戦闘状態に入る!」
「わかりました!」
ハユはイツキの邪魔にならないよう、動画の音量を落とした。
「かいつまんでこちらの情報を伝える。そして、その情報の正確性を証明する為、もう一つ有益な情報を提供する」
一言も聞き漏らすまいとハユが集中して聞く中、モニタ上の鷹城明はヤマトの現状を語り始めた。
遠くにわずかな光が見えた。データは寸分違わず正確だ。
ここを突き破れば地上だ。悪魔どもめ、慌てるがいい。
光がみるみる近づいてくる。一瞬、彼の中に何か違和感のようなものが生まれた。
全てうまく行っている。作戦通りだ。そのはずだ。だが、なんなのだこの感覚は。
しかし、彼のスピードはそんな思考をする暇を与えてはくれなかった。
作戦予定時刻である17時丁度に、彼は地上への壁を突き破り、紅い翼が大空に舞い上がった。
あとは東京で派手に暴れて見せ、あの忌々しい三機を慌てさせれば良い。
彼が東京へ進路を向けようとした時、下方から火線が走り、彼の右翼を焼いた。
「これは……まさか!」
そうか、あの違和感の正体は。
彼は急速に上昇してくる敵を見据えた。その敵は、彼が忘れることの出来ない相手だった。
「また会いましたね……! 蒼翼の悪魔鳥!」
彼を追って上昇してきたトライアインが、架電粒子ビームを放った。
17:00。筑西。
敵はすぐそこまで来ている。
イサオは手の汗を拭いて、操縦桿を握りなおした。
イツキから共有されたデータによると、敵機は例の紅い翼の敵機と同系の機種だと思われた。戦力はさらに上を行くと推定される。
だが、負けるもんか。いつでも来い。こっちはもう覚悟出来ている。
いつ敵が飛び出してくるかわからないという張り詰めた状況。その時。
「大榊さん! こちらアイン! 舞浜で敵と交戦中!」
トモミの声が、イサオのむき出しの神経を直撃した。そして、イサオが思わず声を上げかけた瞬間、目の前の大穴から巨大な紅い翼が現れ、上空に舞い上がった。
「待ち伏せがあるなんて、聞いていませんでした……が!」
CPLコンパチブルカノンをフル・バーストモードにすると、彼は忌々しい蒼い鳥へビームのシャワーを放った。大きく回避する蒼い鳥。だが回避されるのは想定の上だ。
「まずは、東京……っ!」
彼はトライアインをビームのシャワーで牽制しながら、一気に西北西に加速した。
目指すは、東京。大混乱の渦中にある東京へ、彼は一直線に紅い翼を疾走らせた。
「これが例の三機か。……いや、違う?」
彼女は上空からツヴァイ、ドライ、改修ドローンを見下ろした。この機体にかかっているイレギュラーな重力は、あの人型の機体に搭載されたARコンによる引力だろう。そして、あの四足獣型の機体がこちらの機体性能を分析しているという事も、彼女は知覚していた。
しかし、三機目はなんなのだ。
データにあった鳥型ではない。もっと小さい。
前作戦でも投入した、八足戦車と敵ドローンを合わせて改修した機体に似ているが、どうもそれだけではなさそうだ。
その時、別行動を取っているTSUBASAが経過を伝えてきた。
――鳥型の待ち伏せを受けたが、問題なく作戦を続行中。
ほう。鳥型はTSUBASAの動きを察知していたのか。敵にも意外と目端の利くものがいると見える。だがそれはむしろ好都合だ。
「まずは、この三機……!」
彼女は紅い翼の根元に装備された、八本のMWAを展開した。
「なんかやべえぞあれは……! 壱尉! イサオ! 気をつけろ!」
敵機を中心に、八方向へ伸びる触手のような物。
イツキはそれに何か危険なものを感じていた。
ハユはまだ後ろで鷹城からのメッセージを分析している。それさえ終われば、何か事態が変わるような予感がイツキにはあった。
「それまでもてば、の話だけどな……! くそっ」
イツキはドライを大榊機に向けた。
「おいイサオ! ディフェンスは俺がやる。オフェンスは任せるぞ!」
イツキがそう言った時、ドライのすぐそばの空間から突然ビームが発射され、その背を焼いた。