六 疑問。
ライゾウさんとトモミさんは何故残されたんだろう。
T3-2を起動しながら、ハユはその理由を考えていた。考えていないと、鷹城からの記録デバイスの事が気になってしまう。あれは適切に『処分』されてしまったのだ。
ライゾウとトモミが二人で残されたと言う事は、アインに特別任務が与えられたと見るべきだろう。そしてそれは、機密性の高い任務である事は間違いない。
情報漏洩がこれだけの問題を引き起こしている以上、任務担当者以外の全てを外しておくのは当然と言えた。
機密性が高い任務。アインの高い機動力を必要とする任務。
それが一体どういうものなのか……。
「ハユ、ぼーっとしてんな。ハッチんとこにお前の副官が来てんぞ」
イツキのイラついた声に、ハユははっとした。微かにハッチを叩く音。そして出海の声。
「ハユさん、開けてください! ハユさん!」
ハユは外部スピーカーをオンにした。
「出海さん、ハッチ開けます。下がってください!」
ハッチが開くと、出海は少し興奮した表情でコクピットに飛び込んできた。
「間に合いました! 良かった……!」
出海はそう言いながら、手に持っていた物をハユに差し出した。
「これは……!?」
「物品管理部からハユさんに届けるようにと預かってきました。昨夜分析班からの申請があったそうで……」
ハユが出海から渡されたもの。それは機密性ポリエチレン袋に入れられた、あの記録デバイスだった。
――適切に処分。
伴が言っていたのはこういう事だったのか。
ハユの心臓が高鳴る。
「筑西に急行する。各自筑西付近へ到達後、速やかにドッキングせよ。ツヴァイは待機。ドライは敵Gコンのモニターをよろしく」
大榊からの通信を聞き、出海は慌ててコクピットから出て行く。
「じゃあハユさん、任務、頑張ってください!」
ハユは出海ににっこりと笑顔を返すと、記録デバイスをお守りのように、胸のポケットに入れた。
――ここには、以前来た事がある。
彼はそう思った。
そんなはずはなかった。
記録のどこを探しても、このポイントへ足を踏み入れたことはない。それは明らかだ。
だが、ぼんやりと残っている記憶。
しかしその記憶も、彼にとっては違和感の塊であった。
彼は巨大リフトに機体を乗せ、壁のパネルを操作した。
ゆっくりと上昇を始めるリフト。
しかし、彼の記憶では、このリフトはもっと古びていて使用する事ができなかったはずだ。
遠い未来、このリフトが朽ち果ててしまった時代のような――。
急な斜面に沿って、リフトの上昇速度は加速していく。
――新しい機体は至極快調だ。今度こそ、思った通りの戦果をあげられるだろう。
彼はこれから始まる戦いへの期待に感情をシフトさせ、記憶の中の不協和音を意識から消し去った。
同日16:21。筑西、異常なし。
トライドライから送られてくるデータを確認しながら、大榊はヘリよりも大分手狭なコクピットの中をぐるっと見回した。
有人機に改造された改修型ドローンの一機が、大榊に与えられていた。チームトライの指揮官として、強化された通信ユニット、荷電粒子レーザー、そして前回の戦闘で効果が認められたLEPが搭載されている。機体そのものは同型機と変わらないが、装備では一線を画す、大榊の専用機であった。
大榊が、まだ正式名称もつけられていない、型番もないこの専用機に搭乗するのはこれが初めてだった。数日のシミュレーション訓練を行っただけだ。だがこの機体の操作性の高さは、それほど長い慣熟飛行を必要とはしなかった。
もちろん敵機と直接戦闘を行えるレベルの機体ではない。だがヘリよりははるかに、Tシリーズを援護する事ができるはずだ。
20mほど離れた所にトライドライ、さらに20m向こうにトライツヴァイ。トライアインの姿はない。
萬田空将承認のもとで別任務にあたっているのだ。大榊にその内容は知らされてはいなかったが、以前のような不信感はなかった。
チームトライのメンバーは、とりわけイサオはどう感じて、何を考えているのか――。
大榊にとっては、そちらの方が気にかかる問題であった。
アインはまだ来ない。
その事がイサオの心にわずかなわだかまりを生んでいた。
岐部首相が直々に呼び止めてまで与えた特別な任務とは何なのか。危険な任務なのではないのか。なら何故戦闘に特化させるために武装を追加したツヴァイではなく、アインなのか。
むろん、イサオもそれが納得できないと言って騒ぐような事はしない。多分、この配置が一番合理的なのだろう。もしその任務にツヴァイが向いているのなら、わざわざツヴァイを外してアインを行かせる意味がない。
それを冷静に納得できるようになったのは、筑波奪還以後ライゾウを観察し、いろいろな事を考え抜いてきたイサオの成長だろう。
でも、これじゃあ俺は倉科を支えられないじゃないか。
それは、イサオがどうしても消す事が出来ない想いだった。そしてイサオは、その想いが自分の中の小さなわだかまりの正体である事も、そしてそれに囚われていてはいけないという事も、充分にわかりきっていた。
「こういうじりじりする感じ、やっぱり好きになれないわね」
背後からセリナの声が聞こえた。
「これから何が起こるかわからないのに、ただそれを待っていなきゃいけないなんて性に合わないわ」
イサオもまったく同感だった。できる事なら今すぐにでも突入したい。何か起こるなら、さっさと起きてくれ。そんな気持ちさえ生まれてくるのだ。
「とにかく、頼りにしてるわよ、イサオくん」
イサオは振り向きもせずにうなずくと、操縦桿を握る手に力を込めた。