一 首都、惨状。
(前回のあらすじ)
地底国家ヤマトが日本に宣戦布告して5日。
正式に軍属となったチームトライのメンバーは、
奪還したばかりの筑波基地に転属する事となった。
動きを見せないヤマトに、メンバーも軍も、
そして日本全体がおぼろげな不安と困惑を覚えていた。
そんな中、宣戦布告が記録されていたデバイスから、
恐るべきヤマトの作戦が判明する。
6月13日13:00。
東京がパニックに陥っていた。道路は東京から脱出しようという車で溢れ、大渋滞を起こしていた。
あまりにも動く事の出来ない道路での移動に見切りをつけ、車を乗り捨てて鉄道を利用する者が現れると、都内の道路網は完全に麻痺した。
今、この瞬間にも地底国家からの攻撃により東京が壊滅するかも知れない――そんな恐怖が、都民達の心を支配していた。
光が丘の惨状は、まだ人々の心から拭い去られていない生々しい傷だ。それがさらに大規模になって東京を襲う――その想像は、精神の急所を一撃されるに等しかった。
「どうかしてるな。これは……」
がらんとした店内。人ごみと喧騒、怒号で満ちた屋外とは対照的だ。速水勇悟はひとつため息をついた。
何もかもがおかしかった。確かにいつ壊滅するかわからない東京にとどまる事は恐怖でしかない。とは言えこんなに浅ましく、我先に逃げようとするだろうか。そのせいで大渋滞が起き、むしろ逃げられなくなっている。
事故や暴動まで起き、死傷者すら出ていた。放置された車を撤去するための車両、けが人を救う為に出動した救急車、それらまでが渋滞に阻まれて動けないのだ。
首都の血管とも言うべき道路が、完全に梗塞を起こしていた。
ここまでの集団ヒステリーは異常だ。勇悟は少しきな臭いものを感じていた。
新聞社系列のテレビ番組は、朝から「ヤマトによる東京壊滅作戦」一色だ。光が丘の廃墟や筑西の大穴の映像を巧みに組み合わせ、それが東京中心で起きた場合にどのような被害が出るか等をおどろおどろしく流し、視聴者の危機感を煽っていた。そして、政府の対応について「何もしていない」との批判を声高に叫んでいた。
しかし。
勇悟には不自然さだけが際立って見えた。
【東京を目標とした敵の作戦】が正式に発表され、それに伴う政府見解や避難指示が出たのは今日の朝10時だ。だがその時すでにこのパニックは起きていたのだ。
早朝から繰り返し行われた報道のために。
政府が発表した詳細な分析は無視され、ただこの恐るべき事態を政府が追認したという事実のみが報道された。避難計画はすでに実行できる状況になく、報道に煽られた危機感はさらに人々をパニックへ追いやっていた。
これが誰かの意図ならば。
勇悟はその可能性に慄然とした。
ヤマトは依然、攻撃を仕掛けてきてはいない。だが、そうするまでもなく、日本は大きなダメージを与えられているではないか。
一体この国はどうなっちまうんだ。勇夫は無事に戦い抜けるのか。勇夫の覚悟の通り、人を守りきる事ができるのか。
外の群集はさらに数を増していた。クラクションの音はいつしか聞こえなくなっていた。ほとんどすべての車が乗り捨てられ、ただの障害物としてそこに存在していた。
「どうかしてるな。これは……」
勇悟は何も出来ない自分に無力感を感じながら、もう一度ため息をついた。
同時刻。
再び開かれた「対ヤマト緊急対策会議」には、実戦部隊であるチームトライのメンバーも加わっていた。
「いやー、えらい事になってもうたなぁ。どこから情報が漏れたんや」
議長の萬田直毅空将は、髪のない頭をつるりと撫でて言った。
「まぁ、それは平行して調査するとして、まずはこの事態への対処や。折原くん」
「はい。それでは現在必要と思われる対策についてご説明します。
まず第一に、これは申し上げるまでもございませんが、ヤマトによる作戦の阻止。これは最優先の上に万全を期して行う必要がございます。
そして第二。こちらも優先度がかなり高うございますが、東京における混乱の収拾。大分被害も出ておりますのでね。軍の出動も必要かと思われます。
また並行して随時情報収集。これは今回の事態そのものの情報収集に加え、先ほど空将からもございましたが、今回の情報漏洩についての捜査も含みます。
緊急に必要な対応は以上となりますが、問題はリソースの振り分けになりますね」
折原八平航空参佐がタブレットを見ながら報告した。
「それについてですが」
分析班の班長、伴和哉技術弐尉が手を上げた。
「大きな問題が一つあります。ヤマトへの出動についても、東京への出動についても、ほぼ全てがヘリコプターもしくは改修したドローンによるオペレーションとなる事です。つまり、単純に数が足りないという事です」
伴はタブレットに目を落としながら言った。
「具体的な数についてはデータを共有していますのでご確認下さい。
実際、時期をずらす事が出来れば問題はありません。事態の収拾がある程度片付き、戦力を割けるようになってから打って出るというのも手ですが……」
「それではヤマトの作戦が決行されてしまうかもしれません。一刻も早く、今からでも出撃したほうがいいと思います」
イサオが手を上げて言った。
「あ~。まぁ~、ね。そういう意見もあるでしょうね。もっともだと思います」
伴は話を遮られた事を気にする様子もなく、話を続けた。
「では、作戦阻止を優先する場合ですが、これはこれで問題があります。実際現在死傷者も出ているわけですから。のんびり進めるわけにはいかないところです。また、放置車両などの撤去なども行わなければ経済的損失もかなりのものになります。
そして第一に、万が一作戦阻止に失敗した場合、都内がこの有様では被害は天文学的なものになるでしょう」
「まぁ~そやなぁ」
萬田空将が腕組みをしてうなった。
「ほんま、やっかいやで。情報漏洩一つでここまでガタガタにされるとはなぁ」
「昨日ご説明したとおり、分析班では、一両日中に敵の作戦が決行される確率は低いと見ています。と言うのも、筑西の数倍規模という部分です。皆様おわかりだとは思いますが、直径が2倍になれば範囲面積は4倍、3倍であれば9倍というように、実際の面積は規模の2乗倍になるわけです。また、東京の地下には様々な構造物があるため、穴を空けるとなるとかなりの出力、エネルギーが必要になるでしょう。
筑西の大穴を開けた時とは比較にならないエネルギーが要るはずです。その莫大なエネルギーを得るにはまだ数週間から数ヶ月はかかるのではないかと見ているというわけです」
伴はそう言ってタブレットから目を離した。細かい根拠となる分析は、様々な仮定を持って行われ、ある程度の信頼が置ける予測である事が示されていた。
地底国家ヤマトのエネルギー生産量と消費量の推計、筑西におけるエネルギー消費量と、今作戦における必要エネルギー量の試算。
わかるもんか、とイサオは思った。もしこの計画が数年、いやもっと以前から計画されていたものだったとしたら、最初からエネルギーは確保されていたかも知れないじゃないか。
今すぐ東京が壊滅させられる状況ではないと誰が言い切れる?
「実際に筑西で穴を開け、また光が丘で地下構造物がある場所でのデータも取っているでしょうから、今作戦は必ず成功させるつもりで準備をしているでしょう。光が丘震災はそのテストだったといえるかも知れません。ただ……」
伴はその場にいる全員の顔を一通り見回して、言った。
「個人的な見解ですが、この東京壊滅作戦、ブラフである可能性も高いと思います」
一同がざわつく中、伴は腰を下ろした。