八 筑波基地着任。
翌6月12日8:00。
日本防衛警備軍朝霞分屯基地司令官、五十畑紘一郎空将補達に見守られながら、チームトライは朝霞分屯基地を出発した。
新しい赴任地である日本防衛警備軍筑波基地へ。
前夜より貨物や人員の移動は始まっており、チームトライのメンバーは最終組に入っていた。
二個中隊の異動により筑波基地へ赴任するのは、大榊中隊、そして宮司技術中隊の総勢231名。六機の【Tシリーズ】、SR16ヘリコプター16機。貨物の輸送に使われた12tトラックは延べ36台に上った。
11:25。
大榊、宮司、金富、そしてチームトライのメンバーは、筑波基地総指令である萬田直毅空将の執務室に集まっていた。
今回の大規模な異動に伴って行われた萬田総司令による全隊訓示は10時より30分の予定だったが、興の乗った総司令は45分も時間を超過し、チームトライの着任挨拶も40分遅れで行われる始末であった。
とは言え上級幹部にありがちな、ただ冗長なだけの訓示ではなく、笑いと示唆に富んだ萬田の訓示は、密かに「萬田漫談」と言われるほど隊員達からの受けが良い。
「いやぁ、つい話が長なってすまんね。気ぃついたらいつも時間超えてんねん。ほんまごめんなさい」
萬田空将は大榊達をぐるっと見回すと、ぺこっと頭を下げた。この気さくさや関西弁も、萬田空将が「防警軍きっての異端児」と呼ばれる所以である。常人であれば、責任ある立場で公式な場に出ればそれらしい口調で喋るのだが、萬田はいつでもどこでも自分のスタイルを崩さないのだ。それも部下達から広く支持されている要因の一つであった。
「で、君達が噂のチームトライか。若いなぁ~」
ハユやトモミ、イサオを眺めて目を細める。
「なんや、おっさんもおるやんけ」
ライゾウに視線を止めて言った。もちろん悪意はまるでない。無邪気な子供のような発言だ。
「空将! おっさんは言いすぎですよ! みなさんお待ちなのですから、進めましょう」
萬田付きの副官、折原八平航空参佐が萬田をたしなめると、萬田はしゅんとしてみせた。
「……すんまへん」
ハユが思わずくすっと笑う。大榊は面食らっていたが、宮司はニヤニヤと笑っていた。
「みなさんごめんなさいね。私が当筑波基地総司令の……ちゅうのはさっきの全隊訓示の時にも言うたか。ええと、彼が私の副官の、折原八平参佐や。珍しい名前やろ。八人兄弟の末っ子かと思たらな、一人っ子やねん。意味わからんやろ」
「空将! 私の事はいいですから」
調子に乗って喋りだす萬田に、慌てて折原が止めに入る。
「ごめんなさい、折原くん」
またもしゅんとしてみせる萬田。折原は大榊たちに視線を向けた。
「えー、ではね、今回当基地に配属になった各中隊長と、チームトライの方々のご挨拶をね、お願いします」
「おーそやそや。みんなも疲れとるやろしな。さっさと終わらそ。まず誰からや。君か?」
結局、彼ら全員が自己紹介を終えるまで、一時間を要した。
13:27。
自室の整理を済ませ、ライゾウは士官用の食堂で昼食をとっていた。リハビリと訓練に明け暮れる毎日だったが、考えねばならない事も山積みだった。その大半がライゾウの責任外の事であったが、考えずにはいられなかった。
日本とヤマトの戦況はどう推移してゆくのか。国内世論の動向も気になっている。また、ハユも気にしている鷹城明の真意。今後チームトライが安全に、効率的に運用されるためには。etc.etc...
鷹城の語っていた内容にも気になるところがあった。彼は「地下国家群」と言ったのだ。つまり、このような戦いが起きているのは日本だけではないことになる。他の国の戦況はどうなのか。それによっては日本にも新たな危機が訪れるのではないだろうか。
ライゾウは、食欲の湧かぬまま一つため息をついた。
「ここ、いいですか?」
ライゾウに声をかけ、同じテーブルに着いたのはイサオだった。
「あぁ、もちろん。お疲れ様」
ライゾウは顔を上げ、イサオを笑顔で迎えた。
「随分元気になりましたよね。それに、なんか前と感じが変わったって言うか……」
「あぁ、前は贅肉が多かったからね。今は訓練で身体を回復させてるから、筋肉がついたんじゃないかな。少しはマシになった?」
ライゾウはそう言って笑った。他愛もない会話。だがその裏にある努力を知っているイサオにとって、それはいくばくかの敗北感を感じさせるものだ。
「俺、一度ちゃんと話したかったんです。ライゾウさんと」
イサオはストレートに言った。それもまた、イサオの若さだ。ライゾウはまぶしげにその若さを見つめた。
「もちろん、私でよければいつでも」
ライゾウはにこやかにそう答えた。
イサオは突然、何をどう話せばいいのかわからなくなっていた。あれも知りたい、これも吸収したい、そういつも考えていたはずなのに、それをどう切り出せばいいのかわからない。
多分ライゾウはちゃんと聞いてくれるのだろう。いつでも、と言ったのも本心からであろう。しっかりと受け止めてくれる事がわかっていてすら、どう話せばいいのかわからなかった。
「最近シミュレーション訓練が伸び悩んでいる事、かな?」
黙ってしまったイサオに、ライゾウは搦め手から質問を投げかけた。多分イサオの悩みは別のところにあるのだろう。大体どういうことで悩んでいるのかもわかっていた。
イサオのように直球で聞く事ができなくなったのは大人のいやらしさなんだろうな、とライゾウは内心苦笑した。
「もちろんそれもあります。だけど、それだけじゃなくて、あの……」
「何か悩みがあって、それでシミュレーションに集中できない……?」
ライゾウはそう言って、自分の「大人のいやらしさ」に呆れていた。しかし、それでもイサオが話せる手助けになるならと割り切る事も出来る年齢だった。
イサオは黙ってうなずいた。自分が情けなかった。男らしくない。ずばっと聞きたい事が何故言えないんだ。
「うらやましいなぁ」
ライゾウの言葉にイサオが驚いて顔を上げると、ライゾウはイサオをまぶしそうに見つめていた。