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【リアルロボット系社会SF】蒼翼の獣戦機トライセイバー  作者: 硫化鉄
    第十一話  「闇への序曲」
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七 朝霞最後の夜。

 心の支えって一体何なんだろう。


 ライゾウと共にトライアインのシミュレーション訓練メニューをこなしながら、トモミはその疑問の答えを見出せずにいた。


 ライゾウの復帰以後、トモミの訓練成績は目に見えて向上していた。

 ライゾウによるサブパイロットとしてのサポートがある事ももちろん影響しているだろう。だが、ライゾウが倒れる前は一人でシミュレーションを受け、好成績を挙げていたのだ。ライゾウが倒れて精神的に不安定になっていた頃が異常だったのだろう。支えのない人間がどれほどもろいかと言う事だ。


 筑波奪還以降、イサオの様子がおかしいのもトモミにとっては大きな心配の種だった。勾留が解かれ、自由になったはずなのに、何か鬱屈したものを抱えて悩んでいるようだった。


 筑波奪還作戦の時にトライツヴァイを大破させてしまった事も原因なのだろう。だが、それだけではなさそうだった。


 ――速水君の心の支えになりたい。速水君はいつも私を助けてくれた。今度は私が支える番だ。


 トモミはそう決意していた。ライゾウが復帰した時にこみ上げてきた熱い気持ち。もっと自分を高めなければ、それをイサオに与える事は出来ないのかも知れない。


 身近にライゾウという最高の見本がいる事は、トモミにとってありがたかった。もっともっとライゾウのことを知りたい。そして、色々な事を吸収したい。

 トモミはちらっとライゾウを振り返ると、最後の標的を葬り去った。


 プログラム終了。トライアインは過去最高のスコアをたたき出していた。







 15:30。


 大榊、宮司の二人は五十畑空将補の執務室に来ていた。


「我々大榊中隊と宮司中隊は、本日付けを以って当分屯基地の任を離れ、明朝より筑波基地に赴任いたします。今まで大変お世話になりました」


 五十畑はうんうんとうなずきながら、大榊と宮司の敬礼に敬礼をもって応えた。


「両中隊とも、ここまで本当に良くやってくれた。しかし、これからが正念場だ。君達の力を充分に発揮してもらうには、朝霞は小さすぎる。所を得て、存分に活躍してくれる事を望む」


 五十畑の言葉に、大榊にも宮司にも、胸にこみ上げてくるものがあった。


 ここまで苦労の連続だったのだ。光が丘と筑西での震災が全ての始まりだった。そして地底からの侵攻。民間人であるチームトライの運用に伴い、さまざまな問題が生じた。

 その中で立案、実行された筑波奪還作戦。


 否応なしにその中心になったのがこの朝霞分屯基地である。基地司令として、五十畑の苦労は計り知れなかった。


 これからはチームトライも軍属として運用できる。敵からの宣戦布告により戦争状態となった現在、やっと戦いに集中できる環境が整ったのだ。


 ここまでの地ならしに苦労をし、いざこれからという時に一線から離れるのは、無念であるはずだ。


「我々は、引き続き空将補とご一緒できるものと思っておりましたが……」


 宮司が慎重に言葉を選んで言った。


「いやいや。それはないだろう。宮司壱尉」


 五十畑の顔に鬱屈したものは微塵もなかった。


「私はね、今回の人事は至極真っ当なものだと思っているんだよ。何故なら、私の評定や意見がほとんどそのまま取り入れられているからね」


 五十畑はにやりと笑った。


「今後総指揮を取る事になる筑波基地司令に、萬田(よろずだ)直毅(なおき)空将を推挙申し上げたのも私だ。もちろん、櫻森陸将にも相談したがね」


「なるほど」


 今度は宮司がにやりと笑った。萬田空将ならば文句はない。さすがの人選だと言える。そして、それにかこつけて櫻森陸将と連絡を取る五十畑のしたたかさが、宮司にはとても愛すべきものに見えたのだ。


「了解いたしました。我々、これからもなお一層奮励努力し、一刻も早い戦争終結を目指します」


 宮司と共に、大榊も敬礼をした。



 別れの挨拶は、終わった。






「宮司さん、転属準備の進捗はいかがです? 技術中隊は色々と大変そうですが」


 大榊の執務室はがらんとしていた。既に荷物は運び出され、空になったキャビネット類とデスクのみが残る。もともと余計なもののない殺風景な部屋だったが、今のこの状態に比べれば遥かに暖かみのある部屋だったと言えるだろう。


「まぁなぁ。技術屋は道具に拘る連中が多いからな。出来る限りここに置いて行けと言ってるんだが。どうせあっちの設備の方がいいに決まってるんだから、手回りの工具以外は置いていけばいいんだ」


 宮司はぶつくさとこぼした。そう言っている宮司からして「これだけは譲れない」という道具が10tトラック一杯分あるのだから他人のことはあまり強く言えないのだろう。


「しかしまぁ、資料関係についてはそもそも全て電子化しているからな。まぁ朝までにはまとまるだろ」


 涼しい顔の宮司。大方この後明朝まで徹夜で準備をするのだろうなぁ、と大榊は思う。


 この朝霞分屯基地に配属されて一年半。色々な事があった。たった一年半の勤務でも感慨深いものがあるのだ。朝霞での勤務期間が四年を超える宮司にとっては、片づけなければならないものも、そしてその感慨も大榊の比ではあるまい。


「こっちの準備を終わらせても、すぐまた筑波で立ち上げ作業だからなぁ。その間だけでもヤマトの連中がおとなしくしてくれてればいいんだがな」


「チームトライの運用については問題ないでしょう。こちらが仕掛けるまでは、防戦のみが任務ですからね。もちろん、何もないに越した事はありませんが」


 大榊は少しセンチメンタルになっている自分を自覚しながら、それをおくびにも出さずに言った。


「あの記録デバイスから何か有効な情報が見つかればいいんだがなぁ」


 宮司があごを撫でた。


「ハユちゃんにもあんまり根を詰めてほしくはないんだが……」


「筑波に行けば、もっと解析に有効な設備もありますからね。少しでも負担が軽くなればとは思いますが」


 二人は同時に小さくため息をついた。


「出海によく言っておくよ。明日は移動だから、ハユちゃんを早く寝かせろってな」

「よろしくお願いします」


 宮司が出て行くと、いよいよ執務室は殺風景に、うそ寒い雰囲気に包まれた。


 大榊は執務室をぐるっと見回すと、ドアを開けた。

 最後にもう一度、室内に向けて敬礼すると、大榊はくるりときびすを返して歩き去った。



 ドアの内側に、イツキがつけたかすかな蹴り跡だけが、唯一の痕跡として残った。

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