《とある占い師の言葉》――②
「まぁー、そうかもしれませんけど」
ティアラ・ティネーブルはクエストの目的地で出会った、家族を失った少女である。
当時、静かに涙を流す彼女に声をかけたことから、どうやら懐かれたらしい。最初こそ冷たくあしらっていたルーカスだったが、いかなる言葉も行動も意味をなさず、しつこくつきまとう少女をついに引き取ったのが出会って三日後。
引き取った?
語弊。無理やりついてきたので、なし崩し的に居候させることになった。これが正しい。
「これだけ一緒だと、もはや同棲ですね!」
「起きてても寝言を言うんだな」
「その発言、寝てる時の寝言を聞きに来た……つまり夜這いに来たことがあると受け取って構いませんね!?」
「なんっでだよ! ちょっと嬉しそうにしてるとこがなお意味不明だわ!」
なぜか目を輝かせているティアラを一蹴。
「ともかくだ。どんな結末になるにせよ、行動に移さず泣くのだけは性に合わん。やって失敗したなら反省すればいいが、やらずに失敗したら後悔しかない。協力してくれるな?」
「それはもちろんですが……ギルド内部からの犯行って話、どこまで盲信できます? もしかしたら、占い師の読み違いで、ギルド外部からの犯行だってありえるのでは、と」
「そうなるともう、考えるだけ無駄だ。候補が絞れないし、外部犯なら事故となんら変わらん。備えはするが未然に防ぐ防がないの領域を越えるし、俺としては犯人が身内じゃなければそれでいい」
人間、生きていればいつ死ぬかわからない。
これは人間だけに当てはまらず、どんな生物だってそうだ。人間が利己的に家畜の生殺与奪を我が物顔でコントロールする。道端の虫けらを思いがけず踏み殺す。生きるため、他の生き物の肉を食らう。
最低限の自衛はする。
襲いかかられたから、無抵抗で殺されるなんてつもりもない。
が、想定できる範囲を越えて来ては対処のしようもない。ギルド内部からが本当ならば、小規模ゆえに数人に注意を割くだけで事足りる。
せめて自分の手の届く範囲の世界は、自分の手で守る。それはルーカスが生きる上でのモットーだ。
「身内じゃなくても、ルカ先輩が殺されるのは、わたしは嫌ですけどね」
「俺だって死にたかねぇよ。とっとと解決して平穏に暮らしてぇ」
「それって、わたしと老後を共にするって発言と捉えてよろしいですか?」
「よろしかねぇよ! 前向きかよ!」
お互い生涯独り身で、未来永劫このギルドに所属しているなら当たらずとも遠からずな未来かもしれないが。
いや、ないわ、うん。ほぼ娘みたいなものなのに。年齢差的には妹か? いやどちらにしても身内に手を出す気なんてさらさらないわけで。雑念を振り払う。
「そういえば先輩、さっき占い師のことを女の子って言ってましたよね? 浮気ですか?」
「この話の流れでなんで浮気になるんだよ……いや、ってか仮に浮気だとして彼女なしの俺が浮気してることになるか!? 待て、言ってることわからなくなってきたぞ」
「もうちょっと頭の中で整理してから話してください」
「誰のせいだ誰の……多分、ティアと同じくらいの年代の子だろうな。フードで顔が半分は隠れてたから判別つかないが、声色と体格、ほんの少しだけ露出してた肌の質感的に」
「うわ、肌の質感て。先輩、ナチュラルに気持ち悪いので視姦するならわたしだけにしておきましょう? ね? 通報しますよ?」
「うん、ごめん今のは俺が悪かったな!?」
深い意味はないが失言だった。
ジトッと責めるような眼差しのティアに素直に謝る。
「でも、わたしと同じくらいってなるとアカデミアの高等部くらいじゃないです? いたずらかなんかじゃないですかねー」
「ま、そうかもなぁ」
惰性で続く会話。
それを一旦区切るかのように、飲み切る前に冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、ルーカスは立ち上がった。
「なんにせよ、これ以上は考えてても埒が明かん。夜までクエストでも行くとするか」
「そですねー。外出してる方が、有力な情報や兆しも見えてくるかもですし」
「ユンさんに、今月もしっかりしたご飯を食べたければちゃんと稼いでくださいねって脅されたしな。今日、アカデミアの夕方は予定なしか?」
「ですです。午前の授業だけで、今日はおしまいなんで。自主的に残ってる人もいますけどね。ほら、わたし優秀ですから。自習とか不要ですし」
「それを当たり前のように言える実力が備わってるから、なんも言えねぇ」
未成年の多くはどこかしらのアカデミアに所属し、一般教養から専門知識、魔術や戦闘技術を磨いているのが一般的である。
その多くは都市に1つ以上設立されているが、小さな村でも分校が開設され国の援助の元、僅かな利用料で授業を受けられる仕組みになっている。
王都アトランティカには大都市でありながら1つしかアカデミアが存在していないが、その代わりに王都全域の未成年全てを受け入れるだけの規模を誇る。
全世界で見ても最大級のアカデミアで管理も大変と聞くが、外敵からの防衛箇所を絞る為に実施された制作らしい。さらには多くの実力者を排出していることから、わざわざ遠方より引っ越してきて通う人もいるくらい、話題性も全世界トップクラスである。
そんな有名アカデミア――アトラス学園で勉学に励むのは、すでに実力が認められているティアラと言えど例外ではない。
高等部2期生としては過剰すぎる実力に加え、すでに現地で活躍している実績を鑑みてある程度の自主休講なども許容されるが、基本的には他生徒と一緒に机を並べて学び舎で時間を過ごしている。
親代わりのルーカスとしては鼻高々だが、マスターとしてのルーカスからしてみれば自分よりも強い彼女に複雑な感情を抱かずにはいられない。
「準備あるだろ? 俺も着替えたいし、準備したら談話室で待ってるわ」
「えー、一緒に着替えましょうよー」
「その提案は意味不明だ。ほら、はよ出ろバカ」
謎の不満を漏らすティアラを追い出し、手早く着替えはじめる。
動きやすい服装で身を包んだルーカスは、部屋の隅に立て掛けた黒刀に手をかけた。
通称【カタナ】。これががルーカスの主力武器。
メンテナンスのため鞘から抜くと、身の丈ほどの真っ黒い刀身が現れる。
磨き抜かれた刃に、指紋ひとつついていない。刃は鏡のように反射し、ルーカスの顔が映り込む。一部では芸術品として扱われるほどの人気を誇るカタナは、市場にも出回っている。高価だが、誰でも入手は可能だ。
ただし、この黒刀はルーカスのオーダーメイド。各自の装備品においては、妥協せず一番いいものを頼むようにしている。
刀に異常がないことを確認し、すぐに専用のベルトを利用して帯刀した。
黒を基調にしたジャケットにロングカーゴパンツ。機能性と機動性を重視し、闇に紛れる色で音もなく敵を討つ。それがメモワールのギルドマスター、ルミエ・ルーカスの得意な戦術だ。
部屋から出て1階の談話室に向かう。木製の階段をトントンと刻みよく降りると、目の前に外との出入り口のある開けたスペースに出る。
そこから談話室や応接室など、主にギルド運営を目的とする部屋に繋がる扉がある。談話室には隣接した空間に調理場もあり、食事をしたり数人で遊んだりと、多様な用途で利用する空間となっている。
入室すると、談話室のソファに腰掛け、本を読んでいた女性がルーカスに気づいて顔を上げた。
「あら、ルカくん。出かけるの?」
「ユンさん。ティアと一緒にクエストに行こうと思って」
ユン・ユユン。
精霊族の女性で、メモワールの受付や給仕係など、管理全般を担ってくれている存在。
腰まであるブロンドの長髪は、先端付近がグリーンのグラデーションで彩られている。
以前、本人に聞いたところ、強すぎる魔力の影響だと教えてくれた。エルフ以外の種族では見られない現象らしい。
ユンは母親のような柔和な笑みを浮かべる。
「帰りは遅くなるのかしら?」
「どうだろ。クエストの内容次第だけど、さくっとこなせる程度のものにしたい」
「夕飯の支度があるから、もし遅くなったらこの……すみゃあとオーブ? だったかしら。これで連絡してね」
「スマートオーブな、ユンさん。魔力通信が使える人からしたらあまり必要ないかもしれないけど、俺達みたいな非魔法族には必須アイテムなんだぞ」
「不思議よねぇ……どうしてこんなもので、遠くにいる人とも会話出来るのかしら」
「大気中の魔素と、使用者の魔素を結び合わせてどうのとか……詳しいことは俺にもわからんけど。魔法の一種みたいだし、ユンさんの専門分野だと思うんだけどなぁ」
「精霊族ってあまり、道具とか使わないのよねぇ。自前の魔力でどうにかなっちゃうし」
手のひらサイズの小さなオーブを弄びながら、ユンは首をかしげる。
「これって、動画とかも観られるんでしょう? メッタメタ動画、だったかしら。有名よね?」
「ニッヤニヤ動画な!? なにその物騒な動画サイト!」
「あら、違うの……観てみたかったのに」
「やだこのお姉さん、ナチュラルバイオレンス!」
面白い動画、楽しい動画を投稿して、みんなでニヤニヤしようぜ! ってコンセプトの動画配信サービスが一転、終末感の溢れる恐怖のサイトに早変わりしていた。
脳内変換が恐ろしい女性である。