《とある占い師の言葉》――①
「――――という、夢を見たんだ」
「……はぁ。どうしてそんな鮮明に覚えてるんですか、ルカ先輩? そもそもなんですか、その荒唐無稽な夢は。先輩はどこ目線で見てたんですかそれ」
「夢なんてものは、往々にして荒唐無稽なもんだろ。俺はあれだ、たぶん神さまかなんかだ。人間の愚かさを嘆いていたんだ」
とある小規模ギルド、【メモワール】の昼下がり。
王都【アトランティカ】の中心街から外れ、相対的に寂れた一角にひっそりと佇むギルドハウスは、大手ギルドと比べると圧倒的に小さい。一軒家と呼ぶには大きいが、ギルドと呼ぶには違和感が生じるほどの中途半端な規模。
念の為、部屋数に余裕は持たせてある。もしかしたら、一気にぶわーっとメンバーが増えるかもしれないから。増えるかもしれないから!
などと日頃から主張を繰り返しているメモワールのギルドマスターを務める男、ルミエ・ルーカスは、神妙な面持ちで昨夜見た壮大な夢の内容を語って聞かせた。
「なーんか不思議なくらい、はっきり覚えてるから気になったんだよ」
「確かに、創作かな? って思っちゃうくらいにはやたら凝った描写でしたけどー。夢占いでもしときます? ……わ。苦難あり、周囲に影響を及ぼす。ですって。先輩、ひっそり暮らしてもらっていいですか? ルカ先輩と一緒ならどんな苦難でも乗り越える覚悟はしていますけど、出来れば落ち着いた暮らしを所望します」
うんざりしたような、ちょっぴり頭を心配しているような表情の聞き手は、ティアラ・ティネーブル。
白銀のセミロングに真紅の双眸が神秘的な雰囲気を醸し出している人間族の少女は、さながら妖精族のような繊細な見目をしていた。
しかしこれで、外見に不釣り合いなほど高い戦闘力を有しているので、人は見かけによらぬもの。
所属ギルドの規模などお構いなしに、国内外問わず名前が知られている少女であり、よく大手ギルドからの引き抜きの話も持ちかけられているらしいが……ティアラが抜けるとメモワールは存続が危ぶまれるのでいつも泣きついている。
「なに、俺に孤独死しろと?」
「いやいやー、そんなこと言ってないじゃないですかぁ。心配しなくとも、わたしだけはずっと先輩の傍にいますよ? あ、今の好感度ポイント高いですよねお給料アップお願いします!」
そんな彼女とはギルド創設後に間もなく邂逅し、もう二年ほどの付き合いになる。
当時はまだギルドとして活動していなかったため、マスターとメンバーという関係性はなく、ティアラは年上であるルーカスを先輩と呼び親しんでいる。
……親しんでいるよな? 親愛の表現だよな? おもむろに心配になる対応をされている気はするのだが、杞憂だと言い聞かせる。好意なのか打算なのか、彼女の態度は読みづらい。年頃の女の子、わかんない!
「さて」
改めて切り出す。ルーカスの自室はギルドハウス内、角部屋の一等地にある。小さな丸テーブルを挟んで、二人は対面していた。
ティアラの淹れたコーヒーの暖かな香りが鼻孔をくすぐり、優雅な午後が緩やかに流れていく。
自室に可愛い女の子と二人きりだって? 許さない。全国の非モテな男子に謝れ! なんて羨ましい状況において、ルーカスは一切の恋愛的感情をシャットアウトして対応している。
ティアラは年下。ティアラは家族。ティアラは妹。
それ以上でも以下でもなく、いかなる場合においても決して、その手伸ばすべからず。天にまします我らの主に誓って、間違いなどあってはならぬ。
オーケー自分? 理解はできている。不意に触れた肌がやわらかい! 女の子! なんて思ってない。天にまします我らの主に誓って。
己の中の男を強い意志をもって自制し、神妙な面持ちで話を続ける。
「この夢なんだけど、見たのは三日前なんだ」
「そうなんですねー。え、なんでわざわざ日をおいてそんな話を……しかも女の子を自室に呼び出すだなんてどんなご身分ですか? 襲いますか? なら明るいと恥ずかしいので夜にしてください!」
「いや、襲わねぇよ!? 近い近い顔を近づけるな!」
ああ、主よ。
上目遣いで距離を詰めてくる美少女に煩悩を抱かずにいられようか?
さらば、主よ。理性よ。
煩悩に身を任せかけた時、しかし。
さっとティアラは身を引いた。それを受けて我に返ったルーカスは、軽く咳払いして場を取り繕う。
「……こほん。ともかく、本来ならただの夢で終わらせるところだが、昨日のことだ。街を歩いていたら、占い師に気になる言葉をかけられてだな……」
「また怪しい登場人物が増えましたね……まぁいいです、とりあえず聞いてからにします。続けてください」
「これはティアだけを呼んで、こうしてひと目のつかない場所で話している理由にも繋がるんだが……」
より一層、声を潜める。
ティアラが対面から身を乗り出して、再度、距離を詰める。
「どうやら、ギルド内部に俺の命を狙っているメンバーがいるらしい……」
「……………………はぃ?」
突拍子のない言葉に、きょとんと両目を丸めて固めてティアラが返す。
無理もない。一般的に、ギルドと言われたらほぼ家族同様の存在。本物の身内のようで、血縁関係こそないけれど、そこに繋がれた絆は確かなものだ。
喜怒哀楽全てを分かち合い、誰かが不祥事を起こせば全員で責任を負う。
助け、助けられ、苦楽を共にする無二の仲間。
それが、あろうことかギルドマスターの命を狙っている?
いやいやいや、大規模ギルドならば、想像できなくもない。
マスターの座を狙ったサブマスターの私利私欲による陰謀だったり、他ギルドから送られたスパイによるメンバーの暗殺だったり、凄惨な事件は過去に例がある。そのため、ギルド運営にはギルド条約が適応され、数々の法律と罰則が定められている。
その点において、メモワールは小規模ギルド。
ギルド等級も先日、ようやくブロンズからシルバーへとランクアップしたばかりの下級ギルドだ。そんな内争が勃発するほど、有名でも大規模でもない。
「寝言って、起きてても言うもんなんですねぇ……」
「なーにしみじみ納得してんだよ! マジもマジの大本気だっつの。いいか? 俺たちの規模でシルバーの評価を得ただけでも、実は大躍進なんだぞ? そうなるとマスターたる俺の命を狙う者だって……」
「や、いないでしょー。そもそも、大半はわたしに対する評価ですよそれ」
「ぐうの音も出ない反論やめてもらえます!? いつの間にか女性最強の1人なんて呼ばれてるティアラ・ティネーブル様のおかげなのは、こちらとしても重々承知の上ですけれどもね!?」
明らかに相手をされていない反面、ルーカスは大真面目だった。夢の内容がリアルで現実感が強く、奇妙に思っていたところに占い師の言葉。
客観的に捉えれば、確かに自分の言葉をまともに相手しようとは思うまい。荒手の宗教でも、もう少し具体的な実例を上げてくる。
しかし、だ。
これに関しては、感覚。言葉で表現できない、奇妙な現実味と焦燥感。理由なんてものはなく、ただの勘。
不安が内心で渦巻く。自分が殺される、という事実以上に『凶行に及ぶ家族がいる可能性』を絶対に信じたくない。否、信じていない。だがその反面、不安が消えないでいるがゆえに、こうして恥を忍んで相談しているというのにこの娘ときたら!
「先輩がものすごーく真面目に言ってるので、妄想話に付き合うとして……たった5人しかいない小規模ギルドで、謀反を企ててる人がいるなんてありえます? よほどルカ先輩がアンポンタンでもない限り、即バレますよ」
「俺にマスターを押し付けて雲隠れした元ギルドマスター合わせれば、6人な。まぁあのおっさんはないとしても……小規模だからこそ、だ。他にもっと安定しているギルドなんていくつもあるのに、わざわざうちに所属するメリットなんてないだろ?」
「確かに! あ、でもわたしにはメリットありますよ? だって、ルカ先輩の傍にいられるじゃないですかー?」
「ああそうか、嬉しい嬉しい。人をアンポンタン扱いしない子だったらなおよかった。ともかく、占い師の女の子を信じるならどのタイミングで刺客が襲いかかってきてもおかしくないからな……こうして、人目を避けて打ち明けたってわけだ。ただ……」
「ただ?」
言葉を区切るルーカス。
信頼関係にあるはずの家族。
占い師にそのつもりはないのだろうが、遠回しに家族をバカにされたような状況。
「俺としては、占い師の戯言だってことを証明したい」
それはルーカスにとって、ただ戯言だと切って捨てることの出来ない妄言。
どことなく、悲痛な面影で。
ざわつく胸中が、占い師の言葉が、全部ただの杞憂であれと。
ルーカスの気持ちを汲み取ったティアラは、小さなため息をひとつ。
「なるほど。動機と目的は把握しました。けれどいいんですかー? もしかしたら、その刺客ってのがわたしかも、しれないんですよ……?」
ギラリ、と灼眼を細めていたずらに微笑む。
もしも、刺客が自分だったらと。この話を打ち明けること自体、危険な行為ではないかと。
冗談めかして、警告。
だがルーカスは意に介することなく、あっけらかんと言い放った。
「お前はないな」
「えー。どうしてそう思うんですかー?」
「お前はメモワール創設時から一緒だっただろ? 俺を殺すつもりなら、もう何度もチャンスはあったはずだから除外だ。暗殺に2年もかける無能ならともかく、ことティアに関してはありえんだろ」
当時、メモワールを立ち上げたのはルーカスではない。彼が世話になっていた1人の男性だった。
その目的は、現在マスターを務めるルーカスも知らない。何も聞かされず、ただギルドの責務を押し付け、名前すら決めぬまま男は失踪したからだ。
残されたルーカスはあてもなく、ギルドハウスを一人で切り盛りしながらクエストを達成して報酬を得て生活していた。彼1人分の生活であれば、難易度の高いクエストを背伸びして受ける必要もなく。節制を心がけ、裕福でないもののそれなりに満足した生活を送っていたところに。
今、眼前にいる少女が参入したのである。