ギルド長のテスト
冒険者ギルドに入ると、ダリウスはギルド長の部屋に僕を案内した。
「あなたがダリウスたちを助けてくれた魔術師ね」
ギルド長は女性だった。ニコニコと人の良い笑顔を浮かべている。
「どうぞ、おかけになって」
高価そうな木造のソファーだ。背もたれと座布団はふかふかの羽毛だ。
「ありがとうございます」
松葉杖を突きながら、椅子に座る。
「セリムさん、気を付けて」
座る途中、ダリウスが手を握って補佐してくれた。僕はありがとうと言って腰掛けた。
「何か飲む? 水くらいならすぐに用意できるわよ」
「結構。それよりも、要件を言ってください」
ふぅっと大きくため息を吐く。夕方くらいになると眠くて仕方ない。
「あなた、不思議な力を持っているようね」
ギルド長は品定めするように目を細める。
「病弱ですけどね」
「それは今は関係ないわ」
ギルド長の目は鋭い。
千里眼を発動して、何を考えているのか読み取る。
「ビルマ。年齢は28歳。18歳でギルドの受付嬢になる。それから下積みを重ねて、去年、ギルド長になった。性格は野心的で、男性からも女性からも嫌われている、と感じている。友人は居ない」
ビルマの表情が硬くなる。
「私の経歴を読み取った。なるほど、嘘つきって訳じゃないわね」
ビルマは足を組んでため息を吐く。
「あなたの千里眼はどれくらいのものなの?」
「どれくらいとは?」
「ダリーとプリマがどこに居るのか、すぐに分かった。そこに行く安全なルートも分かった。相手の考えを読み取ることもできる。他に何ができるの?」
「知らないね。僕でも把握しきれていない」
ビルマは目を細めたまま、微動だにしない。
「まぁ、良いわ。それだけでも十分強いから」
ビルマの唇が意地悪く歪む。
「レッドドラゴンって知ってる?」
話がいきなり変わる。
「知らないね」
「別名ヒドラ。体表が赤く、炎を吐き出す龍。龍族でもかなりの上位種よ」
「それは凄い。で?」
「王都から二百キロ離れた山奥に巣を作ったらしいの。目撃情報がある」
「それは怖いな」
「山周辺の家畜に被害が出てる。調査したところ、レッドドラゴンの親子が、家畜を襲ったみたいなの」
「それは大変だな」
「随分と他人行儀ね? 近隣の村が襲われるかもしれないのに」
「それは気の毒に思う。だからこそ、僕に何をして欲しいんだ」
「顔は可愛いし綺麗なのに、性格は生意気ね」
「自覚してます」
お互いにため息を吐く。
ビルマは考えるように目を伏せる。
「ヒドラの巣を破壊する必要がある。でもその道中は過酷。安全なルートを教えて」
「それだけでいいの?」
「ヒドラの弱点も教えて。喉でも翼でも良い。簡単に勝てる方法を」
「やってみるよ」
目を閉じて、千里眼を発動する。
「三キロ離れたダンジョンはヒドラの巣がある山奥に続いている」
「三キロ離れた? あそこは調査されつくした小さいダンジョンよ? 山奥に続いているなんて考えられない」
「複数のトラップを起動させることで新しい通路が開かれる」
スラスラと地図と通路の開け方を描く。
「この通りに進めば大丈夫だ」
ビルマは地図を訝しむように睨む。
「ヒドラの弱点は?」
「奴らは寒さに弱い。氷魔法で冷やせば逃げていく」
「いぜん氷魔法で攻撃したら、ヒドラは怒り狂って突進してきたわよ」
「気温を下げればいい。攻撃すると、ヒドラの頭に血が上って暴れだす。巣作りに不適切な場所だって思ったら、勝手に旅立つさ」
紙に殴り書きでヒドラの対処法を記す。
ビルマは凛々しい瞳で地図と紙を交互に見る。
「試してみる価値はあるかもしれないわね」
ビルマは銀貨を一枚、テーブルに置く。
「もしも本当にヒドラを撃退できたなら、金貨十枚あげるわ」
「太っ腹ですね」
僕は銀貨を一枚ポケットに入れて、外へ出た。
「さてさて。どうなるかな」
結果はいつ出るのか? 出た結果は彼女たちを満足させるだけの答えになるか。
「まあいいか」
とにかく疲れたので宿屋に戻る。
「お兄ちゃん! お帰り」
部屋に戻るとリリスがベッドの上で寝転んでいた。彼女は僕を見ると、ぴょんと跳ねて、体に抱き着く。
「良い子で待ってたか?」
「うん!」
リリスはクンクンと鼻を鳴らす。
「お兄ちゃん、ちょっと臭い」
妹の言葉はナイフのように胸に突き刺さる!
「待ってて! すぐに体洗ってあげるから」
リリスは部屋を飛び出すと、水いっぱいのタライとタオルを持ってきた。
「お兄ちゃん、お洋服脱いで、体拭いてあげる」
「そんなことしなくても自分でやれるから良いよ」
「ダメ! お兄ちゃん体弱いんだから! 無理しちゃダメなの!」
リリスの熱意に押されて体を拭いてもらう。
「お兄ちゃんの髪、とっても綺麗」
リリスは僕の長い髪を洗いながら楽しそうに笑う。
「ありがとう」
長い髪は唯一の自慢だ。両親もリリスも褒めてくれる。
「お兄ちゃん。私が居るからね」
髪を洗い終わると、リリスはギュッと抱き着く。
「お兄ちゃんは心配しなくていいよ。私が頑張るから」
リリスは突然、グスグス泣き始める。
病弱な僕を心配しての涙だ。
「僕は大丈夫だ。だから心配しないで」
僕はリリスが泣き止むのを待つしかなかった。