探し屋の始まり
千里眼を商売に活用するにはどうするか?
答えは簡単、忘れ物や捜し物を見つける探し屋を営めばいい。
「とはいえ……すぐにお客さんが集まるわけでも無い」
冒険者ギルドの前で、探し屋の看板を持って数時間、誰も声をかけてこない。
「姉ちゃん、俺たちと一緒に遊ばねえか」
たまに声をかけてくるのは、僕を女と勘違いして鼻を伸ばす男だけ。
「僕は男。残念だったね」
そうやって追い返すのが決まりだ。
「やっぱり胡散臭いか」
もしも僕が探し屋なんて店を見かけたら、簡単には信用しない。
変な目で見られてもしょうがないか。
「探し屋ってなんだ?」
グダグダしていると、男の冒険者が声をかけてきた。
「あなたの探し物がどこにあるのか助言します」
「嘘臭いな」
もっともな意見だ。しかし男は切羽詰まっているのか、僕の前に座る。
「もしもお前の言うことが嘘だったらどうする?」
「お金は返すよ」
男は迷いながらも口を開く。
「ダンジョンで仲間がはぐれちまった。どこに居るのか分かるか?」
大切な仲間なのだろう。なんでもいいから手掛かりが欲しいんだ。
「仲間の名前と性別は?」
「ダリーとプリマだ。ダリーは男でプリマは女。お互い付き合っている」
「分かった」
目を瞑り、ダリーとプリマがどこに居るのか千里眼で調べる。
頭の中に浮かんだのは、地底湖で身を寄せ合う二人だった。
「ダンジョンの地底湖に居る」
「ダンジョンの地底湖? そんなものあるのか?」
男は疑心暗鬼たっぷりな目をする。
「ちょっと待ってね」
地底湖の位置とそこに行くためのルートを千里眼で見つける。
それだけを調べたつもりだった。
ところがさらに、男の名前、経歴などすべてが頭の中に流れ込んだ。
「あなたの名前はダリウス。冒険者歴は10年のベテラン。冒険者ギルドの準職員。特技は回復魔術。杖術も使えるから前衛もある程度こなせる」
ダリウスの表情が驚愕に染まる。
「お前……どっかであったことあるのか?」
僕はその質問に答えない。
なぜなら、今も膨大な情報が濁流のように頭に入り込んでいるから。
「ダンジョンの落とし穴に引っかかったんだね」
「そうだ! なぜ分かる!」
ダリウスは恐ろしい怪物を見るような目で僕を見る。
「落とし穴に引っかかった場所はダンジョン一階。二人は始めたばかりの初心者だったから、見え見えの罠に引っかかった」
「そうだ! そうだ!」
「この冒険の目的は新人の育成。あなたはギルド長の命令で二人のお守りをすることになった」
「なぜだ! なぜそこまで分かるんだ!」
「二人とも良い子だ。歳は十代。あなたは二人が危険な目にあったことに責任を感じている。だから僕を頼った」
目を開けると、ダリウスは震えていた。
「お前は……聖人様か? だから神の御業を使えるのか?」
「ただの病人さ」
サラサラと地底湖までの地図を書く。
「ここから五十キロ先の海辺にダンジョンがある。そこから二人を救出できる」
「海辺のダンジョン? まさかあの死の洞窟か!」
ダリウスの言葉に頷く。
「死の洞窟は海洋生物の魔物の巣だ。水中に引き込まれたら聖人クラスでも勝てない」
「そうだ! だから死の洞窟は立ち入り禁止クラスの危険ダンジョンに指定されている!」
「この地図の通りに移動すれば、奴らと出会わないで済む」
書き終えた地図をダリウスに渡す。
「お前……とんでもなく絵が上手いな」
ダリウスは地図を見ると、突拍子もないことを言う。
試しに見てみると、確かに、自分が描いたとは思えないほど精巧な地図だった。
「二人は三日後に死ぬ。地底湖から脱出を試みるからだ。その時海洋生物の魔物に、水中に引きずり込まれて食い殺される。急いだほうがいい」
「わ、分かった!」
ダリウスは財布を丸ごと渡すと、冒険者ギルドの中に飛び込んだ。
「……なんだ今のは?」
千里眼を使い終わると、めまいでクラリとする。自分が何を言ったのか、記憶が定かではない。
『神理を見た。だから疲れた』
頭の中で悪魔の声が響く。
「神理?」
『神の理だ。人はそれを運命と言う』
「運命?」
『千里眼は未来や運命すらも見通せる』
背筋に冷たい物が走る。
『俺の目は神の目だ。見通せないものは無い』
悪魔は自慢げに笑う。
僕はもしかすると、とんでもない力を身に着けてしまったのかもしれない
それから数時間後、冒険者ギルドの前で座っていると、ダリウスが帰ってきた。ダリーとプリマも一緒だ。
「あなたのおかげで助かったよ」
ダリウスは恭しく、尊敬に満ちた手つきで、僕に握手する。
「助かって良かったよ」
ダリーとプリマに微笑む。
「「ありがとう……ありがとう!」」
二人ともワンワン泣いた。
「あなたの名前を聞かせてくれ」
「セリムだ」
ダリウスの質問に答える。
「セリムさん。あなたはまるで神様だ」
ダリウスはたくさんの涙とともに跪いた。