千里眼
王都に来てから三日が経った。
今日も今日とて仕事を探す。
「働きたい?」
小汚い安酒屋の店主に睨まれる。
店主の目線が全身を舐め回すように動く。
嫌悪感が走るが、無理やり笑顔になる。
「料理や掃除には自信がある」
「でもお前さん、病弱なんだろ」
店主は松葉杖に目を移す。
痛いところを突かれて口ごもる。
「だが、良いぜ」
店主は嫌らしく唇を舐める。
「そうか。ありがとう」
唾の一つでも吐き掛けたいが、贅沢は言わない。
「俺の女になるならって条件だが」
店主は嫌らしい手つきで、僕の頬を撫でた。
「僕は男だ。それでも良いのか?」
ブチッと切れるが、無理やり笑顔を作る。
「男だと!」
店主は驚いて固まる。
「……男でもお前なら良いか」
しかし! こいつは変態だった!
「いい加減にしろ!」
松葉杖を放り投げて、店主の腕を捻り上げる!
「いででででででで!」
両親に習った護身術だ。病弱だが、男の腕をへし折るなど造作もない。
「次に舐めた口開いてみろ! 腕の骨をへし折るぞ!」
「分かった! 許してくれ!」
店主は見っともなく、顔を涙でぐしゃぐしゃにした。
僕は、ふん! と鼻を鳴らして、松葉杖を拾うと、店を出た。
「ごほ! ごほ!」
店を出ると疲労感と息苦しさでせき込む。
「無茶をしたな……」
僕は病弱だ。体力がない。戦うとすぐにばててしまう。
「一人だから良かったけど、二人だったらヤバかったな」
ため息を吐く。
暴漢の一人くらいなら難なく倒せるが、二人以上になると一気に勝てなくなる。
一人倒しても、それで体力を使い果たし、二人目にボコボコにされる。
「しっかし、どうして僕を女と間違えるんだか」
疲れ切った身体を引きずりながら、ここに来てからのことを思い返す。
なぜか皆、僕が女だと勘違いする。
「やっぱり髪のせいかな?」
休憩するため噴水の傍に座り、水面に映る自分の姿を見る。
真っ白く長い髪。透き通るほど白い肌。金目と銀目のオッドアイ。低い身長。
男らしくはない。
「でも僕の顔を見れば男だと分かると思うんだけどな?」
首をひねる。
「それに、誰も彼も、僕が男だって言っても迫ってくるし」
王都は変態しか居ないのか? 分からない。
「まぁいいや。帰ろう」
少し体力が戻ったので立ち上がる。
今日も仕事は見つからなかった。
「もうちょっと体が強ければ良かったんだけどなぁ」
皆、体力が無いから働けないと言う。
そんなことないと言いたいが、否定できない。
「皿洗いの一つさえ見つけられないなんて、情けないな」
やれやれと肩を落として宿屋に戻る。
「そろそろお金が尽きてきた」
途方に暮れてもお金は降ってこない。
あと一週間以内に探さないと、路頭に迷う。
「お帰り」
宿屋に戻ると女将さんが笑顔で迎えてくれた。
「戻りました。リリスはどうですか?」
「子供たちと一緒に遊んでるわ」
それを聞いて安心した。
「あの、お金のことで相談がありまして」
言い出しづらい。
「一か月は宿代を取らない。約束は守るわ」
「ついでに僕も働かせてくれませんか?」
媚びるような目で見る。
「残念だけどそれは無理。私はリリスちゃんに同情したから、お金を取らないだけ」
女将さんは商売人の顔になる。
やっぱり変わらないか。
「最悪、リリスを引き取ってくれませんか?」
「リリスちゃんなら良いわよ。ただし、今度は使用人。今までのように優しくできないわよ」
目が鋭い。
金にうるさい商売人の目だ。
「分かりました。万が一のことがあったらリリスをよろしくお願いします」
「分かったわ」
女将さんは冷たい顔で頷いた。
「それだけ美しいのだから男娼にでもなれば良いのに」
階段を上がる途中で女将さんが言った。
「僕みたいな男が男娼? 誰も買ってくれないって」
「そういう態度が嫌なのよね」
女将さんは苦々しく立ち去った。
「あのばばあ、なんで不機嫌なんだ?」
よく分からない態度にイライラしながら、部屋に戻った。
「どうしようかな……」
宿で一番安い部屋のベッドに寝転ぶ。
「これからどうするかな……」
暗い未来に頭が痛い。
やることが無いので、実家から持ってきた書物を読む。
親父は錬金術師、母さんは魔術師だった。だからそれに関係する書物はたくさんある。
しかし、どれもこれも専門知識が必要で、あまり理解できない。
「金稼ぎのヒントになるかと持ってきたんだけどなぁ……」
ため息を吐く。
親父たちが死んでから、ため息を吐く回数が極端に増えた。
「日記に何か書いてないかな」
ふと、親父と母さんが書いていた日記を思い出す。
何かヒントがあるかも。
試しに親父の日記を読んでみる。
そこには、我が子の成長を喜ぶ父親の姿が記されていた。
「親父はリリスに甘々だったからな」
今度は母さんの日記に目を通す。
「今度は僕のことばっかり」
楽しかった日々を思い出すと涙が出る。
二人は、僕とリリスを大事にしてくれた。病弱な僕を邪険に扱わなかった。
他の家なら追い出されていただろう。
「千里眼?」
時間を忘れるために読み進めていくと、気になるページがあった。
それは、僕が出産する時の話だった。
「僕が死産?」
内容を読むに、どうも僕は死んだ状態で生まれたようだ。
なら何で僕は生きているんだ?
『悪魔と契約し、セリムを生き返らせた。その代償に、セリムの瞳は千里眼という悪魔の目になってしまった』
そのページは、僕に対する懺悔で埋め尽くされていた。
どうやら親父と母さんは、その昔、悪魔と契約して、死産した僕を生き返らせたらしい。
悪魔はその代わりとして、僕の目を奪った。
「奪ったって……僕の目はここにある」
両手で目を押さえる。
確かにここにある。
「悪魔ね。もしもいるなら、何を持って行ったのか聞きたいな」
瞬間、景色が一変する。
僕は暗黒の世界に立っていた。
「え?」
何が起きたのか理解できない。
瞼を開けると、部屋の景色が見える。
「気のせいか」
再び目を瞑る。
僕は暗黒の世界に立っていた。