両親の死
「お兄ちゃん、起きて」
庭の木陰で昼寝していると、九歳の妹のリリスに起こされる。
「ご飯の時間か」
ググッと背骨を伸ばして起きる。
「お客さんが来てるよ」
「お客さん?」
家を見てみると、玄関に一人の騎士が立っていた。
「どうしました」
こんな山奥に、騎士が何の用だろ? そう思って、松葉杖を突きながら近寄る。
「ご両親が亡くなりました」
騎士は沈痛な表情で言った。
顔から血の気が引く。
「親父たちがなぜ?」
「王都で発生した地震と火災です。それに巻き込まれたようで」
「そう言えば、今朝方に大きな地震があった」
あの時は大したことないと思っていたが……。
「これが……ご両親の遺品です」
両親がつけていたペンダントを受け取る。
「ご両親はとても勇敢な方です。私を守るために……」
騎士は深々と頭を下げる。
涙がぽつぽつ地面に落ちる。
「謝らないでいい。誰も悪くないから」
玄関の戸を開ける。
「疲れているだろ。お茶でも一つ、飲んでみないか」
「ありがたいですが、次の家があるので」
「そうか。頑張って」
騎士はもう一度頭を下げると、早馬に乗って山道を下った。
「親父たちが死んだか……」
死体を見ていないから実感がわかない。だがペンダントの重みが、胸にのしかかる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
椅子で項垂れていると、リリスが不安そうな顔で近づく。
「大丈夫大丈夫」
心配させまいと笑顔を作る。
「お兄ちゃん、お父さんはどこ? お母さんはどこ?」
リリスはあどけない顔で言う。
「お父さんとお母さんか」
「お外が暗いのに帰ってこないよ」
リリスを抱きしめる。
「父さんと母さんは、遠くに行っちゃったんだ」
「遠く?」
「だから、しばらく帰ってこない」
リリスの頭を撫でる。
「しばらくお兄ちゃんと二人っきりだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ! お兄ちゃん好きだもん!」
リリスは迷いない笑顔を浮かべた。
「良い子だ」
僕はリリスの温かさに慰められた。
夜、ベッドの中でリリスを抱きしめながら考える。
両親が死んだからと途方に暮れている暇はない。
リリスを食べさせるための金が必要だ。
「王都に行くしかない」
僕たちの実家は山奥だ。だから山の中で自給自足で暮らす選択肢もある。
だけど僕は弱いから、獣を狩ることができない。農作物を育てる時間もない。
リリスを食べさせることができない。
「泣き言は言えない。やるしかない」
幸い、蓄えはある。これを使えば王都まで行ける。
わずかな期間だが滞在することもできる。
「リリスはもうすぐ十歳になる。それまで頑張らないと」
十歳になると、天使が天界から現世にやってくる。
その時、天使に認められると聖人、聖女という地位がもらえる。
リリスは必ず聖女になる。聖女になれば、国王や教会から手厚い手当てが出る。そうなれば、生活に困らない。
無料で学校に入ることもできる。
「命の使いどころか」
僕は病弱だ。子供の時から死を覚悟している。いつ死んでもかまわない。
だけど、リリスは別だ。この子はいつまでも幸せに生きる義務がある。
ならば命にかけても、リリスを食べさせよう。