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この作品の時間の流れについて、改めて菅原が考察してみた

気づけば6,000文字とかいう、このエッセイの中で最も文字数多くなってしまった…。

おかしい、初めは3000文字くらいのはずだったのに。

 この作品には二つの時間軸があります。



 三葉が死に、その他大勢も同じ道を辿った世界線。

 ここでは世界線Aとでも呼びましょう。


 三年先を生きる瀧くんが介入したことによって、全員が生存した世界線。

 こちらは世界線Bと呼びます。



 ただ前にも書いたように、菅原はこの作品がパラレルワールドを採用していないという前提で考えています。菅原が考えたくないだけとも言えますが。

 なので、世界線Aという未来が書き換えられてなくなったという考え方は変わっていません。


 ただしパラレルワールドという考え方を採用しないなら、ぶち当たる壁が確かに存在します。


 というのもですね。

 そもそも世界線Bを作りだすためには、どうあがいても世界線Aに住む瀧くんの介入が不可欠です。

 ですが菅原の考えを採用するならば、世界線Bが出来た時点で、世界線Aの出来事は書き換えられることになります。


 当然の話です。

 全く同じ出来事の、500人が死んだ結果と誰も死ななかったという二つの矛盾した結果を残すことなど、事実不可能でしょうから。


 つまり何が言いたいかというとですね。

 どの道、過去に二つの世界線が()()()()()()()()を認めざるを得ないのですよ。



 そもそも世界線Bという存在は何度も繰り返し書くように、世界線Aに住んでいた少年が足掻いた結果生まれたものなのですから。



『君の名は。』はパラレルワールドの世界観なんだな、と多くの人は思うでしょう。

 ぶっちゃけ、その考え方の方が立証が羨ましいくらい楽だし、世の中には色んな考え方があって然るべきだと思うので菅原は否定しません。



 でも、それでもパラレルワールドを採用するのがシャクに感じてしまう菅原は考えました。そして考察サイトを漁りに漁りました。


 その結果、たどり着いた仮説がこれです。



 この話、最初から最後まで世界線Bだった説。



 とんでもないこと言ってる自覚はありますが、とにかく説明していきます。



 菅原が考えるこの作品の大まかな時系列は、




 社会人になった瀧三(出会う寸前)

 ↓

 かつてを振り返る。俗にいう回想シーン。

 高校二年生の二人が入れ替わったり、彗星による大災害を避けようとしたり、美しくもがくことを決心したりする。

 ↓

 社会人瀧三、出会う


「君の名は––––– 」




 前にも書きましたが、こんな感じだと思います。

 ぶっちゃけ、入れ替わりの日付とかにはあんまり興味がないのでこれ以上細かくは無理です。

 確か、監督さんがどこかの媒体で入れ替わりの日付を詳しく解説してくれていたはずなので、菅原が詳しく書く必要も需要もそもそも無いでしょう。



 ともかく。作中で描写される高校生時代の二人(一名、中学生としてちょこっと登場してますが)の行動は、あくまで大人の二人による回想でしかありません。

 あの高校生時代は、作中の時間では現在進行形で進んでいるのではないのです。あくまで()()()()()()()でしかない。



 何が言いたいって、メタ的な話をするなら世界線Bはとっくに出来てるんですよ。

 一番初めに()()()()()()が登場して、高校生時代を回想しちゃってる時点で。


 というか、菅原が思うに。むしろ誰も死ななかった世界線Bこそが、この作中世界においての正史なんじゃないかと(根拠は後述します)。



 だからそもそも世界線Aは存在しない。

 でも前に書いた通り、世界線Aが存在しないと、世界線Bは存在しないことになる。

 そこで、夢が登場するんです。




 入れ替わるたびに当たり前のように見ていた湖は、瓢箪の形に変わっていた。周囲はガレキだらけ、かつての姿は見る影もない。

 それだけではなかった。ついこないだまで入れ替わっていた相手が、実は三年前に死んでいたのだ。

 彼女の妹も祖母も親友も。

 彼は糸守に訪れて、その事実を突きつけられた。

 そして、彼の記憶はある言葉を再生する。

 彼女の祖母が、彼に言い放った言葉。


「おや。あんた、今夢を見とるな? 」



 初見だったら衝撃の連発で、唖然となるシーンです。

 ここから諦めずに御神体へと向かった瀧くんは改めて凄いと思います。ホント。


 さて。

 実はこのシーン、別の意味でおかしいんですよ。


 犠牲者名簿。

 言い方は悪いし、不謹慎な書き方になるのを承知で書きます。

 500人の名前をただ載せていくだけである以上、あそこまで分厚くページを重ねる必要はないはずです。二桁はいくかもしれませんが、逆に言えばそれ止まりでしょう。あんなに分厚いのは、さらに付け加えるなら分厚さだけでなく大きさすら、普通に考えておかしいと思うのです。


 それだけではありません。

 勅使河原克彦、名取早耶香の二人の文字を彼は見つけてしまった訳ですが。

 いや、何故に二人の文字が隣り合わせなのか。

『て』と『な』が二人の頭文字である以上、隣り合わせになるのはおかしいはず。



 そもそもの話。犠牲者名簿以前に、この糸守探究の旅そのものも、どこかちぐはぐなんです。

 ちぐはぐである一つ根拠がありまして、取り上げるとですね、



 瀧くんは自分の記憶を頼りに書いたスケッチを手がかりに、目的の場所を探そうとします。

 結局、ラーメン屋のおばちゃんが気付くまで、誰も彼も目的の場所がどこなのか気付きませんでした。


 いや待って下さいよ。


 糸守町は彗星が落ちて、500人以上の町民が亡くなったことで有名な場所じゃなかったのでしょうか。

 瓢箪型の湖とは違う、円の形として書かれた湖と糸守が結び付かなかった可能性はあるかもしれません。そうだとしても、地方の人に聞き込みをしているのだから、もっと早くにヒットしたっておかしくはないはずです。


 なのに何故、ラーメン屋のおばちゃんしかこれが糸守であることに気づかなかったのか。

 おかしくないですか?



 どうも、所々妙な違和感があるように感じるのです。

 つまり菅原が何を言いたいかと言うと、



 世界線Aは夢です。




 もちろんちゃんと説明しますよ。

 安心してください。


 世界線Aは改変されたことによって、なかったことになりました。

 ですが、全てをなかったことにすると、世界線Bの出来事に矛盾が生じます。そこで世界線Bとしては矛盾するが、なくてはならないシーンを夢オチであることにしました。


 夢だから矛盾してても問題ないよね理論です。


 じゃあ、どこからどこまでが夢なんだ? という当然の疑問が湧いてきます。

 この答えに辿り着くためのキーは、お婆ちゃんのあのセリフです。

 夢の範囲は下の通りだと菅原は思ってます。




 三葉in瀧くんがご奉納の帰りの時、お婆ちゃんのこのセリフ「おや、三葉。あんた今夢を見とるな」

 ↓から

 糸守に訪れた瀧くんが鏡の前で「おや、あんた今夢を見とるな」という二度目のお婆ちゃんのセリフを聞くまでが夢なのではないのでしょうか。




 全く同じセリフが、それも二回出るって相当重要視されてるように感じまして。

 それだけでなく。

 もう一つ理由を挙げるなら、入れ替わりがなくなった瀧くんがぼんやりと日々を過ごしているあるシーンの描写に違和感を覚えたからです。


 そのシーンは、瀧くんが授業を受けているシーン。

 瀧くんが真剣な様子の時は、周囲の人たちはなんとなくダルそうで。瀧くんがどこかうわの空の時は、周囲の人たちは真剣に授業を受けている。


 なんというか違和感を覚えませんか? 

 立花瀧というキャラクターが三葉のことが気になっていることを印象付けたいだけなら、瀧くんがうわの空な状態だけを使えばいいと思うんです。他のシーンと同じように。

 なのに何故このシーンだけ、周囲と何かが違うような印象を観客に与えるであろうカットを使ったのかな、と疑問に思っていた訳で。


 これって実は、瀧くんだけ周囲の人たちと違うものを見ていることを表してたりするのかなと。

 違うものというのは、夢として処理された世界線Aのことだったりしないかなあ。




【夢】といえば、入れ替わりも【夢】です。ですが、この二つは決定的に異なります。


 小説版を見れば分かりますが、瀧くんin三葉が奥寺先輩とした約束を奥寺先輩は忘れていません。

 ですが、糸守探訪時の詳しいことは奥寺先輩は覚えていないんです。



 これ、多分ですが、世界の修正力なんかが影響しているのではないかと思います。



 別に、三葉と瀧くんが入れ替わってなんやかんややらかすこと自体は、歴史に矛盾しないんですよ。

 歴史に矛盾はしませんが、自分じゃない誰かの人生を体験するなんてまずおかしいので、入れ替わりは夢の間の出来事として処理されて、ほとんど本人の記憶には残らない。


 ただし、入れ替わりがただの夢ではなく、現実なのだと認識してからは、ある程度記憶を保てるようになったようです。

 それでも他人になるなんて経験はやはりおかしいので、ある程度しか保てませんが。


 でも、周囲の他人は違うんです。瀧くんが入った三葉にせよ、三葉が入った瀧くんにせよ、周囲の人間はどちらであれ、それを本人の立ち振る舞いとして認識します。

 まさか、本人の姿をした他人だなんて思いません。もっとも、薄々勘付いてはいるようですが。

 彼らからすると別に何も矛盾する(おかしい)ところはないので、入れ替わっていた間の出来事を覚えていることができたのだと思います。



 逆に、世界線Aの出来事はがっつり世界線Bと矛盾するので、記憶を残すなんてとんでもない。

 なので、誰の記憶にも一切残らなかったのでしょう。





————————————————————————-




 ・・・蛇足を加えるなら。


 正直、この辺は少し考えすぎな気がしたり。

 瀧くんと三葉は、互いの入れ替わりを夢として見ていたから、あまり記憶として留められなかったでいい気がするんですよね、個人的には。

 いや、前の文書いといて考えコロコロ変えすぎだろと思わなくもないけども。そう思っちゃったんだからしゃーないのです。


 あと、世界線Aというものそのものが、作中世界である世界線Bにおいてありえたかもしれない可能性でしかない。とかもどうですかね。

 元々。彗星激突の結果、二つの結末が生まれる可能性があった。町民の三分の一が死ぬ結末、もう一つは町民全員が無事だった結末。

 でももし、世界線Bが正史で、世界線Aが、起こり得たかもしれなかった可能性に()()()()()()なのだとしたら?


 あったかもしれない可能性なんて、覚えてなくて当然だと思いません? 

 というか覚えている方がおかしい。

 だって世界線Aというのは、世界線Bにとっては所詮は起こらなかった結末、ただのifの結末でしかないのだから。




————————————————————————-




 色々話がそれまくりましたが、さっきからチラチラ出ている、世界線Bが正史であるという根拠をそろそろ出しましょうか。

 世界線Bが正史かもしれない根拠はですね。


 1:35:48辺りに、中学生瀧くんが登場してることです(ちなみに、この瀧くんが中学生だという根拠は、ハンガーに吊るされた制服だったり)。


「そういう記事を熱心に、あの頃、俺は読んでいた。一体、何をそれほど気になっていたのか、今となってはもう分からない (セリフうろ覚え)」


 多分全部は合ってはいないと思いますが、大体こんな感じの独自が入ってるシーンです。

 そのシーンの中で、スマホで糸守の記事を調べている中学生瀧くんが登場します。()()()()()()()()す。高校生時代の瀧くんではなく。

 彗星が落ちた日の出来事に惹かれたのは、高校時代の瀧くんだったはず。小説版でも、それらしき記述はあります。

 さらにさらに、中学生瀧くんがスマホを通して見ている記事は、『変電所で謎の爆発か–––隕石落下直前に』です。

 菅原は思ったのです。

 このシーンって、世界線Bが正史であるという根拠にならないか? と。


 あのスマホの記事は、彗星被害から3年後、つまり過去改変してから確認した訳じゃないんです。

 むしろ、彗星被害直後(そうじゃなくとも、それほど時間は経っていないと思われる)、()()()()()()()()である中学生時代に見ていたものです。


 だとしたら、こう考えられませんか?



 もし、過去に干渉する前から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 要するに、あの最後の入れ替わりは過去を変えるためのものではなく。



 誰もが生き残っている未来を確定するためのものだったんじゃないでしょうか。




 さて、答えは監督のみぞしる。





 あと、最後にささやかな?違いを紹介したいと思います。

 彗星です。


 厳密には、彗星の落下シーンは三通り存在するんです。


 そう。オープニング前の落下シーンと、口噛みトリップ時の落下シーンと、スパークルが流れる激突シーンの三つです。


 オープニング前のシーンは、雲を突っ切り、()()()()()()()()へと彗星が落ちていく(落ちた瞬間は描写されない)。


 口噛みトリップ時のシーンだと()()()()()()()()()()()()()()()()()が三葉の頭上へ落ちてくるようになっていて(落ちた瞬間は描写されない)。


 スパークルが流れてる方は()()()()()()()()()()()()()()の神社へと吸い込まれるように落ちています。描写を見るに、町はその余波で壊れたようです。


 ・・・・・全然違うんですよね。

 この違いはおそらく、世界線の違いでしょう。


 オープニング前と、口噛み酒トリップ時が世界線A。スパークル時は、世界線B。


 そして。()()()()()()が見ていた記事は、糸守町は隕石落下前に停電していたという内容。



 二葉がかつて言ったように、すべてはあるべき場所へ。


 誰もが生き残ったこの結末こそが。

 この物語の、いや、彼らの世界のあるべき場所へおさまった姿だったのかもしれませんね。

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