第1章 なんやねん
「今日こそは……飛ぶかんな……」
男は高層ビルの屋上にいた。
「あと3秒したら……飛ぶ。」
柵の外側の僅かなスペースに身を乗り出している。
「……いや、やっぱあと5秒。」
自殺をしようとしている訳ではない。
「絶対に、異世界へいくんだ。」
そう、男は
「……5秒前……」
この場所から飛び下り
「4……3……」
死ぬことによって
「2……1……」
本気で異世界転生しようとしていた。
「っ!!!!!!」
………………
「っくーー!!!!!やっぱ飛べねえ!怖えええええ無理!!!!!絶対無理!!!!!!!!」
がしかしこのザマである。
男の名前は桜宮反太郎。はんたろー。
年齢29歳。彼女なし。異世界転生願望あり。
「くっそ!!3ヶ月かけてやっと柵超えられたのに!なんで後一歩が踏み出せねえんだ!主人公は不慮の事故で死んで異世界転生する!これが物語の定番だろ?????だったらこんなんすぐ飛び降りてや……」
チラッと下を見てみる。
「あーやっぱ無理怖いいいいいいいいい正直ここに立つだけで精一杯いいいいいいいいい!」
男は異世界転生願望を叶える為、退社後毎日のように勤め先のビルの屋上から飛び降りを試みていた。が連日失敗。
「はぁ……飛ぶのは明日に延期だ」
この一連の流れを幾度となく繰り返していた。
しかし今日はいつもと違った。
屋上の入口から声が聞こえたのだ。
「先輩やめてください!!!!!!!!」
「は?」
振り返ると直属の部下、前田君が息を切らして立っていた。
「下から先輩の姿が見えたので急いできました!!
先輩どうして自殺なんかしようとするんですか!!!!!
どうして!!!!!
もしかして仕事のストレスですか!!!!
自分たち、先輩に頼りすぎでした謝ります!!だから死なないで!!」
「あ、いや、前田君、これはちが」
「先輩!!!!ほんとうにすいませんでした!!!!!」
「だからね前田君これは」
「先輩の事を影でちょいブスナルシストとかビジュアル系崩れとか呼んでたことも謝ります!!!」
「ちょっと前田君???」
「あと、先輩のキーボード触った後に毎回手を洗いに行ってた事も謝ります!!!!」
「前田君!!!!?」
「あと、」
「もういいから!!!!聞きたくないから!!!怖いから!!!!!!自殺しないから!!!!」
「ほんとですか!!よかったです、早くこっちに来てくださいちょいブ……桜宮先輩!」
「今ちょいブスって言おうとしたよねえ!!!!!!?」
「いやいやちょいブスナルシストだなんて言おうとしてないですよ!!早くこっち来てください!!!!」
「いや言っちゃってるから!!!
ったく……ハイハイわかったよ。」
反太郎は掴んでいる手すりに足をかけた。
その時頭部に切り裂かれるようなに激痛が走った。
「痛っ!!!!!」
危うく手すりを離しそうになった。
「先輩後ろ!!!」
慌てて後ろを振り返ると爪を立てた2羽のカラスが反太郎の頭から離れていった。
バサッバサッ
カーッ、カーッ
「こんにゃろ!!!」
カラスが離れた直後、そのうち1羽が再び反太郎の顔目掛けて向かってきた。
「うわっ!!!!!!!」
その時思わず手すりから手を離してしまった。
「あっ」
反太郎の手は手すりを離れ、身体がムーンサルトの如く宙へ放り出される。
あれ、やばいこれ。
全てがスローモーションに見えた。
……ほんとに死ぬやつだ。
え?まじ?
死ぬ……のか……?
嫌……だ、嫌だ死にたくない。
本当は異世界転生なんてないって頭のどこかで分かっていた。
俺は最初からここで飛び下りるつもりなんてなかった。
しかし、結果的に、現在どうしようもなく身体は放り出された。
逃れようのない死。
どうしようもなく変えられない結末。
その感触が一瞬のうちに現実感をもって身体中に染み渡った。
次の瞬間、一気に身体が下降していく。
死ぬ。
人間どうしようもない状況になると意外と冷静に物事を受け止められてしまうのかもしれない。
現在直面している、このどうしようもない結末(死)に抗おうという気持ちは湧いてこなかった。
短い人生だったなぁ。心残りばっかりだ。
すまんな、母さん。親より先に死ぬ親不孝者を許してくれ。
……けどやっぱ最後にみんなに感謝くらい伝えたかったなぁ。
胸がズキズキ痛みながら身体が落下していく。
吐きそうで泣きそうだ。
重力加速度に逆らえずに身体は速度を増し地面へと近づいていく。
地面がどんどん迫ってくる。
あ、死んだ。




