脚本「祭りの前に」
登場人物
若田夏子(27)新聞記者
小田切昇平(45)その上司
若田三郎(55)夏子の父・うなぎ屋
○球場(夜)
プロ野球「魔人対阪仏」の試合。
観客席に若田夏子(27)がメガホンを持っている。
夏子「ホラ、かっとばせー山本!ピッチャー
びびってんぞー」
ピッチャーが投げる、バッターが打つ。
夏子「いった!」
ボールが高く上がって、ライトスタンドに入る。
夏子「いやったー」
夏子、メガホンを上に投げる。
メガホンが剥げオヤジの頭に当たる。
逃げる夏子。
○ゴールデンカレー・外観(夜)
○同・店内(夜)
男性客しかいないガッツリ系の店。
夏子が入ってきて、
夏子「カツカレー大盛りで」
夏子、空いている席に座る。
と、夏子のケータイが振動する。
出るか出ないか迷う夏子。
店員「へい、大盛りおまち」
夏子の前にカレーライスが出てくる。
ケータイをしまい、カレーを食べ出す夏子。
○読買新聞・オフィス(日替わり)
雑然としたオフィス。時計は午後2時を指している。電話が鳴っている。
夏子がきて、電話を取る。
夏子「はい、読買新聞です」
小田切の声「若田か?電話にでろいうてるや
ろ?」
夏子「出てますけど」
小田切の声「アホ、ケータイの方や、いっつ
もゆうてるやろ」
夏子「ご用件はなんですか?」
小田切の声「俺の話をきけ!」
夏子「だから聞いてますって」
と、夏子のケータイが振動する。
夏子「あ、電話なんで切りますね」
小田切の声「なんやと?」
受話器を置く夏子。
ケータイに出る。
夏子「あ、おじさん?うん、うん、今日よろしくね。はい、じゃああとでー。はーい」
ケータイを切る夏子。
夏子「はー、いきたくねえ」
夏子、ためいき。
○浅草・全景
浅草寺、仲見世通りなど、活気に満ちている。
○うなぎ屋・前
若田三郎(55)が水を撒いている。
夏子がきて、
夏子「よう、父ちゃん」
若田は手を止めて、
若田「なんだ、夏子か。仕事はどうした?ま
たさぼってんのか?」
夏子「人聞きの悪いこと言わないでよ。取材だよ、取材。町会長さんとこ」
若田「取材?へー、おまえもやっと記者っぽくなってきたな。で、なんの取材だ?」
夏子、ため息をついて、
夏子「祭りだよ」
若田「おお、祭りか、そりゃ楽しそうだ」
夏子「楽しくねえよ。ほんとはさ、もっとでかい事件とか扱いたいんだけどねー。地味な生活面じゃなくてさ、一面トップとか政治面とか国際面とかさー」
若田「贅沢言うんじゃねえよ。読買新聞に入れてもらえただけでもありがてえことだぞ」
夏子「そうかなあ」
夏子、頭をかく。
若田「じゃ、仕込みがあるから。取材しっかりな」
夏子「へいへい」
○おもちゃ駄菓子屋・外観
○同・中
狭い店内。おもちゃと駄菓子が雑然とおかれている。
夏子が入ってくる。
手にはイモ羊羹の袋を下げている。
夏子「こんにちはー」
店内をキョロキョロ見る夏子。
プロ野球カードに目が止まる。
カードを手にして微笑む夏子。
夏子「(中に向かって)おじさーん!」
店と居間の間のガラス戸が少し開いている。
ガラス戸に首を突っ込む夏子。
居間に60代男性が倒れている。
夏子「おじさん!」
夏子、袋を落とす。
夏子、男性の周りをジロジロ見る。
ちゃぶ台に湯呑が2つ。
ライターが1つ。
夏子「おじさん!」
男性は動かない。
ケータイを取り出し、119番通報する夏子。
夏子「救急車、おねがいします!」
○うなぎ屋・店内
カウンターに若田、客席に夏子。
若田「とんだ取材になっちまったなあ」
夏子「まさか、おじさんが……」
若田「年が年だからなあ」
夏子「でも、おかしいんだよ。誰かと会って
たみたいなの」
若田「誰かと会ってた?」
夏子「うん。お客さんが来てたみたいだった。それにね、おじさんタバコ吸わないのにライターがあった」
若田「ライター」
夏子「おじさん、最近、誰かに恨まれるようなことなかった?」
若田「恨まれるようなこと?さあ……」
夏子「父ちゃんは、最後に会ったのいつ?」
若田「まさか、俺を疑ってんのか?」
夏子「そうじゃなくて、最近のおじさんの様子が知りたいの」
若田「最近ねえ……おかみさんに先立たれて、一人暮らしが寂しいっていってたけどなあ。女はいねえみてえだったし……」
夏子「おともだちは?」
若田「知り合いは多いんじゃねえか。会長さんだし、祭りの実行委員だしな」
夏子「あー、祭り!取材どうしよう?」
若田は自分を指さし、
若田「俺でよければ、取材受けるぜ」
○読買新聞・オフィス
小田切昇平(45)が法被を着てデスクに座っている。
夏子が入ってきて、
夏子「キャップ、今度の殺人事件、私にやら
せてください」
小田切「アホカ!やらせるわけないやろ?お
前は生活面担当や、祭りの記事を書け、祭りを」
夏子「ですが、私なら被害者とも知り合いですし、事件の第一発見者です。絶対いい記事が書けると思うんです」
小田切「ちょ、ちょ、ちょっとまて。まだ殺人事件とは決まってないやろが」
夏子「あれは絶対事件です。これは記者の勘です」
小田切爆笑して、
小田切「ええかげんにせえよ。人生相談担当からお前をひぱってやったんは、生活者の目線に立てる記者に育てるためや。そんな刑事みたいな仕事せんでもええ。大人しく祭りの記事をビシッとかかんかい」
夏子「書きます。祭りの記事は記事でちゃんと書きます。ただ、事件の記事も書きたいんです」
小田切「ゆるさへん。そんな、どっちも、なんて中途半端な記事、読者が喜ぶと思うか?事件の記事なんか書いたらクビや」
夏子「とにかく取材は続けます」
夏子、鞄を持って出ていく。
と、小田切のデスクの上に野球カードがあるのを見る。
○うなぎ屋・店内(夜)
カウンターに若田がいる。
客席に夏子が座る。
夏子「おじさんち、確かこどもいたよね?」
若田「息子がいるよ。でも関西で働いてるっ
ていってた。もう20年くらい会ってない
って」
夏子「関西で働いてる……」
若田「新聞記者だって」
夏子「新聞記者?」
若田「けんかして出て行ったらしいよ」
夏子「なんでけんかしたの?」
若田「芦屋の金持ちのお嬢さんと結婚して、
婿養子になるっていわれて反対したらし
い。そういえば、昨日見かけたって人が……」
夏子、店を飛び出す。
○読買新聞・オフィス(夜)
小田切がタバコを吸っている。
夏子が走ってきて、
夏子「キャップ!今日の午後2時ごろ、浅草
にいましたよね?」
小田切が振りかえり、
小田切「せやから俺の話をきけ、いうとるや
ろ!」
夏子と小田切にらみあう。
<完>