4話
「私はね、先生も気づいてるかもしれないけど、人が怖いの。特に視線が」
対人恐怖症ってやつだね。彼女は言う。
恐怖症。多くの人間が持っており、高所、集合体、虫などポピュラーなものから水、植物など少数派なものまでさまざまな種類がある。
彼女が何かしらに恐怖心を持っている可能性は薄々考えていた。彼女のしぐさや口調がなにかに怯えているようなふうに思えたことは何度かあった。
しかし問題はそこじゃない。問題は何に恐怖しているかではなく、何が恐怖の原因か、である。
俺は彼女に目で続きを促した。彼女はすこしうつむいた後、話し出した。
「最初に学校を休み始めたのは小学3年生くらいのときかな。理由はたいしたことなかった。ちょっと疲れちゃっただけ。」
彼女、鶴城は続ける。
「本格的に学校を休み始めたのは中学に入ってから。その時はもう視線恐怖症が始まってて、登下校の通学路、教室、習い事とかすべてで視線が気になった。気にしているうちに自然と自分の部屋だけが落ち着ける場所になった。周りの目はなく、人に会うのはお風呂のために部屋から出たときくらい。その生活が楽でだんだんと学校よりも家にいる時間が増えていった。でもそれじゃいけない。半分焦り、半分罪悪感みたいな感覚が私に3年間付きまとった。ほとんど行ってなかった中学だけど、最後くらいは、卒業式くらいは行こうと思って、卒業式の練習にだけ参加したの」
ここで鶴城は話をいったん止め、顔を曇らせる。
もしかしたら傷口をなめられたような痛みを感じて、顔を歪ませていたのかもしれない。
「だけどそれが誤算だった。自分を見間違えていた。それが決定的で、私はもう地元の知り合いが怖くて近所をうろつけないようになってしまった」
人が引きこもりになるには、たとえ子どもであれ当人にとってのそれなりの苦痛や恐怖がある。
彼女の恐怖の根元、その出来事とは、人物とは何かを。まとまりのない、整理したくもない恐怖譚を。
鶴城は痛々げに、話す。