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2話

 自らの部屋の前で、風呂あがりのタンクトップに短パンというラフな格好のまま顔を真っ青にして立ち尽くしている彼女は、明日から担任する生徒だ。

 決して俺がストーキングして部屋に侵入した変質者なわけではない。れっきとした家庭訪問である。

 その真っ青な顔のまま乱暴にドアを閉めて鍵をかけた後、彼女は110番に電話をかけた。

 改めて言う、自分はストーカーではない。


 母親によってなんとか制止されそのまま部屋に連れ戻された彼女は、状況を説明されても未だ警戒を解いていない。その警戒が解かれるには、果たしてどれだけの時間がかかるのだろうか。

 そこからしばらくは、俺と彼女の様子のうかがいあいが、くりひろげられた。


××××××××××××××××××××××××××


 彼女は風呂あがりの格好のまま部屋のすみでベッドに隠れて毛布にくるまっている。どうしたものかと思ったが、とりあえず状況把握をするべきかと考えた。

「改めてはじめまして。今年度から担任になった(ヒガシ)だ」

警戒心をとくために軽く自己紹介をしておく。もっともさっきまで侵入者だと思っていた男に何を言われても無駄だろうが。しかし事を前進させるためには話を聞くしかない。

「…」

挨拶をしても彼女はなにも喋らない。

 まあしょうがないか。

「………」

二人のあいだに沈黙が流れた。

 しばらくお互いに相手の出方をうかがう時間が続く。

 時間がだって落ち着いたのか、その静寂を破ったのは彼女のほうだった。

「別にたいして理由があるわけじゃないの。ただ、なんとなく学校がだるいだけ」

彼女は冷淡に、無表情に言う。なんとなく。不登校の理由としてはこの上なく不誠実でまっとうだ。

 しかし俺には彼女が俺を追いはらうために嘘を言っているような気がしてならない。彼女からそんな雰囲気を感じた。

 顔をしかめる俺を見た彼女が今度は苦笑いとも嘲笑ともとれる表情をする。

「なに?疑ってるの?案外不登校の理由なんてみんなそんなものだよ。たいしたことなんてない」

そんなものだろうか?

 彼女は「なんとなく」学校を休んで部屋にこもっている。確かにそういう人間もいるのかもしれない。

 しかし気だるげに、億劫そうに言っているふうに見える彼女の手は、肩は、瞳は、かすかに震えていた。

 それでも彼女はうなずきながら反復する。

「なんとなくだよ」

見ていられない、そんなはずはないだろ。そんな奴は、

「そんな奴は、お前みたいに震えながらなんとなくなんて言わない」

つらそうにたいしたことないなんて言わない。震えている彼女を見て見ぬふりなんてできない。

 浅笑っていた彼女の顔が強張る。

「これは…さっきのことで緊張してるからで…」

「鶴城。」

低い声で名前を呼ぶと、びくんと肩がはねあがる。実を言うと先程から彼女とは一度も目があっていない。

 立ち上がって彼女に近づいていく。それに連動して向こうも後退する。

 しかし彼女のほうがすぐに壁にたどり着いてしまう。俺はゆっくりと間を詰めていく。

 観念したのか歯噛みした彼女は不安そうに爪を噛んだ。しかしその爪にはマニキュアが塗ってあり、歯が通らない。彼女は苦虫を噛み潰したような顔をする。なんだかタバコがきれていた喫煙者みたいなしぐさだ。

 その苛立ちをぶつけるように今度は目を細めてこちらに鋭い視線を飛ばす。ここで初めて彼女と目があった。

 少し黒髪が混じったアッシュグレーに染められた長髪は、とく余裕もなく無造作におろされていて、威嚇するために細められた瞳は不安げに揺れている。寄せられた眉は痙攣するように震え、への字に結ばれた口はきつく閉じられている。一目で先程の気だるげな雰囲気が強がりだったとわかる。

 さらに目の前まで近づくと今度は観念したように眉毛をハの字に歪めて目をつぶる。

 怖がる少女にいたずらする趣味はないので代わりに言葉をかける。

「怖いのなら、今はそのまま震えていていい。だんだん、少しずつ前を見れるようになろう。俺は君が立ち上がるまで待つし、協力する。」

彼女にはまだ時間がたっぷりあるのだから。

 今は出来なくても後退さえ、諦めさえしなければ立ち直れる。今日は顔が見れただけで十分だろう。

「今日は帰るよ。後日また来る。借りた服は今度洗って返すから」

それだけ言って荷物をまとめる。

 なにを覚悟していたのか目を丸くして肩で息をしながら困惑する彼女を横目に、その日はそれだけ言って彼女の家をあとにした。


 彼女の家を出る頃には時刻は18時を過ぎていて、夕日で雲は赤く、夜闇で空は紺色に染まっていた。

 まるでこの空は今の彼女を表しているように見えて、俺が家に帰るのと平行して沈んでいった太陽を失って、時間が経つにつれて闇に染められていく空は、まるで俺の生きてきた30年のようだと、今になって思うのだった。

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