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1話

この作品は作成中のため、予告なく内容を変更、削除する場合がございます

 幾千の観衆の視線をあびながら舞台の上で歌う彼女は、誰の目にも間違いなく光輝いて見えて、もう俺からは手の届かないところにいると感じさせられた。

 夢を恐れていた16歳の彼女と、夢を諦めたていた30歳の自分との違いは大きすぎると気付かされる。

 いや、やはり最初からわかっていたことだった。年齢の差とは時期の相違とは俺たちが抗うことのできないくらい大きく、越えることの困難な壁なのだと。


 これは、最初から報われることのない戦いだったのだ。


××××××××××××××××××××××××××


「不登校児?」

 大学を卒業して教師になってから7年、この高校に赴任してからは3年がたった。夏休みの内に産休の先生が出たので、新学期の9月からその先生に代わり1年生の1クラスを任されることになることになった。

 今までは担任はもたず担当の国語のみを教えていたが、初のクラスの担任を任されることになる。

 その新学期前日に、俺は1年生の学年主任と教頭から担当するクラスの生徒情報を聞いていた。

 なんでもそのクラスには5月から休んでいる生徒がいて、その生徒はこのままいくと2年生への進級が危ぶまれるため、今から家庭訪問に向かってほしいとのことらしい。

 学年主任と教頭から住所等の基本的な情報だけ聞いて、その生徒、鶴城薫(カクジョウカオル)の家に向かった。


××××××××××××××××××××××××××


 教師となり担任をもってから初の仕事になった。自分も中学高校時代こういうことで先生方にお世話になったものだ。

 彼女は家は高校の最寄り駅から40分ほど電車に揺られた先の住宅街にある一般的な一軒家だった。表札に「KAKUJO」とかかれているためここの家で間違いないだろう。

 インターホンを鳴らすと女性特有の裏声で返事が帰ってくる。

「このたび1年2組の担任となりました、(ヒガシ)と申します」

とりあえず無難に名乗っておくと、ほどなくして鶴城薫の母親とおぼしき人物が玄関から出てきて俺を家にあげた。

 若い男の教師が来るとでも聞いていたのか化粧や服で若々しくめかしこんだ母親は、玄関で俺にねぎらいの言葉をかけたあと娘の部屋を示すと、「お飲み物でも」と言い残して奥に消えた。

 まさか玄関先で放置されるとは思わなかったが、とりあえず靴を脱いで示された2階の彼女の部屋に向かう。

 階段をあがってすぐのところにある彼女の部屋のものと思わしきドアには「カオル」という名札の下に「立ち入り禁止」と書かれた紙が吊るされていた。彼女は引きこもりらしい。

 立ち入り禁止と書いてある手前、勝手に入るわけにもいかずドアの前でしかめっ面を浮かべていると、母親がお盆にオレンジジュースとコーヒーをのせてやって来た。

「その子、トイレとお風呂以外は部屋から出てこないんですよ…外から呼び掛けても無視で。毎日なにやってるんでしょうねぇ」

よく見ると部屋のドアには鍵がかかっており、勝手に侵入出来ないようになっていた。

 鍵をかけて引きこもられるとこちらとしてもできることはない。どうしたものか悩んでいると、母親が鍵を手渡してきた。

「その部屋の鍵なんですけどね、あの子は1つしかないと思って自分で持ってるんですけど、実は2つあって。これ、合鍵です。お二人でゆっくりお話しください」

そうやって部屋の鍵を開け、中に通された。

 結論から言うと、彼女は部屋にいなかった。


××××××××××××××××××××××××××


 かわいらしいピンクの小物、たいそう大事にされているのだろう新品同然のぬいぐるみたち、ルームフレグランスの爽やかな香りが満ちる、いかにも女子らしい部屋の中心にあるちゃぶ台の前に腰を下ろして、取り敢えずコーヒーに口をつけて待った。

 そこはちょうど入口と正対する位置になり、ドアから入ってきた人と向き合う形になる。

 彼女を待っているあいだ部屋の中を見渡していると、どこかからひと昔前に流行ったの歌手をカバーした歌が聴こえてくる。

 聴いたことない歌声だったが、曲自体は昔よく聴いたものだったので思わず口ずさんでしまった。

 内側と外側、二人の自分に悩む女性の苦しみを綴ったこの曲。俺の青春時代のすべてをこの曲に注いだと言っても過言ではないこの曲も、いつからか聴かなくなってしまった。

 その歌声に耳を傾けていると、歌詞と共にあの頃の記憶がもう遠い昔のようにゆったりと、どろりと、よみがえってきた。


××××××××××××××××××××××××××


 いつのまにか歌も聴こえなくなり、また静かな空間が戻った。そこにドアの鍵をかける音がした。

 閉じ込められたのではなく、もとから鍵をかけていなかったのである。何度かドアノブを動かす音がしてからもう一度鍵を回す音がした。不思議そうな表情をしながらこの部屋の住人、鶴城薫が入ってきた。

 直後、彼女の顔から血の気が引く。それもそうだろう。自分の部屋というプライベート空間に見ず知らずの男がいたのだから。

 さて、彼女の第一声は、


バタン!


彼女の第一声は、なかった。


 その後不審者として警察に通報されかけたが、母親の必死の制止により事なきを得て、彼女は部屋に連れ戻された。

 こうして俺と彼女は生徒と教師ではなく、引きこもりと侵入者という被害者と加害者の立場から不登校克服二人三脚の道を歩むこととなった。


 その道は、まっすぐでもなければ終わりも見えない、


 やはり、負け戦の道だった。

この作品は次話より、不定期更新となります。次話が完成次第更新いたします。

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