52.復讐対象
男の子を庇うように立つ私を睨みつけてくる2人の男。ぐっ、なんて圧力。呼吸するのも辛くなってくる。
「これは国が我々に逆らうと判断して良いのか、国王よ?」
「ま、待ってくだされ! こ、これは何かの間違いで……おい、フィア! 何をしているのだ!?」
「何をしているのはこちらの話です、父上! 国を売り民を売り、この国を潰してどうしたいのですか!?」
「何を言う! この国のためを思って受け入れたと言うのに!」
駄目だ。何を言っても父上は聞いてくれない。前はこんなに頑なでは無かったのに。
「国王よ。この女は我々に歯向かった。殺しても文句は言わんな?」
「……仕方ありませぬ」
私は父上の言葉に涙が出そうになった。別に庇ってもらえる事を期待していたわけじゃ無い。だけど、こんな簡単に答えるとも思っていなかったのだ。もう、目先の事にしか思考が向いていない。
「くくっ、これで好きに犯せるぜ!」
蟹座は嬉しそうに笑うと手を振った。そして次の瞬間私は吹き飛ばされていた。男の子に当たる事は無かったけど、何度も地面を転がってようやく止まる。
「……うぅっ……一体何が……きゃあっ!?」
訳もわからずに立ち上がろうとすると、突然左肩に切り傷が出来る。それもかなり深く。どくどくと流れる血。右手で傷口を抑えて、左手で剣を持とうと思ったら剣が半ばで切られていた。さっき吹き飛ばされた時か!
「まずはガキを殺すぜ!」
私は剣を捨てて立ち上がるが、既に蟹座は男の子を見ていた。ここから走っても間に合わない! 私は叫ぼうとしたが既に蟹座は手を振った後だった。男の子が切られる! そう思った瞬間、地面がせり上がる。
せり上がり現れたのはスケルトンたちだ。それらが幾重にも重なり合い大きな壁となった。そして蟹座の攻撃を防いでしまった。更に
「燃やして! サラマンダー!」
「ぬっ」
「うおっ!」
2人の足元から火柱が立ち上がる。2人はそれに気が付き飛び退いた。
「勝手ニ人ノ家デ暴レルトハ」
「ふう、ありがとうねサラマンダー」
『ギュルル』
そして現れたのはハルトの配下であるネロとティエラだった。ネロたちの後ろには私たちも苦しめられた魔物、オプスキラーが並んでいる。
「こいつらが国王の言っていた奴らか」
「へぇ、可愛いじゃねえか。王女もろとも遊んでやるよ!」
ティエラを見るなり走り出す蟹座。ネロが杖を前に出すとオプスキラーたちが蟹座に向かって走り出す。
オプスキラーたちが次々と蟹座に向かって拳を振り下ろす。当たれば即死は免れないだろう一撃を、蟹座は軽々と避けていく。
その上、蟹座が腕を振る度に細切れに切り裂かれるオプスキラー。やはり奴の腕には何かあるようだ。奴が腕を振る度に斬撃が放たれる。
「ちっ、うぜえなこいつらぁ!」
しかし、蟹座がいくら細切れにしようとも、オプスキラーは死体の集合体。核が残る限り切られても集まって元に戻る。
蟹座の周りにはオプスキラーが10体ほどが囲んでおり、それぞれが次々と蟹座へと殴りかかる。そして
「ちぃっ!」
オプスキラーを巻き込むように先ほどと比べ物にならない程の火柱が蟹座を襲った。天井を黒く焦がして、火が得意で離れている私たちすら熱く感じるほど。
火柱の元凶であるティエラを見ると息が上がっているのがわかる。かなり魔力を持っていかれるようだ。しかし、これなら奴も……
「いつまで遊んでいる蟹座。さっさと目的を果たすぞ。その女が『精霊魔術師』だ」
「やっぱり? 俄然やる気出てきたわ」
タダでは済まない、そう思ったが火柱がかき消された中から出てきたのは、黒く煤けただけの蟹座だった。
「チッ、行ケ」
更にオプスキラーが迫るが、一瞬で細切れにされてしまった……なんだか切られる範囲が少しずつ広がって細かくなっているような。
「切り刻め!」
そして、蟹座を囲んでいた他のオプスキラーたちが一瞬で塵に変わってしまった。蟹座の周りの地面は円型に切り刻まれた跡が残っており、深く刻まれたその跡は、斬撃の鋭さを物語っていた。
「ほらほら、次々行くぜ!」
蟹座はそのまま真っ直ぐネロたちへと突っ込んで行く。次々と死霊系の魔物を召喚するが悉く刻まれて行く。ネロが放つ魔法ですら切り刻まれる。
あっという間に魔物たちは突破されて、ネロの目の前には蟹座が迫る。ネロへと向かって手をかざして
「死ね」
放たれる斬撃。ネロやティエラは反応する事が出来ずにそのまま……切り刻まれる事は無かった。2人の目の前に地面から伸びる黒い影。それが斬撃を防いだのだ。
そして、影はそのまま蟹座へと伸びていく。蟹座は影を避けるが、後を追うように更に伸びていき、蟹座を捉えた。蟹座は影を切ろうとするが、まるで吸収されてあるかのように切る事が出来ない。
「誰か来るとは思って準備していたけど、無駄にならなくて良かった。これは中々の実力者が来たじゃないか」
「くくっ、これは楽しめそうだぞ、マスター! 今回は慣れない事務的な事をやらされたのだ。少しは好きに暴れさせて貰うぞ!」
「ああ、好きにすると良いよ、リーシャ。ミレーヌはみんなのところへ。危ないからね」
「わかりました、ハルト様」
更に地面に伸びる影から突然現れたハルトたち。今まで姿を現さなかったリーシャもいる。彼らが現れた事で膨れ上がった圧力。
「マルス、私の戦いをよく見とくのだぞ! 一剣・疾風ノ大剣」
「は、はい! わかりました、師匠!」
戦える喜びに歓喜するリーシャと真剣な眼差しでその後ろ姿を見るマルス。そして
「くくくっ、あははははっ! こんな早く復讐の対象に会えるなんて! 覚悟しろよ、お前ら。殺して欲しいと願うまで殺してやる!」
普段からは想像が出来ないほどの狂気を見せるハルト。私はその姿をドキドキとしながら見る事しか出来なかった。




