28.とある冒険者の話(10)
「それじゃあ、私のために死んで下さい、ホーリーレイン」
ミレーヌが空に向かって光の玉を放り投げる。宙に浮いた玉から降り注ぐ光の礫は、まさに雨のようだった。
「くそっ! お前ら頭を下げろ!」
呆けた俺たちをガンドは引き寄せて、俺たちを守るために盾を空に向かって掲げる。空から降り注ぐ光の礫は、盾へと降り注ぎ軽快な音を鳴らす。しかし、音から想像の出来ないほどの威力が、ガンドを襲う。
「ぐうぅっ!? なん、つぅ威力だよ!?」
ガンドは歯を食いしばりながら両手で盾を持ち上げるが、かなりキツそうだ。くそ、こうなったら一か八かこの盾から出てミレーヌを止めるか。
「マリエ、俺に強化の魔法を使ってくれ」
「ど、どうするの?」
「ミレーヌを止める」
俺たちが知っているミレーヌじゃないかもしれないが、このまま黙って殺されるわけにはいかない。ミレーヌを取っ捕まえて目を覚ましてやる!
俺はマリエに魔法をかけてもらいガンドの盾から飛び出す。空から光の礫が降り注ぐが、マリエにかけてもらった魔法と自分で発動している身体強化のお陰で、少し血が流れる程度だ。
そのまま真っ直ぐミレーヌに向かおうとするが、横から迫る巨腕。異形の奴が腕を振って来たのだ。ミレーヌが現れた時は動きを止めていたのに……邪魔するな!
「職技『炎翔剣』!」
異形の迫る拳に合わせて、下から剣を振り上げる。振り上げた際に、俺の剣に魔力が集まり炎が纏う。これは職技の効果のせいだ。そのまま燃える剣を、異形の拳へとぶつかると、ぶつかった箇所から燃え広がり始めた。
アンデッドは昔から火に弱いとされている。案の定、異形も火を消そうと燃えた拳を地面に何度も叩きつけていた。
もっと初めから使えばよかったのだけど、こればかりに頼ってしまうと、直ぐに体力と魔力が尽きてしまうから、あまり乱発出来なかったから今まで使わなかったのだ。
燃える異形を横目に俺はミレーヌの方へと向かう。その途中で後ろから異形が飛んで来た。飛んで来た異形はそのままローブの奴の方へと飛んで行くが、ミレーヌの障壁に阻まれる。
「わらわらわらわらと湧いて来やがって。鬱陶しいんだよ!」
怒号とともに吹き荒れる風。そして風を纏ったアラシが俺の横を通り過ぎて俺より先にローブの奴の方へと向かった。
「死ね! 職技『風天撃』!」
職技で風を纏わせた魔剣に、魔剣そのものが持つ風を纏わせて、障壁を壊すために振り下ろされた。障壁は簡単に割れて斬撃はローブの奴へと迫る。ローブの奴は動くそぶりを見せないが、どこからか杖を取り出し、カンと地面を叩く。
すると、地面からスケルトンが大量に現れて、奴を守るように覆っていった。何体も何体も重なり厚い壁となった骨へとアラシは魔剣を叩きつける。
重なった骨は吹き飛び粉々に砕け散ったが、中のローブの奴は無傷で、アラシに向かって杖を構えていた。
「ダークバレット」
そして、杖の先端から放たれた闇の弾。アラシは風を纏って闇の弾を逸らすが、いくつか被弾し、地面を何度か転がる。
アラシは直ぐに立ち上がり動こうとしたが、その時足下から骨の手が這い出て来てアラシの足を掴んだ。そのせいでバランスを崩したアラシは地面に倒れ込み、その上に異形がのしかかった。
このままではまずいと思った俺はアラシの元へと向かおうとするが、俺の進む道を阻むように光の弾が飛んで来た。
「もうっ、私を放ってどこかに行こうとするなんて、リンクは女心がわかっていませんね」
光の弾が飛んで来た方では、ミレーヌが俺に向かって手を向けて頬を膨らませて怒っていた。こうなる前だと可愛らしいと感じるその姿も、今では今ではそう感じなくなった。
「くそ、退け! 吹き荒れ……」
「オット、サセルナ」
アラシが魔剣を使おうとした瞬間、異形が腕を振り下ろした。魔剣を握っていたアラシの右腕は、グシャと異形の巨腕に潰されてしまった。
木霊するアラシの叫び声。その声に反応したかのように周りのゾンビたちが集まって来た。ガンドやマリエもアラシを助けるためにゾンビたちを倒すが、数に圧倒されて近づけず、俺もミレーヌが邪魔するため手が出せなかった。
「邪魔をするな、ミレーヌ!」
「本当に無粋ですね。私とのラストダンスぐらい楽しんで下さいよ」
くそっ、ここでもやっぱりミレーヌが邪魔して先に進めねえ! そしてそうこうしている間にゾンビたちはアラシの元へと集まり
「く、来るんじゃねえ! 来るな来るな来るなぁ! あああぁぁぁあああ!!!」
ゾンビたちはアラシへと倒れこんでいった。そしてアラシの叫び声に混じって聞こえてくる咀嚼音。アラシの叫び声はいつの間にか消えて、聞こえるのはゾンビたちが食べる音だけだった。
「きゃあっ!」
「ぐっ!」
ゾンビに囲まれていくアラシを見ていたら、後ろから悲鳴が聞こえる。振り向くと、ゾンビたちに押さえつけられたマリエと、アラシと同じように異形にのしかかられたガンドの姿があった。
「お前ら!」
「オット、動クナ」
2人の元へ行こうとすると、地面からスケルトンが飛び出して来る。両手両足を掴まれた俺はその場で倒れ込んでしまった。
「フン、オマエ程度ナライツデモ捕ラエル事ハ出来ル。アマリ調子ニ乗ルナヨ。ソレニシテAランクトハ話ニモナラナカッタナ。コノ程度ナラ簡単ダナ」
「あら、冒険者を甘く見てはいけませんよ、ネロ様。Aランクでも強い人はいます。彼は魔剣に頼り過ぎなだけですからね」
「覚エテオコウ。ソレヨリモ、早ク目的ヲ果タセ」
「そうですね。早く終わらせて会いに行きませんと!」
そう言ったミレーヌはマリエの下まで歩く。俺やガンドが何とか動こうと暴れるがビクともしない。
「……ほ、本当に私を殺すの、ミレーヌ? 私たち仲間だったじゃない!?」
「ええ、だからせめてもの情けで私の手で殺してあげますよ。ゾンビたちに食べられてあのように仲間入りするのは嫌でしょう?」
ミレーヌが指差す先には、さっきゾンビたちに襲われたアラシの姿があった。ところどころ食い千切られて醜いゾンビとなってしまった。
「マリエさんに選べるのはああいう風にゾンビになるか、私に殺されるかのどちらかです。さあ、早く選んで下さい」
「ま、待って、待ってよ! わ、私まだ死に……」
涙を流しながら何かを言おうとするマリエの頭が跳んだ。何度か地面を跳ねてころころと転がっていく。
「時間切れです。早く帰りたいんですからさっさと答えて下さいよ」
全くもう、と言いながらそのままガンドの下へと行くミレーヌ。まるで散歩をするかのような普通の対応に俺は動く事が出来なかった。気が付けば手には光魔法で作った剣が握られていた。あれでマリエを殺ったのか。
マリエが殺されたという事実が、ジワジワと血が流れるように頭の中を巡る。もう目の前にいるのはミレーヌなんかじゃない。ミレーヌの姿をした化け物だ。
俺は何とか動こうと暴れる。腕が悲鳴を上げようとも何としてものしかかる異形を退けてガンドを助けないと! だが、俺の力では異形を退ける事が出来ずに、ガンドの首にミレーヌの剣が突き立てられた。
「ふぅ、これで2人目です。さあ、最後はリンクですよ。何か言い残す事はありますか?」
「……この……たが」
「え? 声が小さくて聞こえませんよ?」
「この売女が! マリエやガンドを殺しやがって! お前を助けるために命を懸けて来たのに! 絶対に許さねえ! ぶっ殺してやる! お前みたいなクソ女ぶっ殺してや……がっ!?」
俺がミレーヌに向かって叫んでいたら突然頭に衝撃が走った。そして上から押されるように地面に顔面を勢いよくぶつけて鼻が潰れた。本来ならかなりの激痛があるはずなのだが、今はそれどころではなかった。何故なら
「おいおい、人の女を侮辱するなよ」
頭の上から注がれる殺気がまるで俺の心臓を止めるかのように降り注いだからだ。そしてずぶりと体に何かが突き刺さる感触。最後の視界に入ったのは、誰かを見て嬉しそうに微笑むミレーヌの姿だった……。




