133.とある兵士の話(4)
「どうした、そんなものか!?」
剣をザッと地面に突き刺しそんな事を言う女騎士。それほど大きな声ではないのに、全体に聞こえるほど通る綺麗な声が響いて、隊列を組んでいる連合軍が1歩下がる。
リーシャ・アインスタインが姿を現してから、1時間も経っていないだろう。それなのに、彼女の前には連合軍の兵士たちの死体が地面を覆い尽くしていた。
リーシャ・アインスタインは一騎打ちを所望していたが、連合軍がそんな事に乗っかる訳もなく、大勢で倒そうと試みた。その惨状が目の前の景色になる。
彼女が剣を振るう度に舞う兵士たち。たまにいるが、あれが人外という奴なのだろう。または、一騎当千の武将か。
色々な戦場に行った事があるが、たまにいるんだよな、ああいう化け物が。普通の奴らじゃあ敵わない化け物が。
連合軍はこの短い間に2千近くは兵士をたった1人に殺されたので、流石に二の足を踏むようだ。それはそうだよな。俺だって嫌だよ。
……しかし、どうしたものか。俺たちなんかにあの女騎士をどうこうする力はない。かなりの兵力を使えば倒せるのかもしれないが、それ相応の被害を覚悟しないといけない。
しかも、死国のある方角から放たれる威圧感が減らない。あの女騎士だけでもこれほどなのに、あれに並ぶ化け物が死国にはいるって事なんだよなぁ。はぁ、俺の隊だけでも、逃げようかね。国に所属はしているが、思い入れがあるわけではないし。元々傭兵だったからな。
そんな事を考えていると、連合軍の後陣から真っ白の馬に跨った騎士が一人現れた。あれは確か、今回の連合軍の大将の副官じゃなかったか。俺みたいな千人隊の隊長程度では殆どお目にかかることのできない人物だ。そんな人物がなぜ?
「お前が、リーシャ・アインスタインか。くくっ、確かに伝聞の通り綺麗な女ではないか」
年は40代手前で、金髪を後ろで一括りにした見た目は優男だ。まあ、噂はあまり良いのは聞かないがな。聖王国の聖騎士団長だったはずだ。……って事は、反逆者であるリーシャ・アインスタインを捕らえた子孫ってわけか。
「……その家紋にその鎧、貴様レグレタ・バンハーンの血族か?」
「いかにも。俺の名前はリグレタ・バンハーン。あんたを捕らえたレグレタ・バンハーンの子孫だ」
……おいおい、こんなところで因縁の出会いかよ。副官殿が現れてから、女騎士の殺気が一気に膨れ上がったじゃないか。あーあ、これは止められないぞ?
「ふ、ふふっ、うふふふふっ! ……まさか、私を……私たち家族を嵌めたクソ野郎の子孫に敵討ちが出来るとはなっ! 感謝するぞ、マスター!!」
黒鎧の女騎士、リーシャ・アインスタインは狂ったように笑ったかと思えば、一瞬にして、副官殿の目の前に移動した。
俺たちは当然見えず、副官殿も反応が出来ていなかった。先程までリーシャ・アインスタインが居た場所を見ていた。あっ、あれは死んだわ。誰もがそう思っただろうが次の瞬間
ガギィンッ!!
と、金属がぶつかり合う音が戦場に響いた。あの女が現れてからは聞こえなかった音。理由は剣を合わせたところで、女の持つ魔剣に切り落とされるからだ。
盾も槍も鎧だって容易く断ち切られた。一般の兵士に配布されている普通の武具じゃあ全く耐えられなかった。
それなのに、金属がぶつかり合う音が聞こえたという事は、リーシャ・アインスタインの持つ魔剣に耐えられる武具を持ち、あの実力に反応出来る力を持った化け物がこっち側にもいるって事だな。
まあ、聖王国の聖騎士団長を守るために現れたって事は、聖王国の化け物の1人なんだろうが。
「お前は……」
目の前に突然現れた人物にリーシャ・アインスタインは警戒を数段引き上げる。リーシャ・アインスタインの目の前に現れて、剣を防いだ人物は、漆黒の鎧を纏っているリーシャ・アインスタインとは反対に、純白の鎧を身に纏っていた。それに、光り輝く剣も。
「……さすが元聖騎士団長だな。不覚にも反応出来なかった。しかし、我が家の護衛も中々のものだろ? 役に立ってくれている」
副官殿はそう言って馬の上から白騎士の背を蹴る。白騎士はそれに反応せず、リーシャ・アインスタインを見たまま構えていた。
しばらく睨み合っていたが、白騎士が動いた。それに反応してリーシャ・アインスタインが動くが、いやー、やっぱり動きが化け物だな。全然目で追えねえ。
「貴様! なぜその剣を持っている!? それはあの子の……私の妹のものだ!!」
そして、止まったと思えば、リーシャ・アインスタインがそんな事を叫ぶ。それをニヤニヤと見ていた副官殿は性格が悪い。
問われた白騎士は何も言わないままリーシャ・アインスタインに対峙をする。さて、このままどうなるのだろうか。そう思っていると、リーシャ・アインスタインの横に魔法陣が現れた。そして、その中からエルフの男が姿を現わす。
「リーシャ殿、そろそろ主殿が帰って来ます。こちらも動きますよ」
「……わかった」
突然現れたエルフの男が再び魔法陣を広げると、2人は姿を消してしまった。あれ程の力を持った者がもう1人現れた時はどうなるのかと思ったが、去ってくれてよかった。連合軍の連中もそう思ったのか少し気が抜けた気配がする。
しかし次の瞬間、新たに大きな魔法陣がいくつも現れた。そして、姿を現したのが、巨大な骨の竜だった。しかも、三つ首の竜であり、使われている骨は見た限り人のものだった。
全部で7体の三つ首の骨竜。それらが連合軍に迫って来たのだった。これは、本当に逃げる算段をしなければマジでやばい。




