第2話:現状確認
前回までのあらすじ
大魔法使いと噂される儂。若返りの魔法薬を作り、若返ることに成功する。しかし、若返りの代償として、魔法が使えなくなっていた。
--------------
儂、大魔法使いアルバートはあまりのショックに何も手がつかず、部屋の隅っこで三角座りで小さくなっていた。
「魔力がなくなった。魔力がなくなった。魔力がなくなった。魔力がなくなった。魔力がなくなった。魔力がなくなった。」
「ご主人様、魔法が使えなくなったのは仕方がないじゃないですか。そんな部屋の隅っこでしょぼくれていないで、今後どうするか対策を考えましょうよ。」
ルディが声をかけてくる。
対策を考えるといわれても、今までの生活が魔法に頼り切った生活をしていたので、何をすればいいかがわからない。儂にとって魔法とは当たり前にあるもので、便利な道具であった。部屋がくらければ、魔法の明かりで照らし、料理も魔法で行い、森にいる魔物達も魔法で倒していた。それがなくなった今、喪失感にうなだれていた。
「ほら、早く動きましょ 」
「しかしだ、魔法がなくなった今、何をしたらいいのかとんとわからんのじゃ。」
つい弱音を吐いてしまう。儂は絶大な魔力を持った大魔法使いだった。皆が儂の魔力を羨み、妬み、恐れ、儂を崇めていた。それなのに、魔法が今は全く使えないのだ。
「だらしのないご主人様ですね。普段だったら『がっはっは、何でも儂に任せとけ!』って言って元気いっぱいじゃないですか。あの時の元気はどうしたんですか。」
「しかしじゃ、儂の個性たる魔力が無くなってしまっては・・・・。これではただの口汚い爺ではないか」
「はぁ。ほら、しゃきっとしてくださいよ。私も精一杯お助けしますから。そうですね、ご主人様、魔力が無くなったならどうやったら魔力を取り戻せるか考えたらいいじゃないですか。」
ルディが優しく語りかける。普段よりゆっくりとした口調だ。
「魔力を取り戻す?」
はっとして儂はうつむいた顔を上げる。猫のルディが儂を見つめていた。
「そうですよ。ご主人様は賢いお方です。一度はこの世界最強の魔法使いとなられたお方ではないですか。失われた魔力を取り戻すことくらいご主人様なら簡単にできるはずです。きっとそうです。私は信じてますよ。」
確かにルディの言うとおりだ。こんなところで縮こまって、くよくよしている場合じゃない。魔力の回復方法を調べなくては。
よし、やるぞ。
儂はすっくと立ち上がる。
「今から儂は図書室に籠もり、魔力の回復方法について調べる。邪魔をするでないぞ」
「了解しました。ご主人様。魔力の回復方法が見つかるといいですね。」
部屋をでるときに見えたルディは満面の笑顔だった。
儂は図書室に向かった。城の図書室には魔法の研究に用いるために大量の魔術書を収蔵していた。自身が研究のために書いた本もあれば、今は無くなったお師匠様から頂いた魔術書、いにしえの高名な魔術師が書いたと言われる魔術書など様々。なにか魔力回復の方法について手がかりが見つかるかもしれない。
儂は図書室のドアを開けて、部屋に入る。部屋には本棚が所狭しと並び、すべての本棚にはぎっしりと魔術書や技術書が収められていた。
「さてと、どれに書いてあるだろうか。」
ざっと本のタイトルを眺めていく。
『魔術基礎』、『魔力の効率的な扱い』、『魔力増幅の行い方』・・・・
この辺ではないな。それではこっちはどうだ。
『魔道具の作り方』、『魔道具の作り方(応用編)』『魔道具に適した魔石』、『魔石の精製方法』・・・・・
この辺は魔道具についてか。こっちでもない。
『大規模術式』、『殲滅魔法』、『広域魔法』・・・・
一時期、大規模魔術について研究していたなぁ。昔のことについて思い出してしまう。おっと、早く魔力回復の方法を調べなければ。
『回復魔術』、『失った四肢を再生させる方法』、『毒消し魔法』・・・・・
回復魔術についてか。今欲しいのは、肉体の損失を回復させるのではなく、魔力の回復方法なのだがなぁ。
儂は、一日中図書室にこもって、魔力回復の方法を調べまくった。しかしながら、魔力回復について記載された本は全く無かった。
全くの徒労にしょんぼりといしながら図書室をでる。
寝室に戻るとルディが出迎えてくれた。
「ご主人様、どうでしたか・・・・・その様子だと、見つからなかったようですね。」
「そう気を落とさないでください。そうだ。紅茶でも飲んで休憩しましょう。」
ルディが魔法で器用にお茶の葉やポットを宙に浮かべて、お茶の準備をし出す。なかなかの魔法の扱いである。使っている魔力は最小に、繊細な操作でお茶を淹れていく。
儂は部屋の真ん中に置かれたイスに腰掛けて、ルディがお茶を入れる様子を見ていた。さすが儂の使い魔だと感心する一方、自分にはもうこんなことも出来ないんだという悲しみも感じた。
「どうぞ。」
ティーカップに入った紅茶が運ばれてきて、儂の机の上に置かれた。
「ああ、ありがとう。」
儂は紅茶に手を伸ばす。うん、うまい。座ってゆっくりと紅茶をすすっているとだんだんと気分が落ち着いきた。
「ところでルディ、今の儂は何歳ぐらいに見えるかの。」
ルディに問いかける。
「私は猫なので、いまいち人間の年齢はわからないのですが。」
そう断ってから、ルディは儂をじっと見つめる。
「10歳か12歳位でしょうか。かなり幼く見えますね。」
(ふーむ12歳くらいか。)
イスから立ち上がり、姿見の前に移動する。鏡に映った儂は、雪のように白く、手足は小枝のように細い華奢な少年だった。普段から部屋に引きこもっていたせいだろう。顔立ちは大きな瞳に、つややかな黒い髪と何とも愛嬌がある。これはなかなかの美少年なのではないかと我ながら思ってしまう。
それにしても困った。小さい頃から魔法の才能を開花させていた儂にとっては、魔法が使えないというのは死活問題だ。魔法のない生活をこれから過ごさなければならないと思うと気分が憂鬱になってくる。魔法のない生活。これからやっていくことができるだろうか。
若返りの副作用が魔力の消失とは予想外であった。魔力の消失が一時的なものなのか、それとも永久的に消失してしまったのか。一時的なものであれば、良いのだが・・・・。とりあえずは、現状魔力のない子供の姿で生きていかなければならない。
現在儂が暮らしている場所は魔物が住む森の中にある古城。一人静かに生活したいと住んでいたが、魔力のない今、ここに住み続けるのは危険すぎた。現状、城の外に張った結界のお陰で魔物は城の中に入ってこれないが、結界に込められた魔力が切れると、結界は消失し魔物がこの城に入ってくるだろう。
「ルディ、近くの村まで行こうと思ったらどれくらいかかる?」
「近くの村ですか。たしか、一番近くの村だと歩いて半日といったところでしょうか。ご主人様の今の姿なら、もっと時間がかかるかもしれません。」
ルディが答える。
「王都に向かおうと思う。王都にある王立図書館ならば、魔力の回復方法もわかるかもしれん。そのために近くの村に向かう必要がある。ルディ、村に行くまでの準備してくれるか」
「了解しました。それでは失礼します。」
ルディは魔法を使って部屋のドアを開ける。そして振り返って
「ご主人様、準備してまいります。ご主人様はごゆっくりとおくつろぎください。」
「ルディ、そういえばお前は魔法が使えるのだな。儂は使えなのに。」
儂は口をへの字に曲げて文句をいう。どうしても魔法の使えない今、目の前で魔法をぽんぽんと使われる状況に意地悪を言ってしまう。
「幸いなことにそのようですね。私はもともと生まれ持った魔力があるので、ご主人様が魔力を喪失しても魔法を使えるようです。」
「くそ、恨めしいのお」
「そんなこと言わないでください。私の魔力だとちょっとしたものを浮かせたり、あとは自分の姿を変化させることくらいですよ。普段だとご主人様からの魔力もお借りすることができたので、もっといろいろとできたのですが、それがないので私も苦労しているのですよ。」
「ふん、それでも魔法が使えることに代わりはないわい。儂なんて一切魔法を使うことができないのだぞ。第一、魔法の使い方を教えてやったのは・・・・・」
儂はつらつらと更に文句をいう。ルディは仕方のない人だというように肩をすくめると、ぺこりと一礼して部屋を出て行った。
「あ、こら、儂の話はまだ終わっていないぞ。・・・・くそ、ルディめ。魔力が回復したら懲らしめてやる」
ルディが去ったあとに部屋を見回す。
「さてと。」
普段生活している部屋だが、子供の体のせいで視点が低く、何でも物が大きく見える。部屋にはベッドや、机、大きな鏡、チェストなどといった普段の生活に使うものが置かれていた。
ベッドは大きなキングサイズのベッドで部屋の入口から最も遠い壁際に設置されていた。部屋の中央には軽い書物をするための机が置かれいる。己の姿の確認や、遠視の魔法のために使う大きな鏡が部屋の右手に、反対側には4段の引き出しがついたチェストが置かれていた。
儂はチェストに近づいていき、二段目の引き出しを開ける。そこには赤や青、黄色に輝く宝石が収めされていた。これらの宝石は魔石と呼ばれるシロモノだった。宝石としても用いられるが、その特筆すべき性質は、魔石は魔力を貯めることができることだ。。主に魔力を通じて動く魔道具に嵌めたり、魔力の持たない者たちが用いたりしていた。魔法使いにとっても重要なもので、万一魔力が切れた時に魔石から魔力を取り出して魔法を使うことができた。魔法使いは、普段から魔石を持ち歩いて、いざという時に備えるのだ。
チェストの中に収められた魔石には、儂の魔力が込められていた。魔道具の実験や緊急時の保険として、魔石はある程度の数を所有していた。
「もしかして、これなら使えるのではないか。」
魔石の一つを手にとる。魔石からは魔力のうねりが感じ取れた。魔石を握りしめて呪文を唱える。
「杖よ、来い!」
手を伸ばし、壁に立てかけた魔法の杖に対して魔法を放つ。ふわっと魔法の杖は床から浮かび上がり、こちらに飛んできた。魔法の杖は伸ばした手に収まった。
儂は壁のほうを見る。そして、手に収まった杖を見る。
「魔法が使えたぞ。やった。魔法が使えたぞ!」
ガッツポーズをして喜ぶ。
儂自身の魔力は使うことができないが、魔石に貯まっている魔力は使うことができるのか。
儂は若返ったことによって、魔力をためておくことができない体質になってしまったのかな。
うむむ、じっくりと調べなくてはならないな。
とりあえずは魔法が使えたことを喜ぶとしよう。
魔力をためている魔石はいくつあっただろうか。少し探してみるか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ご主人様、村に行く準備ができましたよ。・・・・って、なにをやっているんですか?」
猫の姿に戻ったルディが部屋に帰ってきた。
現在、儂は大量の魔石を床に並べていた。魔石は、2つの山になるように振り分けられていた。片方の山は数十個という魔石でできていたが、もう一方のほうに振り分けられた魔石は十数個とかなり数が少なかった。
「いやな、儂の魔力がなくなってしまったじゃろ。魔力の回復方法もわからんし、どうしようかと悩んでおったんじゃが、試しに魔石を握ってみたら魔法が使えたんじゃよ。これで、王都につくまではなんとかなるかもしれん。」
鼻高々に自慢してやる。
「それは良かったですね。魔石を利用することで魔法が使えましたか。」
ふむふむと頷きながら、ルディが近づいてくる。そして床に並べられた魔石を眺める。
「で、今は魔力のもととなる魔石の選別ですか。」
「うむ、そうなのじゃ。魔法が使えたといっても、魔石に込められた魔力を利用しているだけだからの。魔石に魔力が貯まっていなければ魔法を使うことができない。いまは儂の持っている魔石を集めて、魔力が貯まっている魔石と、カラの魔石を選別しているのじゃ。」
儂の前に並べられた魔石は魔力が貯まった魔石と、空の魔石に分けられていた。
「こっちが魔力の貯まった魔石でしょうか」
数十個と大量に振り分けられた方の魔石のグループを、ルディが前足で指し示す。
「いや、こっちのグループが魔力のこもった魔石じゃ。」
儂は、10個程度の魔石を指し示す。
「・・・・・これだけですか」
ぎろりとルディが睨みつけてくる。
「いやー、儂くらいの魔力になってくると魔石を必要とする場面も少なくての。ついつい魔石に魔力を込めておくことをおろそかにしてしまっての。はっはっは。」
慌てて取り繕う。しかしルディの鋭い眼光は未だに儂を捉えている。
「だが、あれじゃよ。儂の持っている魔石は全て一級品じゃ。魔石に込められる魔力量も相当なものじゃよ。魔力が貯まっている魔石は十数個かもしれんが、それだけでもかなり魔法をあつことができるのじゃよ。」
「まあ、いいでしょう。ご主人様が適当な人だっていうのは知ってましたから。」
ため息をつきながら、ルディは視線をそらす。ふう、怖かった。
「で、ご主人様、旅の準備はできましたけど、今から出発しますか。」
「そうじゃなぁ。この体にもまだ慣れておらんしのう。今日一日はゆっくりと休むことにして、明日の朝一番にこの城を出ることにしようかの。もう外は暗いしの。」
窓から外の景色を見る。魔力の回復方法を調べるために一日中図書館にこもっていたせいで、すでに日が暮れてしまっている。
「わかりました。明日の朝出発ですね。今日はごゆっくりとお休みください。明日の朝起こしに来ますから。」
ルディはそう言うと部屋を出て行った。
(儂も今日は早く寝ることするか。寝る子は育つというしの。)