第10話:図書館
宮廷魔術師ヴァイオラにつれられて、儂とルディは王城の中の図書館にやってきた。書棚が所せましと並べられ本がぎっしりと詰められていた。古い本の匂いだろうか、少しカビたような匂いがした。
図書館の入り口にはカウンターが置かれており、一人の男が座っていた。でっぷりと太っていて、額に脂汗が浮かんだ男だった。
「やあ、アルスター卿」
ヴァイオラが声をかける。卿ということは貴族の一人なのだろう。
「ヴァイオラ様、ようこそいらっしゃいました」
アルスター卿は立ち上がってヴァイオラを出迎える。
「今日はこの子の付き添いできたんだよ。今日からこの図書館に通うことになるからよろしくやってくれ」
「わかりました」とアルスター卿は頭を下げた。
「アルバートの弟子、ジョンと申します。これからよろしくお願いします」
「アルバート……、そうですか」
アルスター卿はアルバートの名前を聞いた一瞬顔をしかめた。儂に何か思う所があるのだろうか。
「それでジョンくん、今日は何を調べに来たのかな」
アルスター卿は一瞬顔をしかめたのが嘘のように、にこやかな表情をして儂に訪ねてきた。
「魔術について調べに来たのです」
「それじゃあ、魔術書が置いてある場所に案内しよう」
アルスター卿はカウンターからでてきた。カウンターから出てくるとき、大きなおなかが引っかかって窮屈そうだった。
「おっと、その前に、その黒猫は図書館に入れないでもらえるかな。ここには貴重な書籍が沢山収蔵されているから汚されると困るんだ」
アルスター卿はルディを見て注意する。
「ルディ、悪いが外で待っといてくれるか」
儂はルディに囁く。ルディはニャーっと一声鳴いた。
「それじゃ、私もこれで退散しようかと思う。アルバート卿、案内は頼んだよ」とヴァイオラが言った。
「はい、ありがとうございました」儂はヴァイオラに頭を下げる。
ヴァイオラは肩をすくめると図書館を出て行った。
「それじゃ、ジョンくん行こうか」
アルスター卿はこっちだと手招きしてくる。何処にどんな本が収納されているのか知っているのだろう、アルスター卿は大きなおなかをポヨンポヨンと揺らしながらも、足取りは迷いなく進んでいく。
「魔術書の棚はここからアソコまでだよ。あっちがわは主に攻撃魔術について、こっちがわは回復魔術についての本が多いはず。一応は分けているつもりだが、なにぶんここの本を管理しているものは私を含めて、魔術に疎いものばかりでね。もしかしたら誤った分類がされているかもしれない。その時は許してくれ」
アルスター卿が指し示した書棚は10数個あり、全てに魔術書が入っていた。王国が貴重だとして保管する魔術書たちである。
「案内ありがとうございました。それじゃ、私はこれからここの魔術書を調べようと思います」
儂はペコリと頭を下げる。
「そうかい。頑張ってくれたまえ」
ふうっとアルスター卿はいきを吐くと、回れ右して図書館の入り口に戻っていった。
儂は目の前に並んだ書棚を見つめた。子供の背丈になった儂にとってはとてもとても大きな書棚に見えた。黒い革張りの魔術書や、細かい装飾が施された魔術書、なにやらモヤモヤと不吉なオーラを漂わせている魔術書まである。
この書棚の中から、なくした魔力を回復させる方法を見つけなければならないと思うと辛い。そもそも目的の記述があるかどうかすらわからないのである。無駄におわるのかもしれない。
しかし、このまま魔力をなくしたままの状態はもっと困る。
儂はやるぞっと気合を入れると、手近な書籍を手にとって読み進めた。
――
儂が魔術書を読みふけっていると、図書館の入り口のほうで何やら話し声が聞こえた。誰かがアルスター卿と話しているのだろう。
耳をそばだてていると、何者かがガシャガシャと音を鳴らしながら、書棚の間を通ってこちらにやってくるのがわかった。
「ここに居られましたか」、とやってきた人物が声を上げた。
調べていた本から顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。短く刈り上げた金髪に青い瞳の青年だった。ピカピカの鎧を着ていて、左手に兜を抱えている。右手には書類が握られていた。
「城門のところで警備をしていたデレクです」
青年は敬礼をしながら言った。なるほど、先ほどの警備の騎士と声が一緒だ。
「ヴァイオラ様から、ジョン殿に城内へ入るための許可証を届けるようにいわれて来ました」
デレクはそういうと右手に持った書類を差し出した。儂はその書類を受け取った。その書類には王宮の図書館に入ることを許可する旨と、王宮魔術師ヴァイオラの署名が入っていた。
「ヴァイオラ様から伝言です。『すまない、渡すのを忘れていた』とのことです」
「あはは」、儂は苦笑いを浮かべる。確かにこの書類がなければ、今後儂一人で城内に入ることが出来ない。
「ジョンさん、ヴァイオラ様からジョンさんが困っている場合には出来るだけ力を貸すようにと言われました。何かあれば私にお申し付けください」
「今の所デレクさんに助けてもらえることはないので大丈夫です」
「……そうですか」
デレクの声のトーンがちょっと暗くなった。何か仕事がしたかったのだろうか。真面目な子だなあ。
デレクは儂が魔術書を読んでいる間、ずっと少し離れたところで見守っていた。少し鬱陶しいような気もしたが、本人は真面目に仕事をしているつもりなのだろう。
また一冊調べ終わってしまった。儂は魔術書を書棚に戻す。次にどの本を調べようと思うと見回していると、書棚の一番上に置かれている魔術書が気になった。しかし、今の儂は、子供の体。一番上の書棚には手が届かない。どうしようかと悩んでいると後ろからスッと手が伸びてきた。
「この本ですね」
いつの間にか後ろに立っていたデレクが魔術書をとってくれた。はいどうぞっと言って魔術書を差し出してくる。
「あ、ありがとうござます」
儂は頭を下げて礼をいう。
「いえいえ、こんな事なんて事無いですよ。もっと頼ってくれて良いんですよ!」
デレクはとてもとてもうれしそうに儂の感謝を受け取った。……うん。