ただ、味噌汁が飲みたい
今回は少しグロがあります。
ピピピピ。ピピピピ。さぁ、この音が聞こえたという事は、私は今意識を復活させたという事だ。つまるところ目を開け手を瞬間的に動かし音を止め、この思考に至ったということだ。
「……はぁ、なんで今私、自分を自分で私なんていったんだろう。」
あれ、おかしいな。私は私なのに。…あれ? 何故だ、自分の事を『俺』って言えない。
「あ、今言えた。けど、自分自身に対して俺って言えないみたい。」
はぁ、なんだ私。寝ぼけてんのか。いや、けど今までこんな寝ぼけ方したことないしな。何か自分は自分って認識は持てるけど、口調だけ変わってしまったような変な気分だ。実際のところ、今私が認識している私が『宗道朝雄』なのかは確信が持てない。
「てか、一人称私って結構やばくね。ついに頭イカれたかと思われるぞ。」
私を喋るたび連呼する一般男子高校生をイメージしながら、私は洗面所までてくてくと歩いて行った。なんだか歩きづらく感じた気がするが、寝起きなので考えないことにした。
まぁ、こんな予感はしてたのだけれども。
今私は洗面所にいる。築三十年と私の足りない知識では古いのかそれほどでもないのか分からないこの家の鏡は今日も健全に機能していると思われる。そのほぼすべての光を反射するそいつは、はっきりと真実だけを映し出していた。
長く伸びた黒い髪。まつ毛の長いキリッとした目。整った輪郭。ほどほどに膨らんだ胸。男とは思えない体の形。それらはタンクトップに短パンという俺の服装によってはっきり示されていた。
そう。その姿はまさに、『女』を表しているに違いなかった。
「ははは、これは夢だ。夢に違いない。って、アニメとかラノベとかの奴は言うんだろうな。だがな、私はそんな奴の一員にはなった覚えがないぞ。だからそもそも、この体になったこと自体がおかしすぎる。」
そういって体を動かしてみる。そんなに動きづらいこともないが、何だかやはり違和感がある。予想というか、もしこうだったらって考えてみると、こんなものなのかって感じはあるけど。要するに、何だかもう馴染んできてるってことかな。
「うーん。とりあえずお腹減ったし。朝ごはん食べよ。」
何か特に急いで対処しなきゃいけないこともなさそうだし、今優先すべきはどうにもなってやまない腹の音を止めることだろう。突然のこととはいえ、乙女がお腹を下品に鳴らしていてははしたないというものだ。
今日はお味噌汁を猛烈に食べたいし、早く準備してクッキングを開始しよう。
さて、そうしてリビングについた私。何故だか誰も起きて居なくて、昨日パーティーでもしたのかというぐらい散らかっている。まるで空き巣でも入ったみたいだった。
というのが初見の感想。実際は、恐らくここに入ってきた空き巣が散々リビングを荒らしまわった後、何者かに襲われ血をまき散らして死んでいる、というのがこの部屋の真実だ。いや、まぁ本当かは分からないが。多分そこらへんの事が起きたんだと思う。
まさかそこらにある液体が赤ワインではなく血液で、おっきなクマのぬいぐるみかとおもった物が大柄で血まみれの男だとは思いもしなかった。さすがの私も驚愕したよ。これでは朝食づくりもままならないな。
男は無残にも胴体に一太刀入れられたような大きい切り傷や数々の打撲痕などを残して死んでいた。まだ原型はとどめていて、手には食料を中心としたものが多く詰め込まれた袋を持っていた。この大男は食糧難に陥ったホームレスなのだろうか。まぁ、それにしては健康的な体すぎるし、服装も血以外をみれば綺麗なものだ。この男が何故盗みを働いたいのかは定かではない。
まぁ一つだけ確かなことはある。それはこの男を殺した犯人の正体だ。これだけならば、私は今、はっきりとわかる。こんにち、現代日本社会には銃刀法という法があり、特別な許可がなければ刀や銃の保持は許されていない。だからこの男に付けられた残酷な切り傷はそこらの包丁ではつけることはできない。だから犯人は刀を持ち使える、もしくは刀に似た何かを持っているものだ。そして、今その条件に当てはまるものが一ついる。そう、その何者かとは————
大男の前にいる、血まみれの刀を持った、私ではない女だった。
「あ、おはようご主人様。何か空き巣入ってきたからやっちゃった。てへぺろ。」
「いや、てへぺろとかどうでもいいから。」
とりあえず今は、ただ、味噌汁が飲みたい。
「あ、じゃあ私つくりますよ。得意なんです、豆腐の味噌汁。」
「あ、まじ? じゃあよろしく。で、食べ終わったら自己紹介してね。」
「はーい! 了解しましたー!」
ある日曜日の、朝のできごとだった。
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