二階二号室 過去→→→現在
二階二号室住人紹介
鳴下千尋・・・女の子が好きな二十四歳。好きな女の子のタイプは小動物系。好きな女には、冬篭りのために、どんぐりとか集めてて欲しいと思ってる、ワリとダメな人。
矢千坂弥栄子・・・恋愛に対する理想があまりない十九歳。とりあえず付き合ってみてから色々考えるタイプ。ただ女に対する趣味ははっきりしていて、パック牛乳を直飲みする女とかが好き。
「ちんちんって、何のためについてると思う?」
バイト先の先輩と初めて飲みに行った日。
その時選んだ居酒屋は十一時には店を閉めて、二軒目、彼女の自宅に誘われたときにも、特に何も考えずに頷いていた。
舞い上がっていたのかもしれない。
鳴下千尋は、文句なしの美人だった。ちんちくりんの私とは違くて、背が高く、あまり笑わない目の鋭い人だ。長い髪を投げやりな金色に染め、いつも美味しくなさそうにショートホープを吸っている。このショッポ私にとってかなり高ポイント。
すらりとしたモデル体型のワリに、ヤンキー雑誌に載ってそうな雰囲気を纏わせ、そのくせ面倒見が良かったりするもんだから、バイト先の男の子は勿論、女の子たちにもかなり人気があった。
そのミーハーの中に私もいたわけで。
「今日一緒飲み行こうか?」
バイト終わりに、そう誘われたときにも、一も二も無く承諾していた。
「聞いてる? ヤヤコ」
彼女は私のことをヤヤコと呼んだ。
矢千坂弥栄子。縮めてヤヤコ。
ラベルがスペイン語の、細長い瓶のお酒が乗ったテーブルの向こう側。真顔で尋ねてくる千尋さんに、私の言葉は濁った。
「や、どうでしょう」
目を伏せると、くぐもった声になる。
「……」
千尋さんは無言。
いや、だってちんちんだよ。ランランとかカンカンとはワケが違うんだよ。続くとしたらオブ・ジョイトイだよ。……それにしてもジョイトイって何?
「こういう質問には即答してくれないと」
そんな事できる人イヤです。
不満そうに千尋さんは言うし、今更少女ぶる気も毛頭ないが、ちんちんに対して即答できるほど明確な考えのある女の子は、流石にどうかと思う。
まごついている私に、千尋さんが簡潔に発表してくれる。
「正解はセックスのためです」
「いや、流石にそのためだけに付いてるってコトは…」
淡白なワリに断言的な正解発表に思わずそう答えたものの、よくよく考えれば、体の部分でマルチな活動をしているのは、口と手くらいしか浮かんでこない。
……とは言うモノの。
「じゃあ、他にどんな事に使ってる?」
と、聞かれれば、何か別の答えを探してしまうのが人情ってもので。
「……排泄行為」
「無くてもできる」
「えと、じゃあ、武器になる」
「歴史上どこにもいないから、そんな武将」
「持ってるとなんか落ち着く」
「そうそうJK必須のアイテムだよね……聞いたことねーよ」
この間、全て真顔で返され、私も口を閉じる。
千尋さんの据わった目はお酒で血走っていて、無表情でも十分恐ろしい。
「…セックスのために付いてるのかも」
無言の圧力に屈した私は、静かに頷いた。よくよく考えてみれば、あんなモノにそこまでして庇い立てする義理もないし。
これまでのいろいろがよぎって、何となく納得しかけてもいた私は、顔を上げて千尋さんの方を見た。
「それは、いわゆる教訓とかそういったもんですか?」
私の言葉に千尋さんは首を振る。
「ううん、言い訳」
言い訳?
千尋さんは膝歩きでテーブルを回ってこちらへとやってくる。
おお、顔ちっせ。じゃなくて。
「ち、近くないですか?」
私の問いかけは無視され、キュッと両の手を握られる。
「男女の恋愛には、生き物としてどうしようもない下心があると思うんだ」
生真面目な口調で、そんな事を言ってくる。……えと、目がマジ過ぎるんですけど。
「は、はあ」
「自分の遺伝子を保存するためだけに男と女は恋をする、とまでは言わないけど、男女の恋愛は心と体でするモノだと思う。その点…」
ゆっくりと顎から頬を撫でられる。愛おしそうに私の髪を梳きながら、体温が過ぎっていった。
「女同士なら心だけで恋愛が出来る」
「は、はい?」
「少なくとも、その確証がある」
「え、えと、女同士じゃ子供が出来ないことがですか?」
千尋さんはコクリと子供みたいに頷いたあと、私の正面にきちんと正座した。つられて、私も正座。
ダルビッシュの球がぶつかるみたいなもの凄い力で、両肩をつかまれる。
「ぶっちゃけ、私、ヤヤコが好きなの」
私の目を見ながら、千尋さんがぶっちゃけた。
酔いは完全に醒めているのに、目の前がグルグルしだした。歪む視界の中、冗談の入り込む余地のない真剣な眼差しが私を射抜いている。
「そ、それは、それじゃあ、千尋さんはいわゆる干しぶど…」
「それレーズン」
何とか入り込んだ。
「あー、今年もスキーの季節が…」
「シーズン」
「八景島…」
「シーパラダイス……シーの方が残っちゃってるし」
すっとぼけを一々拾われて、逃げ道が無くなる。
いや、逃げ道がないって。じゃあ、ほんとに、千尋さんは…レ…。
そこまで思ったとき、千尋さんの手に力がこもり、私は腰を支点に上体を九十度後ろに移動。ぼすんと背中にベッドの感触を感じた時には、千尋さんの顔がますます近くなっていた。
「…嫌だったら、拒んで」
声には抑揚が無く、ただ零れる吐息は少し乱れていて。投げ出された私の手の中に滑り込んできた彼女の掌は、信じられないくらいに熱い。
「え、の、イヤ、あの、んむ? むー?!」
靄のかかった正体のわからない言葉は、空気に触れることなく、彼女の唇に吸い込まれていった。
「……ん……ふ……」
触れている部分から、スーと千尋さんの熱の引いていくのがわかる。
ああ、なんだ、私の体温が上がってるんだ、と、現実におっつかない頭でぼんやりと考えた。
千尋さんの唇は、柔らかくて、少しかさかさしていて、私にも負けないくらいに熱かった。
時間の感覚が無くなって、チラチラ見える天井はダリの作品みたいにどろどろで。唇がくっついたり離れたり、舌が入ってきたりれろれろされたり。
お互いの意識が曖昧に混じりあい始めたとき、ぴちゅっと名残惜しそうな音を立てて、唇が離れていった。
「…はあ……」
熱っぽい目で私を見てくる千尋さん。長かったキスに呼吸は荒い。
私は、自分の様子を気にする余裕も無く、
「……さ、さんぐらふ…め−か…………」
「……それ、レイバン」
くだらねー冗談を言うのが精一杯だった。