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第0話 四丁目解放区

 何本かの電車を乗り継いで、蛙鳥あとり駅という小さな駅についたのは、十三時を少し過ぎた頃だった。

 駅から出て首を廻らせると、車が既に待っていた。

 ロータリー内のバス停に沿うようにして、黒いRAV4が停まっている。

 稲森いなもり良助りょうすけは、顔を輝かせてそちらへと走りよって行った。

「リョウ!」

 ウインドーがゆっくりと下がって出てきた顔に、良助は微笑みかける。

「悠にぃ」

 顔を寄せると、太い腕が伸びてきてがっちりと首を決められた。

「この、でっかくなりやがって」

「わ、嘘だよ、一年しかたってないのに」

 わしゃわしゃと頭を撫でられてから、助手席をしめされる。

「男子三日会わざれば、だ、一年ありゃ十分だろ。ほら、とっとと乗れよ」

「うん」

 ボサボサになった髪のまま、良助は助手席へと回って、車に乗り込んだ。

「飯は?」

「電車の中で食べた。お弁当美味しかったよ」

「そりゃ良かった」

「この車どうしたの?」

「仕事で必要だから買ったんだよ。親父に借金して。月二万ずつの返済」

 運転席の川島かわしま悠翔ゆうとは、わざとらしく顔を顰めて見せると、小さくクラクションを叩いた。

 プッというラッパの音が、主人の内心を現すように不満げな音で鳴った。



 ロータリーを出て、国道を走り始めてから十分、車内の時間は世間話に費やされていた。

「皆は元気か?」

「元気だよ。あ、でもタカトが来月園を出るから、アキとかミミが寂しがってるけど」

「あいつらタカトに懐いてたからな……で、先生たちは?」

 良助はにんまり笑って、悠翔の顔を窺う。

花先生なら(・・・・・)元気だよ」

「な、おりゃぁ別に…」

 あからさまに動揺してみせる悠翔に、予想通りの手応えを感じて良助は嬉しくなる。

「悠にぃによろしくってさ」

「マジでかっ!」

「ちょっと前!」

「うわっと」

 悠翔がハンドルを切って、目の前に迫った車の尻を慌ててかわす。

 良助がこちらを振り向いた悠翔の顔を両手で挟んで、目線を無理矢理前に戻したおかげで、事なきを得た。

 その惰性のまま右車線に車体が移動していって、いったん停止する。

「ふぃ〜間一髪」

「こんなタイミングで死んじゃうなんてごめんだよ」

 信号は赤くなっていた。

「悪い悪い。てかお前がそんな事言うからだなあ…」

「だって頼まれたんだも〜ん」

 しれっと答えた良助の頭を小突いて、悠翔はステアリングに顎を乗せた。

 懐を探って、煙草と一緒に一枚の小さなメモ用紙を取り出した。

「それにしても、良く先生たちが許したな。お前の事引き取りたいって人居たんだろ?」

 悠翔が、咥えたその一本に火を寄せて、美味しそうに煙を吸い込む。

「うん。でも、長門さんたちはいい人たちだったけど、今更親だなんて思えないよ」

 良助はポケットから一枚の写真を取り出した。

 動物園の虎の檻の前で、今より小さな良助と一緒に、一組の中年の男女が微笑んでいる。

 今回の良助の決断を、最後まで惜しんでくれた人たちだ。

「にしたって、唯一の父親の手がかりが、よりによってここかよ」

「悠にぃ知ってるの?」

 信号が青になって車が発進した。

 車の流れが多く、道路の途中で車が止まったところで、メモが渡される。

 そこには住所が書かれていた。

 Y県 S市 蛙鳥あとり町 四丁目。

 名義は堂島宅となっていた。

「そこな、ここらじゃ結構有名な所なんだよ。なんか昔の下宿屋みたいなところで、親父が言うには、光熱費と食費以外、家賃すら取らねえんだとさ」

 右折信号が点って、再び車が動き出す。

 体に横向きにGがかかり、直ぐにウィンカーの音が消えた。

「え、でも、そんなトコだったら、たくさん人が集まるんじゃないの?」

「それが、不思議とそうはならないらしい。一人入っちゃ一人出て、一人出ちゃどっかからまた一人やってくるって具合だ。ま、よっぽど事情がない限りそんなトコ敬遠したくなるってのもあるだろうな。とにかく得体が知れないんだ」

 子供に怪談を語って聞かせるような声で言われて、良助は少し不安になった。

 この決断は間違っていたのだろうか。

 もう一度ポケットから写真を取り出そうとして、何とか思いとどまる。

「そういう所も含めてな……」

 気づけば、車窓にはどこまでも続いていそうな塀が映っていた。

 ここまで、駅からの道順は良助の頭には残っていない。

 時間はおよそ三十分くらいが経っているだろうか。

 塀に平行して車が停まる。

 シートベルトをはずして、悠翔が車外へと降りた。

 慌てて、良助も扉を開ける。

 降り立った地面で見た光景にあんぐりと口が開いた。

「このでっけえお屋敷の事を、ここいらのヤツは…」

 高く長い塀の隙間。

 鉄扉の開かれた大口に寄りかかるようにしながら、悠翔はペッと煙草を吐き捨てた。

「四丁目の解放区って呼んでんだよ」

 煙草を踏みにじった悠翔の向こう側に、思わず東京ドームを引き合いに出したくなるような広大な敷地が広がっている。

「四丁目……解放区」

 遠くに巨大な建物の姿を捉えながら、良助は口の中でそう呟いていた。

一応本編です。

今回の登場人物たちの内何人か、宮座頭数騎さんに頂いた名前を使わせていただいております。

宮座頭さん本当にありがとうございます。

これからはもう少しちゃんとします。

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