三階七号室 小心者の内心 コンビニ編
三階七号室住人紹介
烏森口修吾・・・身長百八十六センチの小心者。超高層内弁慶。その胸の内をぶちまけられるのは、同居している敦にだけ。自称エリート銀行員。
鳴下敦・・・売れない漫画家。細かい事にこだわらない性格で性癖も多分そう。修吾と暮らせてる理由はちょっと謎。
コンビニの燃えるゴミのゴミ箱には、大別して二つの種類がある。
一つは、アホみたいに常に大口を開けているもの。
そして、もう一つが、この、口に内開きの蓋のついたものだ。
こいつが厄介なのは、この蓋を押さなければゴミを捨てられないという事だ。
この何の汁だか分からない汁まみれの蓋をだ。
この蓋と、ゴミ箱の素材は恐らく同じ物。
そして、これを利用する人間は手にごみを持ち、ごみで蓋を押しつつ口をあけるヤツが多いと思う。
だから、この蓋はいつも何の汁だか分からない汁まみれなんだが。
ここで一つ疑問が生まれる。
それなら、この蓋のいつも俺たちを見ている方。
こいつは、ゴミ箱の内側、つまり最も汚い部分と同じ状態だってことじゃないのか?
しかも、恐らくそのゴミの最もフレッシュな時に、一番早く接触するのがこの蓋の表部分だろう。
それならいっそ、蓋を外開きにして、其処に取っ手でも付けてくれた方が、よほど衛生的に思える。
内に開く、「押す、入れるタイプ」ではなく。外に開く、「掴む、開ける、入れる、閉じるタイプ」の方が。
確かに行程は二つも増えてしまう。
しかし、これからコンビニに入るにしろ、これからコンビニから帰るにしろ、さあ、いまから新しい商品を触るぞという時に、このゴミ箱を利用し、あまりふさわしくない手の状態になってしまうよりは、百倍もマシだろう。
と、まあここまで語らせてもらったわけだが。
こんな所で大騒ぎするのでは、いかにも素人くさい。
俺の手には、この間このコンビニで買った商品のゴミが、一袋に纏められて握られている。
コンビニのゴミ箱に家庭用のゴミを捨てる事は許されていないが、これはまさしくこのコンビニで生まれたゴミだ。
いわばサケの遡上。
ヤンキーが母校に帰るのと一緒だ。
一緒にすると色んな人に怒られそうだが、気にしない。
そして蓋問題。
俺くらいになると、こんな問題は簡単に解決してしまう。
例え、内に開く「押す、入れるタイプ」でもだ。
俺はおもむろにポッケから、ポケットティッシュを取り出す。
そこから、三枚ほどティッシュを抜き出し、ゴミを持ったほうの手の甲、つまり右手の甲にその三枚をあてがった。
プロテクト完了だ。
これで、このティッシュ部分を内蓋に当て、ゴミを投下すると同時に素早く手を引き抜けば、ゴミ箱のベロにも当たらず、ティッシュも自然にゴミ箱の中に入っていくと言う寸法だ。
確かにこの無垢なティッシュ三枚は犠牲になるが、目的のためには手段は選べない。
恐ろしいまでのマキャベリズム。
さあ、実行だ。
ティッシュを手の甲に乗せ、内蓋にあてがう。その隙にゴミを投下し、素早く、手を抜けば。
「完璧…………なっ」
何故、蓋にティッシュが張り付いている!?
何故だ、俺の計画は完璧なはずだ。
何かティッシュが内蓋に張り付くような理由があるはずだが……そうか、分かった。
犯人はこのなんかの汁だ。
蓋についたこの茶色いなにかの(恐らくコーヒー)汁に、べったりとティッシュがついてしまっている。
誰かがゴミを分別せずに捨てた結果がこれだ。
くっ、触りたくはないが仕方がない。
大部分は直ぐに取れたが、汁の流れに添って、薄っすらとまだティッシュが張り付いている。
しょうがない、使いたくは無かったが、ウェットティッシュを使うしかあるまい。
鞄からウェットティッシュを取り出し、蓋を拭く。
どうせならピカピカにしておいてやろう。
俺は蓋の汚れ部分は勿論、ゴミ箱の純粋な口部分の縁も綺麗にふき取ると、使ったウェットティッシュをゴミ箱の上に待機させ、新しく取り出した一枚で、自分の手を拭く。
この、ゴミになってしまったウェットティッシュはどうするかって?
簡単だ。
今や、生まれたて同然に綺麗になった蓋を素手で押し、ゆっくりと捨ててやれば良い。
これぞ完璧、いや、一石二鳥というヤツだ。
俺はポケットティッシュを鞄に入れながら、優雅にコンビニの扉をくぐった。
別の連載の事で悪いんですが、「ヒーローの条件」多分来週までには書き終わります。
待っててくださった方々本当にすみませんでした。