ちょんまげ国の憂鬱 または宣戦布告
昔々、めったに人の通らないような山の上に、ちょんまげ国というところがあったそうな。
この国の者どもは、気位が高かったのじゃ。
昔、この村は五百万石を超えるような大きな国じゃったそうな。その頃には、偉大な領主さまがおってな、民を皆食わせておった。昔はそれこそ麓の村々も治めておったそうじゃ。じゃが、その領主さまが死んでからというもの、どんどん寂れてしまってな。ちょんまげ国は三万石程度の小さな国になってしもうた。その国に残った民も、山にすがりつくようにして生きておった。そんな境遇ゆえじゃろうか、国の者どもは気位ばかり高くて、他の国の者どもを「軽薄で流行りものばかり追いかける」と馬鹿にする、それはそれは鼻持ちならない連中になってしもうたのじゃと。
そんな国じゃ。当然ほかの国の者どもも相手などするわけがないわい。そのうち人の行き来もなくなって、どことも付き合わない変な国になったのじゃ。鎖国をしたわけじゃないのじゃ。どこの国にも嫌われて、皆から放っておかれているだけじゃ。けれど、当のちょんまげ国の連中ときたら、本当は寂しいくせに「あんな馬鹿どもと付き合う必要がなくなってせいせいしたわい」などと言い合っておるのだから始末に悪いわな。
されど、そんなちょんまげ国に嫌気がさした若者がおった。その若者は、どこの国とも付き合わぬせいで新しい作物を育てることもできないちょんまげ国のざまに怒り狂うたのじゃ。「このままでは国が亡ぶ。麓の国の新しい作物をちょんまげ国の畑で試すべきだ」。そう決めた若者は、麓に降りて、三日で育ち、三日は人の腹を膨らますという作物「伽羅九多阿」を持ち帰ってきたのじゃ。
じゃが――、その若者は、ちょんまげ国の貴族たちに牢屋に入れられたのじゃ。
貴族たちは口々に言ったそうな。
「麓の汚い作物など我らちょんまげ国には不要である」
「そのような軽薄な作物、我らちょんまげ国で根付くと思うか」
「我らちょんまげ国には、かつての領主さまの農学書がある。その『伽羅九多阿』なる作物は、一切その農学書に記載がないゆえ、採用などできん」
しかし、若者は反論しました。この作物は、かつて干ばつを起こしかけていた下界を救った作物であること、これを導入した死にかけた国が復活したこと……。
しかし、貴族たちは若者の願いを容れることはなかった。若者は、十年間牢に入れられることとなったのじゃ。
若者が牢に入って二年目のこと。ちょんまげ国に変化があった。
下界から、突如として人々がやってきたのじゃ。しかも、伽羅九多阿の苗と、国に移り住んでもよいという仲間を連れて。その親分は、ちょんまげ国の貴族たちにこう言った。
「見たところ、この国には耕していない畑があるように見受けられる。わたしたちに貸してはくれないだろうか」
貴族たちは、勝手にしろとばかりに許可した。どうせ何も変わりはしない。そう思っておったのじゃろうなあ。
じゃが、新たな移住者たちは違ったのじゃ。親分が指揮を執り、ちょんまげ国に『伽羅九多阿』を植え豊かに栄えさせた。おかげで、ちょんまげ国は一時百万石を超えるような大国に返り咲いたのじゃ。
それに仰天し、恐れたのが貴族どもじゃ。彼らが恐れたのはその親分ではなかった。ちょんまげ国の文化が、国土が、しきたりが、根こそぎ変えられてしまう。それを恐れたのじゃ。じゃが、自らの国が一番と思っておるちょんまげ国の貴族たちにとって、外のやり方に変わってしまうこと自体が屈辱だったのじゃ。そこで貴族たちは変なことを始めたのじゃった。
表向きは、新しくやってきた者どもと仲良くした。じゃが、自分たちのしきたりに染まらない新しい住民たちをちくちくといじめはじめたのじゃ。『これはちょんまげ国のしきたりにない』、『田舎者はそんな常識も知らぬのか』、『伽羅九多阿を食べる連中は低俗じゃからのう』。中には居ついたものもおったじゃろうが、多くは下界に帰ってしもうた。親分も、そんなちょんまげ国に嫌気がさしたのじゃろうか、『わしは三年に一度しか作物を作らん』とすねてしもうた。そのせいで、ちょんまげ国は三年に一度だけ、その親分が作る『伽羅九多阿』を食べにやってくる人々でごった返し、栽培しない年には閑散となる、不思議な国となったのじゃった。
それから数年後のことじゃった。
『伽羅九多阿』を下界から持ち込んだ罪で牢に入っておった若者が、ある貴族の死に伴う恩赦で表に出られることになった。
おりしも時は、幾度目かの伽羅九多阿の栽培の年じゃった。伽羅九多阿が国中の畑に植えられているのを見た若者は、その場に屈みこんで泣いた。ワンワン泣いた。
「俺がやろうとしていたことが、先にやられているではないか。貴族どもめ、俺が牢に入っている間に結局伽羅九多阿を栽培し始めたのか」
じゃが、やがて若者は事情を知ることになったのじゃ。伽羅九多阿を取り入れてもなお、頑迷にそんなものがあることを認めようとしない貴族どものことを。そして、数年ぶりに国を見て回るうち、生粋のちょんまげ国の国民たちも隠れて伽羅九多阿を食べておるのを何度も見た。
そこで、若者は決めた。
また、この国に伽羅九多阿を植えてみようと。
若者がこの国唯一の伽羅九多阿農家となって、数年が経ったときのことじゃ。
ある日、こんなことを言う農家のおっさんとぶつかったのじゃ。
「伽羅九多阿なんぞ邪道。わしのつくる耳朶居行賞を見よ」
耳朶居行賞というのは、昔からちょんまげ国で食われておった作物で、苦くて中身がスッカスカな割に、腹を満たすことができるという不思議な作物じゃ。どうやら、これを食べておるという満足感で胸がいっぱいになって腹が満たされた気になるという噂があるのじゃが、そのあたりは分からん。
若者は、はあ、そうですか、と相槌を打ったのじゃ。
じゃが、その農家のおっさんは胸を張って若者の伽羅九多阿を叱ったんじゃ。
「伽羅九多阿は食べ口が軽くてしかも軽薄だ、それに比べてわしの作った耳朶居行賞は、噛めば噛むほど滋味の広がる奥深い味じゃ。わしはこれでこのちょんまげ国を制覇するんじゃ。最近の若いもんはこんな軽薄なものを作りおって。まるで戦略というものを持ち合わせておらぬな」
ああそうかい、と若者は思ったが、あえて喧嘩を売ってくるおっさんに腹が立ったのも事実じゃった。若者はこう言い返したのじゃ。
「たかだか三万石の国の中で踏ん反り返ったってしょうがないではありませんか。俺がやろうとしているのは、おいしい作物を作って、出来るだけちょんまげ国に人を呼ぶことなのです。ご存知かと思いますけど、耳朶居行賞は他の国ではまずくて食えぬ、あんなもの豚の餌にもならぬって笑われているのですよ」
「ふん、それは下界の馬鹿どもがこの作物の良さが分からぬからだ」
「ご存知ですか。今、下界ではちょんまげ国の土を持って帰って伽羅九多阿を作っておる農家がおるそうです。ちょんまげ国の土は、ある種の風味があるそうです。このままでは、下界の連中に土だけ持って行かれて、我らちょんまげ国が消滅してしまうやもしれませぬ」
「そんなもの知るか。そんなもの、わしがいい耳朶居行賞をたくさん作って売ればそれで解決するわい」
こりゃだめだ。若者は頭を振って話を打ち切ったのじゃ。
こんな、戦略も何もないオッサンと話してこちらの戦略を開陳してもしょうがない。そう言い聞かせたのじゃ。かくして若者は、昨日も、今日も、そして明日も、伽羅九多阿を作っておるのじゃ。
む? この話のオチ、かえ?
そんなこと言ってものう。この話はまだ続いておるのじゃ。
ちょんまげ国はまだ国としての体を為しておるし、貴族はふんぞり返っておる。伽羅九多阿を持ち込んだ親分も三年に一度作物を作っておるし、耳朶居行賞を作っておる農家のおっさんも存命だわい。そして、伽羅九多阿の可能性を信じて、ずっと作り続けておる、ちょんまげ国の若者も今日も息をしておるわ。
え? なぜその若者は、ちょんまげ国から逃げ出さないのか、と?
さあのう。知らん。
じゃが、たぶん、好きなんではないかなあ。自分の生まれ育った、ちょんまげ国のことが。だからこそ昨日も今日も明日も、馬鹿にされながら新しい作物をちょんまげ国で作っておるのだと、わしは思うぞい。
実際の出来事などとは一切関係ございません。
また、この話を読んで切実な気持ちに至ったあなた、わたしと同じく憂国の士か、ひどく鬱屈してらっしゃるかのいずれかです。