棺桶の用途は測り知れず
「随分前だが車を壊してしまっただろう?」
髭男が店に入ってくるなりヤンとマキ、カエデに語りはじめた。
「あれはラリーをやっていた頃の車だったんだけどな、俺には子供の頃から乗ってみたい車があったんだ。」
ヤンとマキが無言で髭男のスピーチを聞き、カエデが興味を無くしたようにその場から足を動かす。
「もう直すより買った方がいいと思って憧れの車を買ったんだ。今日が車庫入れの日なんだよねえ。」
髭男は筋肉が切れるんじゃないかと心配になるほど口角を上げてニヤける。
マキは終始興味なさそうな顔をして見ていたが、その横にいたヤンは少し合いの手をいれてやろうと髭男に質問を挟む。
「嬉しそうですねえ、昔の車ですか?何を買ったんです?」
それを聞くと、髭男は待ってました!と言わんばかりに胸を張る。
「フフン・・・それはな、ランボルギーニ・カウンタックって車だよ、俺が子供の頃憧れに憧れたスーパーカーさ!!」
ヤンの顔が髭男とは真逆の感情で引きつる。
「いくらするんですか……それ……。」
「ん?9700万円ぐらいかな。」
9700万と髭男が口から漏らしたのと、カエデの消えた戸口からナイフが飛んできたのはほぼ同時だった。
鋭いナイフが髭男の耳をかすめ柱へ突き刺さる。
髭男は恐怖で白目を剥き、マキとヤンは値段で白目を剥く。
「てんめえ!誰に断ってそんなもん買ったんだ!平和な言い方してるけど大体1億じゃねえか!」
指の隙間にナイフを敷き詰め髭男の胸ぐらを掴むカエデ。
マキはあまりの額の大きさにパニックを起こしたのかレジのお札を一心不乱に数えていた。
揺さぶられて意識の戻った髭男はすぐにスーパーコンピュータ並みの早さで言い訳を考えすぐさま弁明に走る。
「待って!市場から見れば500万ぐらい安いしこの車目当てにお客さん増えるよ!!」
「アホかアホ!9700万あれば業績なんか関係なく生きてけるわ!」
「でも貯金まだ1億ぐらい残ってるよ……」
「たった一億で死ぬまで生きていけると思っとんのかああああぁぁぁぁ!!」
まさに修羅場である。
髭男は恐怖し、カエデは激怒し、マキはレジの違算を調べ、ヤンはアワアワする。この業火は消えそうになかった。
その時だった、迷惑なぐらい大きく地面に響き渡るようなエンジン音がカフェの駐車場にこだました。
4人が窓を見るとそこには黄金に輝くスーパーカーが止まっている。
髭男は先ほどとは打ってかわり、まるで7歳の子供がクリスマスに起きてくるような顔で駐車場にダッシュしていく。
車を持ってきた男には目もくれずドアノブに手をかけガバっと開ける。
……しかし、一番に乗ったのは髭男では無かった。
3倍の体格はあろうかという髭男の体をひょいと投げ飛ばしランボルギーニへ飛び乗るカエデ。
すでにエンジンのかかっていたランボルギーニはカエデの細い足に命令され急発進した。
穏やかな街の昼時に響くエンジン音と悲鳴、それはまるで闘牛に襲われる闘牛士のようだった。
カフェのドアが弱々しく開くとそこには疲れきった表情の髭男。
「死ぬところだった……。」
ヤンは笑いながら
「黙って買うからですよ、よく許してもらえましたね。」
と言う。
「一ヶ月間のハワイ旅行と引き換えになんとか。」
そこにマキが興味しんしんといった顔で出てくる。
「店長お金めっちゃ持ってるんですね!」
「あはは、昔は俺レーサーだったからね。マキちゃんには言ってなかったけ。」
「うーん、聞いた覚えは……忘れましたぁ!とにかくここの店員でずっとやってこうと思いましたー!」
マキの瞳には札束が映っている、髭男は目線を逸して乾いた笑いを受けべていた。
「っていうか、あんなカエデさん初めて見ました、怖かった。」
ヤンの脳裏にはランボルギーニに乗りマジな目で髭男を追い回すカエデが鮮明に焼き付いていた。
「あいつは昔ヤンキーだったからね。」
髭男の衝撃発言にヤンとマキは声を合わあせて
「「え?」」
と言う、それと同時に外から
「あ?」
と聞こえてきた。




