片隅の青春
高校3年になった。俗に言うラストJKというやつだ。
なんとか無事に進級はしたけど、私立で受験ムードがないせいか、友達はみんな片想いだの両想いだのと忙しい。休み時間は少女漫画片手に、この主人公がかっこいいんだとか、このシーンがもどかしいんだとか。私には、どうも納得のいかない話ばっかり。そもそも久しぶりに会った幼馴染が揃いも揃ってイケメンになってるなんてまずない話だし、同級生とひとつ屋根の下の生活?挙句の果てには男性恐怖症を克服するために男子校に入学?漫画じゃあるまいし…ああ、漫画なのか。どっちにしろ、女子高生が遅刻遅刻って言いながら食パン咥えて走ってるくらいあり得なくないかって思うんだけど。ハッピーエンドなんて、そう簡単にやってくるものじゃない。
6限目終了のチャイムが鳴り響き。クラスメートたちは部活にバイトに忙しくて、寄り道すんなよ~なんて言って手を振る背中にうるさい!!と返事をして、重たいバッグを持ち直す。
将来のこととか、大学のこととか、そろそろ考え始める時期だ。小さい頃は何となく幼稚園の先生だとか花屋さんだとか、当時憧れてたものにただ夢を馳せていたけど、今振り返ってみれば、案外自分に与えられた道が狭いことに気づかされる。漠然とした将来への不安とか、形になりきってない希望とか。そんなものばっかりな18歳の毎日。
階段を駆け降りていつものように図書室に行けば、今日もけだるそうな瞳と目が合う。
「今日は何?」
さも、興味がない、早く帰らせろという風に目を細めるあいつの目の前に、これ見よがしにドサリとノートの束を置く。
「数学だけって言ってたじゃん。」
「うん。」
「何。どう見ても英語だろ、これ。」
「うん。予定変更です。」
「知らねぇよ。ってか、こんなのもわかんねぇの、お前。馬鹿なの。」
隣の椅子を引けば、手に持っていた分厚い本を鞄にしまって呆れたようにこっちに向き直る。センター試験対策単語2000。表紙の堅苦しい文字に、思わず顔をしかめた。
「こんなもんさー、適当に書けばいいじゃん、適当に。」
「その適当っていうのがわかってりゃ、頼んでませんから。」
言い出しっぺは、私の方。数学がわからない(本当)、このままだと留年する(大げさ)、英語が赤点(嘘)だのと、何かにつけてそう言っては放課後呼び出した。対するあいつも「面倒くさい」「お腹空いた」「眠い」「雨降りそうだから帰りたい」だのと考え付くだけの文句を言いつつも付き合ってくれた。言い出したのは自分のくせに、いざ向き合うとやっぱり気まずくて。でも、そんなぎこちない時間がいつの間にか日常に変わっていくのは、あっという間だった。
あいつと私は、幼馴染。もう10年くらいの付き合いになるのかな。小学生になり、それから中学生になり、気づいたら高校生になり。背と態度ばっかり大きくなって、たいした成長もせずにいつの間にか高3になった。仲の良い友達でしかなかったのに、年月が経つにつれて、自分の知らないあいつがいること、その知らないあいつを知ってる誰かがいることに戸惑うようになった、なんて言うのは、私のエゴなんだろうか。
何かが狂い始めたのは、いきなりあいつが受験する、なんて言い出してから。愛読書がギャグ漫画から参考書に変わったこと、学校での居眠りが増えたこと。それは少しずつ、でも着実にあいつと私の世界が変わっていくことを物語っていた。忘れるなら諦めるなら今のうちだって、頭ではわかってるんだけどさ。まだちゃんと理解できてないんだよ、あいにく馬鹿なもんで。ごめんね。
だから。
放課後の図書室の、すみっこの席。そこが、私の青春の全てだった。
本に囲まれて、静かで、時折日の光が差し込んだりして。昼間の目まぐるしく時間が過ぎていく空間とはまた違う、本当の青春のような。そんな気がしてた。
付き合ってもないし、両想いですらない。休日遊びに行くとか、一緒に帰るとか、そんなのでもない。笑っちゃうくらいお粗末で単調な、でもそれが私のちっぽけな青春の全てだった。少女漫画にでもすれば、片隅の1コマにすら残らないような、そんな一瞬が私の薄っぺらい青春の1ページだった。
最終下校時刻間際、名残惜しそうな太陽に見送られて、学校を出る。
「こっちだから。」
正門の左側を指差してそう言ったあいつに、ああ、うん、と曖昧に頷く。
「じゃ、また明日。」
そう言ってさっさと遠ざかっていく背中を、またお礼言い忘れたじゃんか、と恨みがましく睨みつけて、逆方向の道を歩き始める。また明日、か。あとどのくらい明日が続くだろう。
このままいけば、大学では離ればなれになる。今だって、別に毎日会えてるとか、そんなんじゃないけど。冬が来て、春になったら、もう学校中どこを探してもあのけだるそうな瞳には会えないっていう、ただそれだけのことが、どうしようもなくさびしいんだ。
ばーか、受験なんて、失敗しちゃえばいいのに。
なんて、そんなこと、絶対に言えないけれど。
そうすれば、春もまた一緒にいられるのに。
1人で呟いたそれは、暗くなり始めた空と騒がしい人込みに消えていった。
「またね」の後に隠した「さびしい」も。届かなかった「ありがとう」も。あと1歩がどうしても踏み出せないんだよな。無理矢理押し込めて、自分に言い聞かせてなかったことにした言葉たちは、いったいどこに消えていってしまうんだろう。
交差点の赤信号の向こうに沈んでいく太陽を眺めて、またひとつ今日が終わっちゃった、なんて思いながら、そんなことを考えた。
もしこれが、フィクションの少女漫画だとしたら。きっと主人公は、諦めなければ夢は叶う!!なんて、どっかのテニスプレイヤーみたいなことを言ってるうちに、いつの間にかハッピーエンドってなってるところなんだろうけど。
残念ながら、世界はそんなキラキラしたものだけで成り立ってるわけじゃないから。
どこかに私のハッピーエンドとやらがあるのなら、そろそろ迎えに行ってみようか。
変わりそうにない信号機に背を向けて、さっき歩いてきたこの道を、駆け出した。
「ねえ、待って!」
振り向いたあいつと、目が合った。けだるそうな、いつもの瞳。
ああ、また私の青春に1ページ増えそうだ、なんて、頭の片隅でそう思った。
青春って何なんでしょうね。
今好きなもの、今夢中になってるもの。時が流れていくうちに、いつかある境界線を通ったら、それは”過去”になってしまう。あっという間に過ぎて行って、その時は、今が青春だ!!なんてはっきりとはわからなくて、でも振り返ってみれば確かにそこにあったもの、なんでしょうかね。
学校で所属している文芸サークルの、文化祭配布用冊子のために書いた作品です。