「――どうしてこんなことになったんだろう」
――どうしてこんなことになったんだろう。
ぼーっとしながら僕は考えていた。
僕は今、薄暗い牢屋につながれている。
汚くてジメジメしていて、それでいてちょっとくさい。
鉄格子の外には槍を持った屈強な兵士が立っている。
――どうしてこんなことになったんだろう。
僕の格好は白のシャツに黒色のズボン、そして茶色のエプロンをつけている。
だがどれもところどころ汚れている。ああ、洗濯するのが面倒だなぁ。落ちないんだぞ、泥汚れって。
なんて、場違いなことを考えていたら、兵士が牢屋のかぎを開けた。
「出ろ」
「…………」
いやそーな目線を兵士に向ける。
だけども兵士はそんなのには目もくれない。「逆らったらどうなるか、わかってるよな?」といったような目をこちらに向けてくる。
……まぁ、口答えしたらすっごい勢いでかったい棒で叩いてくるから、出るしかないんだよね。あれまだ青あざができてて痛いんだぞ……。
牢屋から出された僕は目隠しをされる。
そのまま何か手錠みたいなのをつけられて歩かせられるのだ。
兵士も、そして僕も無言で歩く。
だけどもこのままじゃ終わらない。いや、終わらせられないのだ。
(1……2……3……)
何回か曲がった時、ちょうど風が吹く。
――ここだ!
僕は兵士の足音がするところを思いっきり蹴飛ばす。
「ぎゃっ!?」
不意打ちだったからか、兵士は思いっきりこけたのだろう。ガシャン、と鉄が床に落ちる音がした。
そのまま僕は風のあるところへと走る!
きっとそこが出口! ひゃっほう! これで晴れて自由の身だ!
なんて思っていたら腰あたりに強い衝撃が。
それから頭からまっさかさまに落ちる感覚。
――まさか。
ああ、どうか目隠しが外れませんように、なんて思っていたら。
目隠しがぽろり、と外れてしまった。
まっさかさまに月が見える。さらには、何もかもが上に見える。
「……ってぇ、ひょっとして落ちてるのかよぉおおおおおおおおおおお!!!」
そして僕の意識が最後に聞いた音は。
だぼん、という水に落ちる音だった。
※――――
まず、どうしてこうなったのか。
その理由は僕にもわからない。ただ覚えていることは自分が「司書」だってこと。
「司書」っていうのは……まぁ、本に詳しい人物のことと思ってくれればいい。
んで、兵士とか牢屋とか物騒なことを言っていたけど、あれは本当にお城だったようだ。
当てもなくふらふらと歩いていたらまさかその王様のお城の庭に入ってたらしくて、しかも見つけられた瞬間に槍を突き付けられてそのまま牢屋にガシャン、と閉じ込められた。
どうなっちゃうのだろうと考えていると、毎晩(だと思う。空気がひんやりと冷たかったし、何より月が出ていた)変な一室に閉じ込められて、妙な本を読まされていた。
何語で書かれているかわからなかったけど、その本は読むことができた。
でも書かれてあったのはおぞましい化け物が挿絵のページばっかり!
……なんなんだろうね。どろどろとした粘液状のオバケとか、棍棒を持った人間っぽいのとか。
ああいうのを無理やり読まされた。
読まなかったら人を棒切れで叩くのだ! ひどい! 人権はどうした人権は!
言葉は一応通じたのが幸いだった。ま、通じても返事がなかったんだけどね……。
たとえば、
「あの……ここってどこなんですかね?」
「今日はいい天気ですね」
「ここってどこなんですかね?」
「おなかがすいたんですけど……」
「これ以外の本はないんですか?」
と聞いてみたりしたんだが、ぜーんぶ無言で切り返された。
うう、心が死にそうだよ。
こんな生活まっぴらだ! と思って僕は脱走計画をたてた。
毎度毎度連れ出されるときに目隠しをされて、手錠もされる。
しかし、何回か曲がったところになると、風がよく吹くところがある。
――それこそ出口に違いない!
それから僕は、その風が吹く部分を必死に覚えた。
何回右に曲がるか、左に曲がるかを必死に覚えて、それから僕は奇跡の大脱走を果たしたわけだ! 自由って素晴らしい!
……まぁでも、それから先を考えてなかったんだよなぁ。
まさかほんとにお城とは思わなかったし。下に堀とかなかったら僕は首の骨をごしゃり、と折って死んでいただろう。考えただけでも怖いぞ、それは。
しかも僕は泳げない。
世間一般的にいうのであれば「カナヅチ」ってやつだ。
ああ……僕は死んじゃうのかな。
短い人生だったなぁ……。
用語解説
○《司書》
図書館における専門的な職員の事。