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君が目覚めるその時に  作者: トウリン
SS集

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35/38

修学旅行にて

ちなみに、彼女が通っているのは、修学旅行は2年生で行く高校です。

「わたし、ちょっと電話かけてくるね」

 キラの通う高校は、規則は緩いものの一応進学校で、三年生になったら受験にどっぷり浸かることになる。だから二年生のうちに修学旅行が組み込まれていた。

 その初日の夜の宿泊先は、旅館だ。

 八畳ほどの和室に、ちょっと窮屈だけれども四組の布団が敷かれている。

 夜の九時半を過ぎた頃からチラチラと時計を見ていたキラは、十時まであと十分となったところでいそいそと立ち上がった。

「電話って……あれ? さっきしてなかったっけ?」

 布団の上に寝そべって京都のガイドブックをめくっていた桃子とうこが、いぶかしげな眼差しで見上げてくる。

「えっと……あれは……」

 口ごもったキラに、桃子はすぐにピンときたらしい。

「あらぁ、ごゆっくりぃ」

 にやにやしながらそう言われると、キラの頬が熱くなってくる。

「すぐ戻ってくるから」

「いいのよ、先生が点呼に来たら適当にごまかしといてあげるわ」

「そんなの必要ないし!」

 キラがムキになるほど、桃子の目は楽し気に輝きを増す。

「はいはい、遅くなるからさっさと行ってきなさいよ」

 片手を振り振り送り出そうとする桃子に、キラは口を開きかけて、やめる。

 たぶん、反応するほど彼女を楽しませてしまうのだ。そう悟ったから、それ以上何か言うのはやめておいた。

「じゃあ、行ってくるから。……ほんとに、すぐ帰ってくるんだからね」

 キラはそう残して部屋を出て、人が来なそうなところを探す。

(あそこならいいかな)

 彼女が目を付けたのは、階段の下の狭苦しい空間だ。少し奥の方に行けば、キラの背丈なら頭もつっかえずに済む。

 キラはそこに納まって一度深呼吸をする。電話を両手で持ち、登録してある番号を慎重に押した。

 コールが一回、二回……三回。

「はい」

 耳の間近で響いたその低い声に、キラは束の間心臓が止まったような気がした。

 彼と電話で話すことは今までにも何回もあったけれど、環境が違うせいだろうか、なんだかいつもよりもドキドキする。

「キラなのだろう? どうかしたのか?」

 すぐに返事ができなかったキラに、不審げな呼びかけが続いた。

 その声を聴いているとなんだか彼の眉間に寄ったしわが頭の中に浮かんできて、キラは思わず小さな笑い声を漏らしてしまう。

「キラ?」

「すみません、何でもないです。先生、今だいじょうぶでしたか?」

 ちょっと声を潜めて、訊いてみた。この時間、いつも清一郎はまだ仕事をしていることが多い。

 うっかりしていたけれど、もしかしたら、邪魔をしてしまったかもしれない。

「もっと遅い方がいいと思ったんですけど、消灯時間があって……」

 言い訳混じりでそう説明するキラを、淡々とした声が遮る。

「いや、君からの電話を待っていた」

 ――淡々としていて、その内容がキラの頭に染み渡るのが少し遅れた。

「そうですか……って、……え?」

 つい、電話を耳から離してまじまじと見つめてしまう。

「キラ?」

「い、いえ、なんでもないです。そうですか、待っていて、くださったんですか」

 確かに旅行中は毎日電話をすることを約束させられたから、清一郎が待っていても変なことではないのだけれど、はっきりそう言われると、何となくドギマギしてしまう。

(別に、先生は主治医として言ってるだけなんだから)

 深読みしてはいけないと自分に言い聞かせつつ、キラは電話を握り直した。

 そんな彼女の心の中を知ってか知らずか――まず間違いなく知らないのだろうが――清一郎は相変わらず冷静そのものの声で言う。

「で、どうなんだ?」

 これはもちろん、キラの身体についての質問だろう。

「あ、はい、元気です」

 明るい声でそう答えた彼女に、沈黙が返ってくる。

「……先生?」

「僕は、旅行がどうだったか、と訊いたのだが?」

「――はい?」

 一瞬彼が何を言っているのか解からず思い切りいぶかし気な声で切り返してしまったキラに、清一郎はいつもと変わらない口調で続ける。

「僕が訊いているのは身体のことじゃない。君が今日何をして、どう感じたかを訊いたんだ」

「え……っと、え?」

 てっきり心臓に問題ないか訊くために電話をするように言われたのだと思っていたから、想定外の質問をされても即座には答えられない。

 と、電話の向こうから小さなため息が聞こえた。

「君の身体のことは心配していない。手術は完璧だったし、この半年の経過観察で不整脈も出ていないだろう? 単に、君が旅行を楽しんでいるかどうかを訊きたかったんだ」

 それは、つまり、至極『個人的』な関心で。

 言葉のないキラの耳に、囁きのようにも聴こえる清一郎の声が注がれる。

「僕は君に楽しんで欲しい。君が楽しんでいると思うと、僕も嬉しい」

「そ、うですか。……はい、楽しいです、すごく」

 そしてうれしいです、とキラは心の中で付け足した。

 なんだか、清一郎と、『主治医と患者』ではなく、もっと普通のありふれた関係で話せているような気がする。

 ふわふわした気持ちでいるキラに、清一郎が続ける。

「楽しんでいるのは何よりだが、出先では色々な奴がいるからな、気をつけろよ」

「はい?」

「他の学校の生徒だとか……いや、同じ高校の生徒もそうか。旅先だと浮かれるからな。ろくに知らないような奴に声をかけられてもついていかないように」

 ――これは、どう捉えたらいいのだろう。

 まるで、お菓子に釣られて変質者についていかないように注意される子どものようだ。

(パパですらこんなこと言わないよ……)

 浮上した気持ちが一気に降下する。

「単独行動はしないように――どうした?」

 電話越しでも声には出していない彼女の変化が伝わったかのように、清一郎が少し声を低めて訊いてきた。

「何でもないですよ。だいじょうぶ、知らない人にはついていきません」

「……何を怒っているんだ?」

 こういうことには、すぐに気づくのに。

(先生の鈍感)

 胸のうちでそう呟いて、キラは答える。

「別に、怒ってません」

「……そうか?」

 疑わし気な清一郎の声。

(ああ、もう)

 ふいに、何の脈絡もなく、やっぱりこの人が好きなんだ、という想いがこみ上げてくる。

 たとえ、鈍感でキラの気持ちには全然気づいていなくて彼女のことを患者か知り合いの子どものようにしか思っていない相手でも。

(仕方ないよね、好きなものは好きなんだから)

 やめようと思ってやめられるものでもない。

「そろそろ点呼の先生が見回りに来る頃だから、もう戻らないと」

「ああ、そうか。初日だし、不慣れなことで疲れただろう。ゆっくり休むように」

 これは、『先生』としての言葉。

「明日もこのくらいの時間か?」

 これは、『先生』としてじゃない、言葉……?

 判らないまま、キラは電話を耳に押し当て、うなずく。

「はい、たぶん」

「なら、待っている。……お休み」

 ありふれたその一言が、耳の中に優しく残る。

「おやすみなさい」

 少しかすれてしまった声でそう返して、キラは通話を切った。


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