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君が目覚めるその時に  作者: トウリン
本編

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19/38

永遠に残るモノ-2

「ここか?」

 出し物の看板がでかでかと掲げられた教室の前に立って、清一郎せいいちろうは彼の腕の中にいるキラに問い掛けた。

「ここです」

 彼女は答え、人形のようにコクンと頷く。

 キラの体力温存の為に抱き上げた時は彼女も動揺していたが、校門をくぐり、校内に入ってからは、その動揺も吹き飛んだようだった。伏せていた顔はいつの間にか上げられ、目や耳に入るもの全てに圧倒されているのが、はっきりと伝わってくる。

「これは、一応喫茶店なのか」

「はい、喫茶店をやるとは、聞いてます」

 また、キラが頷く。


 彼女のクラスの出し物がごくごく普通の喫茶店でないのは、説明されずとも判る。扉が外された入口から垣間見える『店内』の様子は、異様だった。清一郎にはそこがまるで異次元のようにも思える。

(僕が高校の時も、こんなだったか?)

 彼が高校の時と言えばかれこれ二十年ほど昔のことだ。あまり覚えていないが、ここまで突飛ではなかったような気がする。確かに、彼が学生だった頃も模擬店で喫茶店をやっていたクラスもあったが、間違いない、こんなではなかった。

 と、二人がそこに到着してからほとんど間を置かずに、教室の中から一人の少女が飛び出してくる。海にキラを迎えに行った時に見かけた、面会にもよく来ている少女だ。

「あ、桃子とうこ――」

「ホントに来たぁ! すっごい嬉しい」

 キラを床に下ろしてやると、すかさず少女が彼女に抱き付いてくる。

「えっと、桃子、その格好って……」

「あ、これ?」

 キラの言葉に少女は身体を離すと、胸を張ってニッコリと笑顔になった。そして、ごくごく普通のことであるかのように、答える。

「ルーンファンタジーのエリカなの」

「はい?」

 キラはキョトンとしている。清一郎には少女の返答が何の事だかさっぱりわからなかったのだが、それはキラも同じだったようだ。


 桃子と呼ばれたキラの友人の恰好は、奇抜だった。もっとも、教室の中で忙しそうに立ち働いている生徒たちは皆そうなのだが。

 室内には、普段の授業で使っている机や椅子が間隔を置いて配置されている。それらには白いクロスがかけられていて、それなりの雰囲気を醸し出していた。そして、その間を給仕して回っている『店員』と言えば――

「あの、ね、桃子。クラスの出し物って、喫茶店なんだよね?」

 困惑しきった顔でそう問い掛けたキラに、少女は深々と頷いた。

「そ。コスプレ喫茶。店員がしている格好の中でやってみたいのがあったら、お客さんもできるの。まあ、サイズは限られてるけど」

「こすぷれ、喫茶……」


 コスプレとは、要は仮装なわけだ。だから、室内には妙な姿の生徒が溢れているわけなのだろうが――呟いたキラが詳細を聞いていなかったのだろうということは、その表情から伝わってきた。

「発案者はこいつなんだけどよ。知ってるだろ、こいつのコスプレ狂い。賛成したのは半数だったんだけどさ、委員長の職権乱用で、ほぼ強行」

 目を丸くしているキラにそう笑いかけてきたのは、同じく珍妙な衣装を身に着けた少年だ。清一郎は滅多に映画を観ないが、時折コマーシャルに出てくる洋画の登場人物が、こんな恰好をしていたりするのではなかろうか。

 状況に馴染めずにいる彼の横で、話は進んでいく。


「『狂い』って何よ。コスプレは日本の大事な文化の一つよ」

「ああ、はいはい。まあ、実際すごいよ」

 ふくれた少女を少年が手慣れた様子でいなす。そうして、感心したような、呆れたような顔をキラに向けた。

「ほとんど、こいつのストックからなんだぜ?」

「え、桃子ってばこんなに作ってたの?」

 キラが目を丸くして教室内を覗き込んで声をあげた。彼女も、友人の趣味自体は承知していたらしい。少女の方はと言えば、得意げに満面の笑みを浮かべている。

「まあね。今回新しく作ったのもあるけど、標準サイズのはだいたいあたしのコレクション」

「でも、男物もあるよね?」

 首をかしげたキラに、少年が渋い顔をした。その隣で、少女がにんまりと笑う。

「隆に着せてるの」

「ああ……」

 どうやら、少年は少女の言いなりらしい。


 ばつが悪そうな顔をしていた彼は、清一郎の視線に気付いたのか、小さく会釈をする。その姿をまじまじと見つめて、改めてキラが首を捻った。

「で、今井君、は――何?」

たかしは同じくルーンファンタジーのフリッツ王子」

 問いに答えたのは、少女の方だった。

「エリカにフリッツ? 統一性のないネーミングだな」

 得意げに説明するキラの友人に、思わず清一郎はそう呟いてしまう。途端、彼のことなどまるきり眼中にないようだった彼女が、クルリと振り向いた。

「いいんですよ、エリカは異世界に飛ばされちゃった日本人なんですから。そこでフリッツ王子と会って、下等な異世界人め! とか蔑まれ、何よこの傲慢王子! とか腹を立てながら次第に互いに惹かれ合っていくんです。彼だってエリカに一目惚れだったのにプライドが邪魔して――」

「桃子、もういいから。先生、引いてるよ」

 目にハートを浮かべる勢いで滔々と語る彼女を現実に引き戻してくれたのは、今井と呼ばれた少年だ。

「前に海でお会いしましたよね。オレは今井隆と言います。こいつは木下桃子で」

 言われて、清一郎も思い出した。そういえば、少女二人を守ろうと、睨み付けてきた少年だ。

「僕は瀧清一郎たき せいいちろう――彼女が入院している病院の医者だ」

「海の時は失礼しました。誰かが迎えに来るなんて聞いていなかったんで、警戒してしまって」


 少々エキセントリックな木下桃子に対して、彼はいたって常識人らしい。随分前のことを几帳面に謝る今井に、清一郎は「気にするな」と小さくかぶりを振った。

 そんな彼に、今井の肩から力が抜ける。

 どうやら木下桃子という少女とこの少年はかなり親しいようだが、彼の方がずいぶん苦労しそうだと清一郎は気の毒に思った。その心の声が届いたのか、今井隆は小さな苦笑いを浮かべる。

 仕方ないです、というふうに。

 確かに、仕方がないのだろう。大事に想う相手の望みは、可能な限り叶えてやりたくなるものなのだろうから。


 男二人の無言のやり取りをよそに、木下桃子がキラの手を握りながらはしゃいだ声をあげる。

「ねぇ、キラにも衣装、用意してあるんだけど」

 キラの方は不意打ちだったらしく、まさにハトが豆鉄砲を食らったような顔になった。

「え? わたし?」

「そう! あたしが腕によりをかけて作ったんだ」

 言いながら、戸惑うキラには構わず木下桃子は彼女の腕を掴んで教室の中へと入っていく。

「みんな、キラが来たよ! 例の物を!」

 神話の中の清楚な乙女もかくやという恰好をしているというのに、パンパンと手を叩きそう声をかけるその姿はまるでやり手婆のようだった。

 少女の合図に、待ってましたとばかりに三人ほどの少女が群がってくる。彼女たちはみな、和洋折衷古今東西どころかどこの民族衣装としても見かけたことのない装束を身にまとっていた。中には、SF映画にでも出てきそうな格好の少女もいる。


「え? え?」

「いいから、いいから」

 自分を取り囲む少女たちをおたおたと見回すキラは、あれよあれよという間に連れ去られる。

 彼女たちが向かっているのは、廊下とは反対側にあるベランダの方だ。ベランダに出る引き戸は二つあり、それぞれ、出てすぐの所に衝立が置かれ、外からも中からも見えないようになっているらしい。

「先生。瀧先生」

 若干呆気に取られてキラ達を見送っていた清一郎だったが、呼びかけられて横を向いた。木下桃子は、彼を頭のてっぺんからつま先まで、舐めるように視線を上下させる。

「うん、いけそう」

 何が? と問うより先に、何か嫌な予感がして彼は眉間に皺を寄せた。

 そんな清一郎に、木下桃子はニッコリと笑いかけてくる。

「キラを、もっと喜ばせたくないですか?」

 そうできれば何よりだが、その時彼の頭の中で不穏な警戒音が鳴り響き、素直にうなずくことができなかった。


「それは、まあ……」

 一見無邪気な満面の笑みを見下ろしながら清一郎は曖昧に答える。と、彼女はすかさず身を翻し、教室の後方にあるロッカーをごそごそと探り、また戻ってきた。

「では、これを」

 そう言って、少女はそれを彼に押し付けてきた。

「……何だ?」

「先生の分です。キラから先生と来るって聞いたんで、作っておいたんです。目測ですが、多分サイズはいけてるかと。あたし、見ただけでだいたい判るんで」

 何を、とは訊かずとも判った。

「僕は――」

 断りを口に出そうとした清一郎の機先を制して、木下桃子が説き始める。

「あの子、こういうのに参加するのって、初めてらしいんですよね。『お客さま』じゃなくて、ちゃんと『クラスの一員』として、参加させてあげたくないですか? ウェイトレスは無理ですけど、先生が協力してくださるなら、キラにも役割を当ててあるんです」


 清一郎は、手の中のモノに目を落とす。

「キラ、きっと喜びます。今日来られるってだけで夢みたいだって言ってたんですよ。先生がちょっと手伝ってあげたら、もう、最ッ高の思い出ができると思うんですよねぇ」

 ……手にしているモノが、ずっしりと重くなってきた。

「あの、瀧先生?」

 呼ばれた方に振り返ると、中世ヨーロッパからタイムトリップしてきたような格好の今井隆が、悟ったような眼差しで彼を見つめていた。

「時間の無駄だから、さっさとやっちゃった方がいいですよ?」

 もう一度木下桃子に目を戻すと、彼女はまたニッコリと笑顔を返してくる。

「キラの、為ですから」

 その一言は、どんなものも敵わない免罪符だ。

 校内に入っただけで羞恥心も忘れて顔を輝かせていたキラの姿が、清一郎の脳裏によみがえる。

「どこで着替えればいいんだ?」

 彼は、ため息混じりにそう問い掛けた。


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