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モエモン  作者: 野生
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(3)

 皆人たちの住むこの桜門さくらがもん町は、豊かな海と山に囲まれてはいるそこそこ都心な町である。そんな町の一角。立派な塀に囲まれ、神崎道場と書かれた看板を立て懸けている道場があることは、この街の住人ならだれもが知るところであった。無駄に尊厳で立派な木門。その勝手口をキーッと開いて、皆人は自分の家に入った。

「ただいまー」

 誰もいない玄関から続く廊下に、皆人の無気力な声が響く。返事は、すぐに帰ってきた。

「あっ、みっちゃん。お帰りなさーーい」

 家で皆人を「みっちゃん」と呼ぶのは、皆人の母、神埼千草ちぐさその人だけだ。

 顔を出さないところを見るに、庭で洗濯ものでも干しているのだろう。

「そうだ。みっちゃーん。今日、みっちゃん宛てに、小包が届いてたわよー」

「小包?」

「みっちゃんのお部屋に置いといたからー」

「んー。ありがと」

 礼を返しながら、皆人はふと小首を傾げた。身に覚えがない、が、そのことに対する皆人の関心はすぐに薄れた。二階への階段を上がり、自分の部屋に着いた皆人はカバンを床に降ろすなり、そのままベッドに倒れ込んだ。うつ伏せから仰向けに寝返りを打つ。

 その際に、勉強用とは別の床に置かれたサイドテーブルの上に、千草の言っていた小包があるのを視界に収めたが、皆人は別段その小包に関心を寄せなかった。

 布団からあふれる太陽の香りが皆人の鼻孔をくすぐる。今日の天気は快晴だ。大方、千草が布団を干したんだろう。

 そんな爽快な天気、心地よい布団があるにもかかわらず、皆人の表情は冴えなかった。

「はぁ。つまんねぇ」

 意識的か、それとも無意識なのか、皆人の口からそんな言葉が漏れた。伽藍洞な自分。変わらない日常、ただ過ぎてゆく時間。空虚な心。冷たい態度。皆人だって、それを望んだわけではない。変わろうとした、変えようとした。興味がないカードゲームにも手を出した。…………イヤ。何を言っても、もう言い訳でしかないだろう。

 前に進むことを、皆人は止めた。ただ、それだけなのだ。

 生きるために必要な知識、それを得るためにだけに過ぎゆく時間。

 そのまま、皆人はどれくらいそうしていたのだろうか。

 朱い夕焼けが窓から差し込み、眠っている皆人を照らす。

「ん、んん……ふぁああ~。ふぅ、ん~」

 まどろみの中で身体を起こす皆人。堅くなった体をほぐし、視線を部屋にある鏡に向けた。鏡に映る自分。別に怒っているわけでもないのに、険呑な眼差しがひどく怖く見える。

 自分で言うのもなんだが、皆人は目付きを除けば容姿が悪い方ではない。しかし、生気の欠片もないそんな自分の姿に皆人は「ケッ」という軽蔑と共に視線を鏡から逸らし、そこでようやく皆人は関心を机に置かれた小包に向けた。

「いったい誰からだ」

 皆人は腕だけを伸ばし、小包を掴み上げる。

「えっと。差出人は…………M・M・M・C(マーシャル・萌え・燃え・コーポレーション)? なんだ、モエモンの会社からか」

 記された差出人の名に、皆人の小包に対する関心が一気に失せた。

 これならば、まだダイレクトメールの方が暇つぶしになるだろう。

 皆人は小包を机に戻し、再び横になろうと…………したが止めた。

「………………」

 違和感、いや、直感とでも言えば良いのだろうか。

 皆人は何かに促されるようにもう一度小包を手に取った。

「ふーん」

 小包の大きさはティッシュケースほどで、改めて持つとひどく軽い。だが、軽く振ってみてカサカサと僅かに音をするところから考えると、全くの空というわけでもなさそうだ。

 皆人は小包の包装を取り払った。予想したのは、何か限定カードの特別配布。だが、それにしては包みが大仰過ぎる。

「何だ?」

 皆人が唸る。包みを取って出てきたのは、真っ白な箱。しかも、この箱には切り込み、すなわち箱を「開ける」という細工がしていないのだ。

「―――ん?」

 何かの悪戯、または手違いかと一瞬考えた皆人だったが、そんな彼の眼に真っ白な箱に書かれた文字が飛び込んできた。

「なになに? 『あなたのメインカードを箱に翳してください』。……なんじゃこりゃ?」

 この箱の送り主がM・M・M・Cであることから考えれば、メインカードとは当然皆人の持つメインカードのことだろう。正直面倒臭くなってきたが、ここで止めるわけにもいかず、皆人はさっき床に置いたカバンからデッキホルダーを取り出した。

「えっと……」

 変に几帳面な皆人は、カードを痛めないように一枚一枚をカードカバーに入れているのだが、メインカードのカードカバーは色を変えてあるのですぐに見つけることが出来た。

「あった」

 白刃の刀を携え、きりっとした袴姿に身を包む凛とした面持ちの女性。萌えを前面に出したメインカードが多い中、どちらかというと正統派なキャラクターである【女侍・伊吹】が皆人のデッキのメインカードだ。

 皆人が【伊吹】のカードを手に取る。ここまでくれば普通の学生なら多少の好奇心を見せるものだろう。しかし、ここにきてもやはり皆人は無表情のままだ。

 そんな皆人が、手に持った【伊吹】のカードをゆっくりと箱に翳した。

 ……が、何も起きない。さすがに、これには皆人も訝しみ眉を寄せた。今度はカードを直に箱に置いてみる。やはり何も起きない。小首を傾げる皆人。

「ああ、そうか」

 今度はカードカバーを外し、もう一度、カードを箱に翳してみた。

「おっ!」

 ビンゴ! 三度目の正直。突然、箱からプシューと空気が漏れだしたかと思うと、何もなかったはずの側面に切れ込みが入り、軽い音と共に箱の上蓋が外れた。

 外れた上蓋を取り、皆人は箱を除きこむ。

「んぅ……」

 そして箱の中に納められたものを見て、皆人は無言のまま指先で頬を掻いた。

 ティッシュケースほどの箱、その中身はびっしりと詰められた真っ白の綿と、その中央にちょこんと置かれた一つの指輪だけだ。その他には、説明書はおろか紙切れ一つ入っていない。指輪自体も何か装飾が施しているわけでもなく、本当に飾りっ気のない銀指輪だ。

 皆人は指輪を指先で摘み上げると、目線の高さにした指輪をジッと眺めた。

 やっぱり、悪戯だったのか。そんな考えが頭をよぎる。

「はぁ……」

 小さなため息が一つ漏れて、部屋の空気に溶ける。別段何かを期待していたわけではないが、あまりに拍子抜けだ。再び陰鬱とした気分になった皆人は、そのままドッと背中をベッド際の壁に預けた。残されたのは、指先に摘み上げられた指輪が一つ。

「指輪……ねぇ」

 指輪の使い方、となれば読んで字の如く指に嵌める以外ない。

 皆人は指輪を左手に持ち直すと、右腕の人差し指の指輪を嵌め込んだ。

「ふ~ん」

 指輪を嵌めた右手を目の前に翳してみる皆人。別に興味があるわけでもないが、あまり装飾品を好まない皆人にとってはちょっと新鮮な感覚だった。

 ビ――――――ッ

「ん?」

 突然部屋に木霊する機械音。皆人が眉を寄せる。

「システム起動。脈拍ヨリ本人認証。試験プログラムヲ始動シマス」

「なんだ?」

 突然機械音を鳴らし震えだす指輪に、皆人が声を上げる。

「システムオールグリーン。プログラム起動、1%……7%……25%……」

「おい、この」

 何か不穏なものを感じ、皆人が指輪を掴む。

「ぬ、抜けねぇ」

 すんなり入ったはずの指輪は、まるで接着したかのように指から抜けなかった。

「57%……70%……89%……」

 唸るように振動し、指輪が輝き出す。光に目が眩み、手で庇を作る皆人。

「90%……95%……97……98……99・9…100%。プログラム起動」

「な、な、なななな!」

 驚く皆人を無視して、指輪の輝きが部屋の全てを包み込んだ。


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