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モエモン  作者: 野生
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第一章(1)

「ふぁーあ」

 連休明けの月曜日。桜も散り、学園へと続く青が映える並木道の通学路を、皆人はだらしなく大あくびを漏らしながら歩いていた。皆人の通う君影学園へと続く長い坂は、彼と同じ学生服を着た生徒たちがまばらに歩いている。

 彼らは皆、青春や部活、恋愛に情熱を燃やしながらこの坂を上っているのだろう。

「ちっ。どいつもこいつも……」

 そんな彼らの光に満ちた目が、皆人にはひどく眩しく、そして鬱陶しかった。他の生徒たちが友達と共に坂を登る中、ずっと空いたままの皆人の隣。結局、学園へと続く坂道を独りで登りきった皆人は、校門に立っていた先生と適当に挨拶を交わすと、そのまま独り静かに玄関で靴を履き替え、自分の教室へと向かった。

 生徒玄関を抜け、階段を上がり、生徒たちが雑談に花を咲かせる廊下を進む。二年三組、それが皆人の教室だ。扉越しに感じる人の気配に、皆人は辟易しながら扉を一気に開けた。

 意表突くクラッカーが鳴り響き、色とりどりのリボンが皆人に降り注ぐ。

「皆人、モエモンバトルアリーナ優勝おめでとーう」

 扉の向こうで待ち構えていたのは、クラッカーを片手に構え、黒板に「優勝おめでとう」と派手に準備した皆人のクラスメートたちだった。熱烈な歓迎。

「…………はぁ」

 対して、当の皆人が漏らしたのは「ウザい」と言わんばかりの溜息だった。

「朝っぱらから、何やってんだ?」

 ボソッと漏らした皆人は、クラスメートの脇をすり抜けると冷静に黒板を消し始めた。

「ちぇっ、これでもダメか」

「あーあ、やっぱりストレートじゃダメだな。今度はもっと変化球で」

「ちょっと、男子。片づけるの手伝いなさいよ」

「「はーい」」

 クラスメートたちがせっせとクラッカーを後片付けを始める。

「今度はどうする?」

「そうだな、いっそパイ投げ何てどうだ」

「あ、いいわねそれ」

 ……タフ&愉快なクラスメートだ。

 一方、黒板を几帳面なほどに綺麗に消した皆人は、そのまま独り静かに着席。

 相変わらず無感情に窓の外を眺める皆人。そんな彼に、一人の男子生徒が近づいてきた。

「やぁ、有名人。世界モエモンランキングベスト10入りおめでとう」

「……東夜とうやか」

 若干眠たげに首を回す皆人の視線の先には、いつも目を開けているのかよくわからない糸目の親友、杉里東夜すぎはら・とうやが人の良さそうな微笑みを浮かべていた。

「でも、表彰式を抜け出すなんて、またムチャしたね」

「興味ねぇんだよ」

「ふーん。っで、どうだった、大会は? 少しは燃えられた?」

「……いや」

 小首を傾げて訊いてくる東夜に、皆人は小さく手を振ってみせた。

「どいつもこいつも、自慢ばっかで五月蠅くて堪んねぇ。馬鹿だろ、あいつら」

「あ、そう」

 短く言葉を区切り、皆人の机に腰掛ける東夜。二人は顔を合わせずに話を再開した。

「じゃ、少しは楽しめた?」

「全っ然」

「んー……。それじゃあ、若葉が『萌える』の方で萌えられた?」

「冗談言ってんのか? 俺がその手の萌えに興味ないのは知ってんだろ」

「ああ、それもそうだったね」

 その言葉を最後に途切れる会話。机にうつ伏せになる皆人は窓の外に、机に腰掛ける東夜は新しい盛り上げ作戦を練るクラスメートたちに視線を流す。二人を包む沈黙。

「ねぇ、皆……」

 再び東夜が口を開いたとき、ドドドドっと廊下の方から物凄い足音が聞こえてきた。

 その足音に、クラスメートたちが教室の時計に目を向ける。

「あ、来た」

「今日は早いわね。遅刻してない」

「あぁー。それなら、多分あれだろ」

 クラスメートたちの視線が、机でうつ伏せになっている皆人に向けられる。

 その視線を背中で感じ「はぁ」っと溜息をつく皆人。

 硝子を壊らんばかりに騒々しく教室の扉が開かれる。そこから小さな影が教室に飛び込んだかと思うと、他のクラスメートには目もくれず、一目散に皆人の机に駆け寄ってきた。

「み~な~と~んっ。モエモン優勝、おっでめと~う」

 満面の笑みを浮かべる、この世の萌えをこよなく愛すオタク娘の名は、栗峰ミ。彼女はトレードマークのツインテールを揺らしながら、全力で皆人の所へと駆け寄って来た。

「おはよ、ミュー。今日は早いね」

「あっ。とうやん、おっは」

 手早く東夜に挨拶を済ませ、ミユはそのまま皆人の足下にすがり付いた。

「おお、みなとん、いや皆人様。お願~い。ミューにモエモンの優勝カードを見せてぇ~」

「うぜぇから離れろ」

 甘い声でねだるミユに、皆人は足を振り払う。

「ああん、もう」

「気色悪りぃ声出すな。って、何勝手に人のカバン漁ってんだ」

「みぃ~つけとぅあっ!」

「こら、まて」

 皆人の手を掻い潜り、ミユは皆人のカバンから抜き出した一枚のカードを両手で掲げ、クルクルと回り始めた。

「わぁー。これが今回の限定カード『女神の接吻』かー」

 ミユの持つカードに描かれているのは、金髪清廉とした女神が傷だらけのヴァルキリアニに口付けをしているイラストだった。

「んんんん~」

 そしてこれを見たミユは、思いっ切り息を貯め……天に向かって叫んだ。

「萌えぇ――――っ!」

「ぐあぁー……。み、耳がぁぁぁ……」

「うおおぉぉぉぉぉおっ。みなとん、コレだよ、コレ」

「うるせぇな。そんな紙きれのどこがいいんだよ?」

「え? みなとん。まさか、コレ見て萌えないの」

「全く。第一、お前らの言う萌えが未だによくわからん」

 半分めんどくさげに皆人がそう言った瞬間、ミユの眼がキュピーンと光った。

「フッフッフ。じゃあ…………、この萌えエンペラー・ミユ様が教えてしんぜよう」

「出たね、ミューの変態エンペラー」

 東夜の悪態もなんのその。ミユは一目散に先ほど皆人がピッカピカにした黒板に駆け寄るとピンクチョークをふんだんに使って「萌えのいろは」を黒板一杯に書き綴った。

「ゴホン。いい? みなとん。『萌え』って言うのは、森羅万象の理、宇宙の真理、つまり、人間の根源の感情なのですよ」

「おい、誰かあの馬鹿止めろ」

「そしてぇぇ。現代萌えの最高峰が、全世界128カ国で遊ばれるカードゲーム『萌え燃えモンスターズ』なのですよ。選りすぐりのクリエーター陣、ハイテク技術の最先端のホログラムによる立体映像。世界に名を連ねる日本の最高の声優陣。動く・しゃべる・答える・戦う・揺れまくるぅぅ。おぉおおぉぉぉー。これで萌えなきゃ、男じゃない」

「おおおぉぉぉぉ、いいぞぉぉぉー。栗峰ぇぇぇぇー。もっと言ぇぇっ!」

「そこ、煽るな。オタク軍団」

「メインキャラ総数361体。魔女っ子にアンドロイド、猫耳にナース、メイドに天使。キャラクターの性格は、カードに組み込まれたICチップにより、それまでに使われたカードによって千差万別の七変化。自分だけのキャラ、イッツ オンリー ワン」

「はーい、写真は後にしてね。ハイそこ、飛び出さない」

「見よ、この清算を度外視したクリエーター魂。さぁ、カードを抜け、デッキを持て。まだ見ぬ相棒が君を待っている」

「おい。だんだん、ただの宣伝になってきてないか?」

「さぁ、今から君も一緒におもちゃ屋さんへ、レッツ・ゴー」

「「レッツ・ゴー」」

カルト集団のように洗脳されるクラスメート。先陣を切って、誰よりも早くおもちゃ屋へ向かおうとした(授業をサボろうとした)ミユ目前の扉が、不意にガラガラっと開いた。

「あら、ミューちゃん。どちらへ?」

 身の毛もよだつ冷笑を浮かべてミユの前に立ちはだかったのは、皆人たちのクラス担任でもあり英語教師の椎名小兎しいな・こと先生だった。

「あっ…………、ウサギ」

「Where are you doing?」

「あ、アイム ゴーイング トゥー オモチャヤサン?」

 発音・アクセント完璧な英語を話す椎名先生に、ミユはぐだぐだな英語で答える。

そんなミユに、椎名先生はグッと親指を立て……ビシッと落とした。

「GO TO HELL」

「マンマ・ミーヤー」

 取り乱すミユに、椎名先生必殺の垂直チョップが落ちる。

「たく……。馬鹿ばっかだ」

「うん。いつも通りだね」

 今日の学校の始まりは、概ねこんなとこだった。


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