プロローグ
「さぁ、全国モエモンバトルアリーナの決勝も、いよいよ大詰めです。勝利の女神はどちらに微笑むのかぁぁー!」
歓喜湧く会場、迸る声援。
それらを一身に受けた二人のデュエリストが、今まさに戦いの最終局面に入った。
「装備マジックカード発動、《サンダーネイル》。キュリア、マスターに攻撃だ」
「はいニャ」
猫耳・猫しっぽを付けたまさにドストレートのモエモン、猫娘のキュリアが鈍い稲光を爪に纏い相手プレイヤーに疾走する。
残りライフはあと僅か。しかし、当のプレイヤーに全く焦る様子はなかった。
「伊吹」
「承知!」
主の言葉に、彼のモエモンが馳せ参じる。長い髪を一房に纏めた袴姿のそのモエモン、伊吹が向かってくるキュリアに対して長刀を構えた。
「来い」
「言われなくても行くにゃ」
飛び上がるキュリア。
「喰うにゃ、サンダークロスネイル」
空中で交差した猫娘の爪で電撃が増幅し、強烈な稲光を放ちながら伊吹へと放たれる。
「なんのっ」
長刀を盾に、キュリアの爪を受ける伊吹。――だが、
「ぐぁぁぁー」
爪から長刀へ流れた雷が、伊吹の身体を駆け巡った。
「くっ……」
身を焼かれ、片膝を着く伊吹。辛うじてライフは残ったがもはや戦う力は残っていない。
「おおっと、コレは強烈。勝負あったかぁぁぁー!?」
「やったにゃー。見て見て、あきぽん」
「ああ、よくやったぞ。キュリア」
キュリアが主人の元に戻り、その足に身体を擦り寄せる。
「ふふ、勝負は決まったかな」
歯を見せて笑うキュリアのプレイヤー。
対して、メインキャラがやられ追い込まれた伊吹のプレイヤーは、全くの無表情だった。
「おい」
「何だ、サレンダー(敗北宣言)でもするのか?」
「ちがう。さっさと、ターンエンド宣言しろ」
口ぶり以上に、プレイヤーの感情は乏しかった。
高校二年の同学年と比べれば、背は高い方だろう。顔立ちも悪くない。髪は短く切り、見苦しくない。目付きは鋭いが、その眼には他のデュエリストのような炎は灯っておらず、どこか別のところを見ている。この大会中、彼は一切感情を見せることはなかった。
「ああ、わるかったな。ターンエンドだ。さぁ、最期のターンだ」
勝利を確信したのか、大げさな動作でエンド宣言するキュリアのプレイヤー。
対して無感情にカードを引いた伊吹のプレイヤーは、つまらなそうに言った。
「俺の……勝ちだ」
「はぁ、何言ってんだ。よく見てみろ。そっちのモエモンはもう虫の息じゃないか。そんな状態で、僕のキュリアに勝てると思ってんのか?」
「あはははは、絶対に無理ニャ」
馬鹿なヤツと笑う相手に、勝利宣言したプレイヤーはただ無表情にゲームを再開した。
「マジックカード《戦場に立つ主君》発動。このカードの効果により、プレイヤーである俺もバトルに参加することができる。その際の攻撃力は、現在の俺のライフポイント及び燃えポイントにより決定する」
「何っ!」
「何だニャ?」
カードの効果により戦場へと足を進める無表情のプレイヤー。
だが、そんな彼の姿を見て、キュリアとそのプレイヤーは大きな笑い声を上げた。
「ぷ、あはははは。なんだ、びっくりさせやがって。そんな攻撃力で、一体何ができる」
「そうだニャ、そうだニャ」
二人が笑うのも無理はないだろう。確かに、戦場へ立った伊吹プレイヤーの攻撃力はキュリアの攻撃力には到底及んではいなかった。
「五月蠅ぇよ。お前ら」
しかし、一枚のカードが、この逆境を吹き飛ばした。
「マジックカード《傷つきし配下》。このカードは自分のモエモンのライフポイントがフィールドで最も低いときにのみ発動できる。このカードの効果により俺のFPは三倍になる」
「何だと」
「さらに、装備カード《草薙剣・月鈴》を俺自身に装備」
「なんだニャ」
「これは驚き、伝家の宝刀必殺コンボ。たった一ターンで戦況がひっくり返ってしまった」
熱の入る実況に会場が一層湧き上がった。その中心に立つ彼だけは、表情一つ変えない。優勝目前だというのに、彼は一切の興奮のないまま、冷静に最期の攻撃を繰り出した。
「テメェの、負けだ」
勝利宣言と共に振り下ろされる斬撃。立体映像が派手な演出と共に爆発し、白煙が立ち上がる。そして次の瞬間。バックビジョンに「WINNER・神埼皆人」の文字が映し出された。
「決着っ。決着っー。大決着――――っ。三日間に及ぶ『モエモン日本大会決勝戦』。参加者3674人のデュエリストの頂点に立ったのは、女侍・伊吹をメインとしつつ自らも戦場に立ち敵を討つ、氷の心を持つマスター。神埼ぃ――――皆人ぉ――――っ!」
もえモンのキャラクターにコスプレした司会者の女性が声高らかに優勝者の名前を叫ぶ。
乱れ飛ぶ声援、歓声、賛辞。それらは次の瞬間、戸惑いとどよめきに変わった。
「あれ?」
誰かに構わずそんな言葉が漏れる。今しがたチャンピオンが決定した対戦席。立体ビジョンの粉塵が晴れると、そこにいたのはキュリアと共にのびている準優勝者だけだった。
「えーっと…………、あれ? 神崎さーん、どこですかー?」
司会者が優勝者の名前を呼ぶが返る返事はない。
会場全体が更に混乱を増す中、薄緑の蛍光灯が発光する非常口の下にその影はあった。
「……はぁ」
小さな呟きを残し、目に炎無きその青年は独り静かに混乱の会場を後にした。