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特殊能力は3つのカテゴリーに分かれている。トリプル、ダブル、シングル。トリプルの能力は全部で88種類。①火・水・土などの自然系が17、②光・善などの回復系が17、③闇・悪などの呪術系が17、④身体の強化・変化などの特殊系が17、⑤念動力・予知・瞬間移動などの超能力系が17。5分類×17=85種類プラス、どれにも属さない特別な能力が3ある。
トリプルはどれも古代からの能力で、現在の能力者が死亡しないかぎり次の者へ能力が引き継がれることはない。世界にひとりだけがその能力を保有することができる。トリプルの特徴は、能力が3段階に変化していくことにある。変化の仕方は能力によってさまざまで、火なら扱える火力が強くなり、瞬間移動なら距離が伸びていく。また、身体強化なら体そのものを別の生物に変化させることもできる。
ダブルは、トリプルの3倍の264種類の能力がある。特徴はトリプルに属さない比較的新しい能力が多く、分類もトリプルほど厳密に区別されておらず、変化も2段階までとなっている。ただダブルは、その名の通り2種類の別々の能力を同時に持つことができる。能力の組み合わせによっては、4倍(2×2)の能力を発揮することもできる。これは場合によっては、トリプルを凌ぐ能力を発揮することを意味する。
シングルは、トリプル、ダブル以外の能力すべてが該当する。能力は無数にあると言われ、他人より単に目がいいというものから、瞬間記憶のように人の能力を高める力がシングルの大半を占めている。能力発動を確認された時点でシングルになるので、気が付かないだけで潜在的に能力を保有している人も少なくない。能力の区別がつきにくく、似たような能力が多いというのがシングルの特徴である。しかし、能力があるというだけでさまざまな恩恵や特権を受けられる能力優位の世界では、人はシングルでもいいからと能力を欲した。
京也の能力ライムタベラートは、シングル仮申請中の能力。能力が認められればシングルとはいえ能力者の仲間入りができる。兄の能力に比べればカスみたいなもだが、京也にとって、これからの人生を180°変える大事な能力だった。
京也はライムタベラートをタブレット端末で調べてみたが、申請中という通り能力の具体的内容や詳細は一切不明だった。ならばどのようなことができるか、京也は自身で試してみることにした。
初めは圭介の瞬間移動の能力に近いもだと考えたが、実際はそうではなかった。「階段」という建物付属物に対してのみ発動される能力で、30階建ビルの階段でも、家の2階へ上がる階段でも到着結果は同じ3秒だった。「3秒でどのような形の階段でも上り降りができる能力」という結論に京也は達した。限定的で中途半端な能力にも思えたが、能力を得たというだけで京也の心は救われた。後は申請が許可されるのを待てばいい。
「技術科1年、滝本京也くん、至急技術準備室までお越し下さい」
校内放送で京也の名が呼ばれた。昨日、チップのインプットをしなかったので、その件で保坂に呼び出されたと、京也はピンときた。早退理由は連絡しておいたので、具体的なインプット日時を知らされるのだと急ぎ赴いた。途中、5階の技術準備室への階段を目にし、申請中とはいえ能力を得たことを思い出し歩みをゆるめた。
のんびりとした気持ちで部屋に入ると、技術準備室には保坂の他に女生徒がいた。魔法学園では目にしたことのない真っ赤な髪をしていた。
「滝本君、もう体調はよくなった?」
「はい」
椅子に腰かけたままの保坂の問いに京也が答えると、隣に立っていた女生徒が、同じく真っ赤な瞳で京也に視線を合わせた。
「滝本君、彼女はマリア・クロッカスさん、ペリウスからの交換留学生。魔法学園の数ある学科から技術科を希望したので私が面倒みることになったというわけ。よろしく」
保坂が話す間もマリアは京也を見続けていた。
「ああ、呼び出した用事と言うのは、チップの件。放課後インプットルームに行って、手続きはしておいたから」
「ありがとうございます」
「用事は以上。教室にもどっていいわ、それからマリアさんを教室までつれていってあげて、それから……」
「まだ、あるのですか?」
「マリアさんが学園に馴染むまで、面倒をみてあげてほしいの」
「僕が?」
「仕方ないでしょう。技術科は男子生徒だけだし、彼女も能力者ではないから」
京也は能力者ではないという保坂の言葉を否定しようとして止めた。申請中だからではない、能力がないコンプレックスは誰よりも理解できた。
「○ × ▽ × △ ○ × □ ×」
「滝本君? マリアさんがあいさつしたのだから何かいってあげたら」
京也はペリウス語が理解できなかった。チップがないので自動言語翻訳機能も働かない。
「先生、ペリウス語が……」
「そうだ! チップがなかったっけ」
ふたりの会話を聞いていたマリアが、タブレットに言葉を吹き込んだ。
【初めましてマリアです。宜しくお願いします】
タブレットに並ぶ文字に、京也は答えるようにタブレットに言葉を吹き込もうとした。マリアはそれを遮り、代わりに言葉を吹き込む。
【大丈夫! あなたの言葉はわかります】
マリアが笑うのを見て、京也は慌てた。
「チップがないのは僕だけですね」
【魔法学園のこといろいろ教えて下さい】
「わかりました」
「後はお願い。滝本君」
技術準備室を出て、F組の教室に案内しようと階段の踊り場で京也はマリアに話かけた。
「迷子にならないように僕の後をしっかりとついてきて下さい。教室は1階です」
【ありがとう。滝本くん】
冗談を言ったつもりの京也に、マリアはタブレットを見せると、脅える様子で京也の手を強く握ってきた。
「ええ」
冗談が通じなかったことより手を繋いできたことの方に京也は驚いた。
【冗談です!】
マリアは京也の手を離すとタブレットで顔を隠した。
からかわれたことを知った京也は、逆にマリアの手を握り「発動」と心の中で声にしていた。マリアが顔を覆っていたタブレットを離すと、ふたりは1階。F組の教室の隣に来ていた。
【もしかして魔法を使った? それとも能力?】
「秘密の魔道具を使った」
【どんな魔道具?】
「秘密」
【また、冗談ね】
隠す気持ちになれなくて、京也はマリアに仮能力のことを話した。真剣に聞いてくれるマリアに好感を持った。能力がないにもかかわらず、他人の能力のことに耳をかたむける。能力のない頃の京也にはできなかった態度だった。
【もう一度、お願いできる。この目で見てみたいから】
「もちろん」
京也は再び能力を発動させた。3秒後に目に映ったのは5階の技術準備室への矢印。
「あなたたち、まだこんな所にいたの、早く教室に行きなさい。授業が始まるから」
技術準備室の前で保坂はふたりに声をかけると階段を降り始めた。
「はーい」
京也が答えた3秒後、ふたりは再び1階にいた。
【たのしいね】
「そうだね」
マリアを見て騒ぎだす男子生徒がいることは容易に想像できた。それでも手を繋いだまま、F組の教室へ入って行く。京也は繋いだこの手をまだ放したくはなかった。