006
学園までわずか二駅にもかかわらず滝本京也の胸は高鳴った。透明列車の混雑がいやで魔道具「ホバーシューズ」で魔法学園に通い始めると、精神的にとても気分がよくなった。身動きがとれない車内より、自由に体を浮かせ重力を制御しながら前進するホバーシューズの疾走感は最高に思えた。時速は約25㎞ほどだが、技術があれば上下左右360°どの方向にも動くことが可能で、子供たちの間では、移動手段として人気がある魔道具。
京也が家から魔法学園まで最短の距離を行くには、ワープホール3か所を通過する必要があったが、京也はワープホールをあえて使用せずホバーシューズを楽しむことにしていた。魔法の使えなかった京也は、子供の頃からホバーシューズが大好きで、これだけは兄より上手に使いこなすことができた。
いつものように3か所目のワープホール地点のポール(入口)を通過すると学園までは残りわずかだった。今日は大事なゲンプクの日、入学してから三か月間どれだけこの日を待ち望んでいたかはかり知れない。京也にとって能力獲得チャンスの日。高鳴りを抑えることができず、胸にかけたペンダントを握りしめた。
「力を貸して下さい。兄さん」
京也は、言い聞かせるように声にした。
それは一瞬の出来事だった。3か所目のワープホール地点のポール(出口)に突然人影らしきものが現れた。本来は鳴るはずの危険回避の警報音は鳴らず、京也は咄嗟にポール(出口)を蹴り上げた。三角飛びの要領で上空に高く舞い上がると、京也は現れた障害物を避けるようにゆっくりと降り立った。ホバーシューズの描いた煙の軌跡が消えると人影が京也に駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。警報音が鳴らなかったみたい。ケガはない?」
「だいじょうぶです」
京也は答えながら驚いた。
「姫野舞さん?」
「わたしを知っているの?」
ミス学園を知らない生徒はいない、学園通信で姫野舞は知っていたが、実際に会うのは初めてだった。しかし、京也は不思議とどこかで姫野に会った気がして思わず姫野の名前を口にした。
「ホバーシューズで登校なんて珍しいですね?」
「魔法が使えないので……」
京也の言葉に別段驚く様子も見せず、姫野はさらに京也に近づきいきなり右頬に触れてきた。姫野の手の暖かさを京也が感じた瞬間。景色が飛ぶ。
ふたりは魔法学園入口赤鉄の扉の前に立っていた。昨晩から眠れず、いつもより30分以上前に京也が家を出たせいなのだろうか、生徒の数は疎らだった。
「転送魔法」
「お詫びのしるしです。京也が遅刻したら困るでしょう。それにホバーシューズは修理しないと使えないから」
京也が足先に力を入れてみると、ホバーシューズは何の反応も示さなかった。確かに無理な使い方はしたが、これぐらいで壊れたりするものだろうか? 子供のころはもっとひどい使い方をしたこともある。10階以上のビルから上り下りを繰り返したりして遊んだが壊れた経験は一度もなかった。ホバーシューズで登校するようになり新調したばかりの魔道具は、整備も毎日欠かしたことがなかった。特に問題はなかったはず。
「なぜ、ホバーシューズが壊れているとわかったのだろう? どうして僕なんかの名前を知っている?」湧き上がる疑問。
「姫野さん。どうして……」
京也の質問に答えるべき姫野の姿は、既に校舎の中に消えていた。