005
運命は信じられないけれど、能力は信じられる。姫野舞は、生まれながらにしてこれから起こりうる出来事すべてを知ることができた。記憶されている予言書「ペンタグラム」のパターンを紐解くだけで、過去から未来につながる道を認識できた。
退屈。世界に楽しみはない。念じるだけで、知りたい答えは頭の中から導き出せる。宝物を求めて冒険をする必要はない。どのような罠がしかけられ、どうやって宝箱までたどり着き、宝箱に何が隠されているのかまで瞬時にわかってしまう。謎や疑問は、冒険をスタートする時点ですべて解き明かされていた。
わかりきった人生なんてお断り。姫野は、未来を変えてみたくなった。魔法学園入学後、自身に起こる出来を変えるべくペンタグラムに問う。
姫野が、五芒星の中心である五角形部分を押し出すと反応するかのように星たちが動き始める。未来を描く星たちの並びが新たな形を描いていく。
☆【一年目】……ミス学園コンテスト優勝 ブレスレットがラッキーアイテム
☆【二年目】……赤の柱の審判にて恋愛解除 クリス・クロッカスとラブ指数84%
「まって、まって恋愛解除? クリス・クロッカス……誰?」姫野はそこでペンタグラムを止めた。「恋愛ぐらい自由にさせてよ」消去するように名前を打消し、「未来を変えてみせる、決められた未来なんかない」姫野はもう一度自身に強く言い聞かせた。
一年目。
姫野は、入学後なるべく目立たないように行動しようと決めていた。友達はつくらない。嫌われた方が好都合。ミス学園なんて冗談じゃない。トリプルどうしの能力自慢にほとほとうんざりしていた姫野にとって、孤立し存在を消すことが最良の策に思えた。
ところが、姫野の意思とは無関係な所でペンタグラムの予知通りに物事は進んでいってしまった。ミス学園に知らないうちに選出されると、投票戦に引きずり込まれるように参加していた。落選すべく、多くを語らなかったことが好感を、生まれ持った美貌が神秘性を生徒に与えていった。見えない強い力で未来は創られていく。姫野は、ラッキーアイテムのブレスレットの代わりに流行遅れの「リボン」をつけることで、ミス学園の座を逃すことになんとか成功した。
姫野はペンタグラムの能力に驚くとともに、微力ながらも未来を変えることができた実感を得た。「未来は変えられる!」そう思うと、姫野はたまらない興奮を覚えた。
二年目。
姫野は、クリスなる人物を探してみたが魔法学園の在籍者にその名はなかった。年度が変わり、新入生名簿を調べてみたがやはり名前を発見することはできなかった。手をこまねいているわけにはいかない。未来を変えるには①84%以上の相手をみつけ恋愛解除を行うか、②誰か好きなふりをしてクリスとの審判をかわすか、③本当に好きな人を見つけ審判を受けるか……くらいしか思いつかない。84%以上の相手を見つけるには、ペンタグラムの力を借りれば造作もないこと。でもここで能力の力を借りれば本末転倒な気がしてしまう。もちろん好きな異性はいない。いきなりフォーリン・ラブな展開は望めなかった。仕方なく「好きなふりして強引にアタック作戦」を実行して、誰からもアピールできない環境を作ることで未来を変えてみようとした。
誰に白羽の矢を立てるか考えていたが、答えは思わぬところから現れた。クリスを探す過程で偶然目にした新入生、滝本京也。技術科とはいえ、魔法も扱えず特殊能力がないにもかかわらず魔法学園に入学している一年生。滝本京也のような人物が、魔法学園に入学するのは極めて異例なことだった。学園側の意図を姫野は直感した。さらに姫野が詳しく調べてみると、3年前に起こった「時空エクスプローション」に関係したとされる滝本翔の弟であることも判明した。滝本京也の魔法学園入学に隠されている真実が、未来を変える以上に姫野の鼓動を高鳴らせた。「滝本京也こそわたしの未来を変える人」この時から京也に対する不思議な感情が生まれた。
生徒が開けた柱までの道を京也は進む。もう周りは気にならない。審判を望む者と阻む者。どうでもいい。今は審判を無事終了させ、ゲンプクに備えたい。目標が定まり京也に迷いはなかった。
赤の柱は壮観だった。時を刻む無数のレンガが赤く色あせることなく土台から先端まで積み重なって一本の柱を支えている。どれだけの人がここに来て、審判を受けたのだろう。
「滝本京也、姫野舞の両名は前に」
呼びかけに対して、京也と姫野がともに信吾の前に出る。赤の柱に入口はなく転送の術式で内部に入ることができる。
「両名は速やかに転送を開始したのち、柱の意思に従ってください」
魔法の使えない京也は他人の力を借り内部に入る必要がある。姫野が京也にゆっくり近づいて来た。真正面で向き会うふたりの背丈は、小柄な姫野と京也がほぼ同じぐらい。姫野の手が京也の右頬に触れると、互いの目が合い思わず京也は視線をそらした。間近で見る姫野舞は美しかった。ホログラムなんかより数倍。どうしてこれほどまでの女生徒が京也を選んだのか、京也は信じられなかった。
「フィーリング」
姫野の声が優しく聞こえてきたかと思うと、全身の痛み全てが消えていく。朝の鞭の痛み、結界で受けた痛み、心に受けた痛みさえも消えていく。
「どうして審判を僕と?」
フィーリングでも消せない疑問を姫野にぶつける。
「すぐにわかります」
意味深に返す姫野の言葉に、つぎの言葉が出てこない京也。
「しっかり手を握っていて下さい」
握りしめられた掌に力を返すと、目の前から風景が飛ぶ。瞬きさえできないほど一瞬で赤の壁が広がった。柱の内部では、先ほどまでの温かさは感じられずひんやりとした冷たさだけが肌から伝わってくる。
「これが柱の中?」
驚くふたり。初めて見る赤の柱の内部は、赤いレンガで囲まれた空洞がてっぺんまで続く単純な構造だった。特別な物があるわけでも、驚くような仕掛けもない。審判を取り仕切る人の存在さえ感じられない。ここにはふたりだけ、何も存在しない空間だった。
「姫野さん、これからどうすればいいのですか?」
「どうすればいいのでしょう?」
質問を質問で返す姫野。
「わたしはここに入り、審判を受ければいいと思っていました……」
「審判? 何もないじゃないですか?」
「そうですね」
考え込む姫野をよそに、京也は内部の赤いレンガに触りはじめた。凹凸やボタンのようなもの、何か飛び出してくる仕掛けがないか必死に目を凝らしてレンガを押したり、叩いたりしたが反応はかえってこなかった。
「そろそろ教えてくれませんか。どうして僕を相手に選んだのか。まさか好きになったなんて冗談はなしにして下さい」
あきらめて座りこんだ京也に姫野があっさり答える。
「好きになりました」
「ええ?」
無意識に立ちあがった京也は、小悪魔的に微笑む姫野をみて再び座り込む。
「からかわないでください」
「冗談じゃないです。わたしの能力は知っていますか?」
「いいえ」
「過去から未来までの出来事を知ることができる能力」
「未来予測?……で、僕と姫野さんが恋人関係にあるとか?」
「いいえ」
姫野が即答した。
「だったらなぜです。姫野さんの運命の相手が現れるための捨て駒ですか? それとも何かこれから起こる出来事のための必然事項というやつですか僕は?」
「ただ未来を変えてみたかった。わたしに起こるすべてのこと、必然だけの世界じゃなく偶然だって経験できる世界にしてみたい。これって贅沢な悩みかな?」
「贅沢な悩みです。未来がわかる能力なんてすごすぎますよ。能力のない僕からしてみれば考えられない悩みです」
京也はあきれレンガに背中を預けた。突然、レンガの壁が揺れ始め静かに動き始める。仰天する京也には目もくれず姫野が呪文を唱える。
「ストップ」
あらゆる動きを停止する魔法。効果はなく柱の空間が徐々に狭まりながら振動がますます激しくなってゆく。
「バリヤ」
「ガード」
唱えるプロテクト魔法すべてが発動することなく、姫野の声が揺れる柱の音とぶつかる。
「魔法は柱の内部では使えない?……だとしたら審判を受けた人は転送魔法なしでどうやって外に出たの?」
広いと感じていたはずの空間は徐々に狭まり、背中合わせで京也と姫野は押し迫る壁との距離を保っていた。このままでは数分でふたりとも押しつぶされてしまう。
「姫野さん、本当のこと教えて下さい。なぜ審判の相手を僕に?」
「未来を変えるため……」
「未来を変えるなら他の人でもよかったのでは?」
「そう、初めは誰でもよかった。偶然……京也を知った」
残された空間で、壁からの距離を広げるため魔法以外にできること。京也と姫野は互いに向きあい抱きしめ合う。
「ペンタグラムを使い、京也の未来を見たくなった……。絶望。崩れ落ちる京也。とてもつらく悲しい未来。あなたを助けたかった。だから、ふたりだけになれるこの場所で伝えたかった。それなのに……どこでわたしは間違えたの?」
「どういうこと? 言っている意味、わからないよ」
ついに壁がふたりに触れた。押しつぶされていくふたり……。
「ごめんなさい」
姫野の声を京也は確かに聞いた。
BAD END